「クラウト・フォン・ヴェルトハイムを公爵家当主に任命する。期待しておるぞ」
「ハッ。王国のため民のため、我が身を捧げることを花の
貴族は任命式において、誓いを花冠に捧げる。
初代国王はゼロから国を立ち上げたが、清貧な彼には立派な王冠を購入する金がなかった。だから彼の娘が花冠を作って、頭に乗せてくれたのだとか。めっちゃエエ話や。
そんなこんなで俺の誓いも無事終わり、名実ともに公爵当主となった。というわけで、
◇
「代官を決めないとな」
「ですな」
「そうなのですか?」
俺の言葉に頷くセバスチャンと、首を傾げるヘリオトロープ。彼女も元貴族令嬢ではあるが、この辺りには疎いか。
「当主となった以上、様々な行事に参加しないといけない。それに何年後かには魔法学園への入学もある。そうなると、徐々に生活の中心は王都へと移っていく。領地に残って、俺の代わりに管理してくれる代官が必要なんだ」
「なるほど」
「セバスチャン、誰か良い人はいないか?」
「優秀な役人なら、何人かおりますが」
「うーん……」
前世の日本もそうだったが、役人ってのは考え方が縦割り組織のそれなんだよなぁ。
俺が欲しいのは、全ての情報をまとめて俺に上げてくれる人材だ。どちらかというと役人より……、
◇
「それで私に相談ですか」
「あぁ、こういうのは商人の方が考え方が柔軟だからな」
俺は今、ヴェンツ商会の代表であるヴェンツに代官の人材募集について相談しに来ていた。
日々情報を収集し、取捨選択している商人の方が多角的な目線に優れているのでは、という判断だ。
「……一人、心当たりがなくはないのですが」
「随分と歯切れが悪いな」
常に冷静沈着、即断即決のヴェンツにしては珍しい。
「間違いなく優秀ではあります。少なくとも能力面だけで言えば、私よりも上でしょう」
「……そんな優秀な人間だったら、すでに要職についているんじゃないのか?」
ヴェンツだって、若さに似合わず非常に優秀な商人だ。そのヴェンツより能力が高い人材なんて、どこの組織だろうが欲しがるに決まっている。
「それが……私の妹なのです」
「あー……なるほど」
これも中世ファンタジー風世界のお約束というか、この世界には男尊女卑の風潮がある。
エンツィのように腕っぷしに自信があれば冒険者などの道もあるが、頭脳労働はそうはいかない。国の要職、役人などもほとんどが男性だ。
ヴェンツもその辺りの事情があって、俺に薦めるのを
「ぜひ、一度会ってみたい。紹介してもらえないか?」
「クラウト様がそう仰るのなら……」
渋々ではあるが、何とか約束を取り付けることができた。
◇
「お初にお目にかかりますクラウト様。ヴェンツの妹でシェフレラと申します」
「初めまして、シェフレラ。クラウト・フォン・ヴェルトハイムだ」
後日。ヴェンツに場を設けてもらい、妹のシェフレラと初顔合わせをしていた。
年齢はぱっと見で二十歳前後、眼鏡の似合う知的美人だ。背筋もピンと伸びている。
「兄から話は伺いました。ですが、本気で女性である私を公爵家の代官職に取り立てるおつもりでしょうか?」
シェフレラの表情はかなり懐疑的だ。女性が要職に就くのが難しいこの世界では、俺の話は簡単に信じられるものではないのだろう。
「うーん、まずお試しで仕事をしてもらってって感じかな。お互いに人柄とか能力とか知らないわけだし」
「……その言い方ですと、特に問題がなければ私が代官に任命されるということになりますが」
「問題がないなら良いじゃないか」
「…………」
彼女のクールな目線、どこかで見覚えがあると思ったらヘリオトロープと似てるな。クール美女二人に冷たく見られながら政務か、実に仕事がはかど……らねぇよ!? そんな特殊性癖ちゃうわ!
そんなセルフノリツッコミを入れていると、
「……クラウト様。不束者ですが、ご指導ご
シェフレラが頭を深々と下げて、綺麗な礼をした。
「ああ、よろしく頼む」
「クラウト様、私からもどうか妹をよろしくお願い申し上げます」
「ああ、ちゃんと預かるよ」
兄妹は顔を上げると、どこか似た顔で
◇
ちなみに後日談。
あれから多少のお試し期間を経て、シェフレラは正式に代官へと任命された。そして、
「クラウト様、こちらからあちらまでの書類の決裁を本日までにお願いします」
「はい」
「クラウト様、この事業は事前に陛下に話を通しておくべきです。今週中に王城へ」
「は、はい」
「クラウト様、こちらの……」
「休ませて!?」
今まで才能を活かす仕事に就きたくても就けなかったシェフレラは、代官の仕事が楽しくて仕方がなかったらしい。
完全に仕事ジャンキーとなった彼女に巻き込まれた俺や役人たちは、しばらくの間仕事に忙殺されることとなった。