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第4話:史上最悪の歓迎

「春瀬さん、良い子だったでしょう」

「え、ええ、まっすぐで透き通った、とても良い子でした」


 さっき会った色気に満ちた少女といい、意外と不良は少ないのだろうか。


「思っていた以上に、不良は少ないようですね」

「そうですねぇ。確かに少ないかもですが、いるところにはいますよ。中でも特別危険だと言われている生徒がいます。でも、私にはあの子が──」


 狐島教頭が少しだけ悲しそうな表情をした瞬間だった。




「どけどけどけぇ~いっ! 十万円じゃ──────いっ!」




 喧しいエンジンの音と共に、廊下の向こう側から原付バイクが出現した。


「──は?」


 校舎内で、原付。

 しかも割と全速力。頭おかしいんじゃねぇのか。


 理解不能な現状に混乱するが、向かい風に煽られているリーゼントを見て思い出した。


『校舎内を原付ダッシュな! 教師に掴まらずに一周したらいいぜ!』


 確か金額は一万円ではなかったか。いや、ツッコむところはそこじゃねぇ。


「どかねぇと轢いちまうぞゴラァ────────────ッッ!」

「危ない教頭! アイツが先ほど言っていた特別危険だと言われている生徒ですか!」

「いえ、私が言おうとしていた生徒は彼ではなく──」


 狐島先生の肩を掴みながら、安全を確保するために適当な教室へ避難しようとした瞬間、




 俺の視界に、獅子が出現した。




 腰まで届く長い茶髪。学生鞄を肩に担いでいた。

 僅かに裾の足りていない黒セーラーから覗く腰つきから、今目の前にいるのは女子であると予想できた。


 しかし、身長が百八十に迫る高さだ。俺と同じくらいか。女子にしては破格の高長身だ。


 足首まである黒いロングスカート。そんな昔ながらのスケバンのような風貌の女子が、俺たちの前に現れた。


 階段から降りてきたのだろうか。だとしたら、俺たちよりも原付に近い。


「おい、危ないぞ!」


 教頭を守るので精いっぱいな俺は叫ぶことしかできない。

 俺の切迫した叫びを聞いて、獅子を連想させる少女は一瞬だけ俺を見た。


「──……ッ」


 斬られたと思った。それほどまでに鋭い眼光。この世全てが敵だと言わんばかりの。

 ゾッとした。あんな凶暴な目つきを、たかが一女生徒ができるものなのか。


「……チッ」


 少女が棒付きのアメを舐めながら、犬歯を剝き出しにして舌を打つ。


 鞄をこちらに向けて放り投げた。

 咄嗟に受け止めてしまう。

 視線が外れる。次に視線を戻した瞬間。




 獅子が宙を舞っていた。




「──は?」


 今度は原付の生徒が驚く番だった。当然だ。生身の女子が、全速力の原付を前にして逃げるどころか、跳躍して飛び掛かってきているのだから。


 時間が遅く感じる。彼女の靡く髪の一本一本までがはっきりと見える。


 芸術と紛うほどに美しい側方回旋。黒いサイハイに包まれたしなやかな足がスカートから覗く。

 深いスリットが入っていた。今の状況においてあまりにも不適切だと分かっているが、ひどく扇情的な露出の仕方だった。


 目を奪われる。釘付けになる。

 一点の曇りもない右足が、まるで大太刀を振るうかのような軌跡を描き、


「くたばれボケェッッ!」


 原付に跨る不良の首を──刎ねた。


 吹き飛ぶ不良。操縦者を失った原付が火花を散らしながら転がる。

 壁に激突して止まった。衝撃で俺と教頭が尻もちをついてしまう。


 職員室と思しき所から何人もの教員が姿を見せた。

 そして全員が目撃する。暴走バイクを一撃の元に沈めた、漆黒の獅子を。


獅子堂ししどう……またおまえか」

「新学期早々、停学になりたいのか。この問題児が」


 気絶している不良と少女──獅子堂を見比べて好き勝手に言い放つ教師たち。

 ちょっと待て。おかしいだろ。なんで獅子堂だけが悪いように言われる?


「──返せ」


 彼女は他の先生たちの言葉を無視し、地面に尻もちをつく俺から鞄をひったくった。

 そして、一瞥もせずに歩き去ろうとする。


「おい、ケガは」と掠れた声で尋ねると、少女は面倒くさそうな顔をしながら振り向いて、


「あ? あるワケねぇだろ。あんなザコ相手によ」


 にべもなく切り捨て、また歩き出す。俺はその背を見送ることしかできなかった。


「……霧崎先生。彼女です」


 すると、狐島教頭が俺の内側に収まったまま言ってきた。


「彼女の名前は、獅子堂ししどう 愛奈あいな。天凛高校における特級の問題児──とされていますが、私にはあの子がそれほど悪い子だとは思えないのです」

「え、どうしてですか……?」


「考えてみてください。あの子は確かに一人の生徒を蹴り倒し、気絶させました。暴力事件と言えるでしょう……ですが、あの子がいなければ、私たちはどうなっていたか」


 そうだ。俺が危ないぞと声を掛け、こっちを見てから獅子堂は行動を開始した。

 見方によっては、獅子堂が俺たちを守ろうとしたとも受け取れる。


「それでもあの子は何も言わない。弁明をしようともしない。だからいつも彼女が悪いとされている。あまりにも強すぎて、彼女に関われば大きな被害が生まれるから……。私はそれが、とても心苦しいのです」


 歯の軋む音がする。狐島教頭の背中が震えていた。


「霧崎先生、どうかあの子のことをお願いします。きっと……あなたにしか彼女の心を開けない」

「そ、それは、どういう……」


 狐島教頭が立ち上がり、服に付いた埃を払う。

 どうぞ、と言って手を差し出してくれる。

 言葉の意味が分からないままの呆けた頭で反射的に握る。礼を返すので精いっぱいだった。


 視界の奥で、獅子堂が歩いている。

 見える姿は小さくなっても、圧倒的な存在感だけはいつまでも健在だった。


「霧崎先生」


 狐島教頭が、俺の方を見ずにこう言った。


「天凛高校へようこそ。こんなところですが、どうぞよろしくお願いいたしますね」

「……史上最悪の歓迎ですね」



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