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特別編 ヴェルトハイム公爵の休日

 ヴェルトハイム公爵家の本邸には大きな庭園がある。そこは毎日庭師によって丁寧に管理されており、季節の植物が常に楽しめるようになっている。


 その庭園の端、小さな池が見える場所にガゼボ(日本で言うところの東屋)のような建物があった。


「あー、マジでシェフレラは容赦ないなぁ。今日は休みだって言っておいたのに、朝から押しかけてくるとは……」

「フフ、お疲れ様です」


 ガゼボの中には四人が座れるテーブルセット。俺はプリメリアとテーブルを挟んで向かい合いに座り、今朝の出来事を話していた。専属メイド二人は後ろでお茶の準備をしてくれている。


 今日はプリメリアと兄妹水入らずで過ごしたいから、と休みを取っていた。だが、今朝早くシェフレラが「お休みのところ申し訳ございません。こちらの書類だけすぐにお願いします」と言って書類を押し付けてきたのだ。

 なまじ悪意がないから文句も言いづらい。一応善意なんだよな、あれでも。


「仕事は真面目だし、別に杓子定規ってわけでもないんだけどな。ただ仕事ジャンキーなだけで」

「フフフフ」


 おっと、プリメリアは笑ってくれているが、あまり仕事の愚痴っぽいことばかり言うのも良くないな。もっと気の利いた話題を振ろう!


「プリメリア、その……最近、どうだ?」

「はい?」


 何だ、この久しぶりに思春期の子どもとサシで話すお父さんみたいな話題は!?

 確かに公爵家を継いでから色々と忙しくて、一緒にのんびり過ごすのは久しぶりだよ? だけど、これはない。ガッカリだよ、俺。


「いや、今のはなし。その、最近忙しくてゆっくり話せてなかったからな。何か変わったことでもあったかなって」

「そう、ですね。エンツィ様がいなくなってしまわれたのは寂しいです」

「あぁ……」


 エンツィは俺が公爵を継いで少ししてから護衛を辞めた。元々ひとところに留まるタイプでもないから仕方ないだろう。

 代わりにラプスが強くなっててビビったけどな。誘拐事件以降、護衛もこなせるようにと密かに騎士団の訓練に混じっていたらしい。エンツィからも色々教えてもらったとか。ウチのメイドたちがどんどん強くなってる件。


 そもそも俺が当主になってからというもの、プリメリアも含めて外出の際はガッツリ護衛を付けられるようになった。

 仕方ないとは思うんだけど、気軽に外に出られていた頃が懐かしいです。


「またいつか会えるさ、公爵領ここには彼女の家もあるんだから」

「はい!」


 今度からは孤児院にはこまめに帰るって言ってたし、どうせゲームの主人公がいる村に行けば会えるだろうし。確かお隣の領の村だったはずだ。


「その、お義兄さまのお身体は大丈夫ですか?」

「え?」

「だって……公爵家を継がれてからは、以前よりもさらに忙しそうにされてます。もし、今の生活を続けて体調でも崩されたりしたらと思うと……」


 ジワリと、プリメリアの目が潤む。なんちゅうエエ娘や! お義兄ちゃんも思わず泣いてしまいそうやで!

 ……と冗談はさておき、彼女の母親は流行り病で亡くなっている。家族のこういった部分に関しては特に敏感なのだろう。


 彼女を安心させようと、テーブルの向かいに手を伸ばし髪を撫でる。ふおおぉぉ、髪がフワフワで……いえ、何でもないですよヘリオトロープさん。


「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫。今はバタバタしてるけど、もう少し頑張ったら落ち着くから」

「お義兄さま……」


 これは強がりでも何でもなく事実だ。今は公爵領の組織改革を進めているせいで忙しいが、軌道に乗れば今までよりも遥かに楽になる。

 俺がシェフレラの要請を断れないのは、このせいだよなぁ。今一番大変なのは、間違いなく彼女だし。


「私はお義兄さまのお仕事の役には立てませんけど、何か出来ることがあったら仰ってくださいね!」


 グッとこぶしを握り、フンスと鼻息を荒くするプリメリア。なにこれかわいい。お持ち帰りしたい。めっちゃ抱きしめたい。


「い、いいですよ……?」

「え?」


 なぜか急に顔を真っ赤にしてもじもじし始めたプリメリア。えっと……この反応から察するに、


「もしかして…………口に出してた?」

「「「(ウンウン)」」」


 マジか!? あんな通報されたら即逮捕のギルティフレーズを言っちゃってたの!?

 薄々感づいてはいたけど、最近この辺の自制心が緩くなってる気がするな。気を付けよう、いつか本当に捕まっちゃう。


「とりあえずハグだけで」

「は、はい」

「ハグはするんですね」


 今日もヘリオトロープの鋭利なツッコミが冴えてます。……だってプリメリアをハグすると心が落ち着くんだよ。

 一度クセになったらやめられない、とまらない。俺は紳士という名の変態ではないのでセーフなはずだ、多分。


「では、ぎゅっと」

「はいぃ……」

「何ですかこれ」

「フフフ、微笑ましいじゃないですか」


 ハグをして癒される俺と、顔を真っ赤にして俺の胸に顔をうずめるプリメリア。呆れるヘリオトロープに、慈愛の笑みを浮かべるラプス。

 何てことない、ただ穏やかな日常。俺の休日はこうして緩やかに過ぎて行った。

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