あれから色々あった。
まず、不正に関わっていた貴族は軒並みポポポポ~ンと首が飛んだ。物理的に。
今回のこと以外にも、裏でかなりヤバイことをやってたみたいだしな。証拠もあるし、王家としてはやらない理由がないだろう。
そして俺の弟のこと。父と側室(弟の実の母)の助命嘆願もあり、死罪は免れた。
だが、本人は教会へ出家。父も責任を取り、当主の座を引退。王都の家族とともに田舎で
まぁ「今まで通り金を送ってくれ」とかのたまいやがったので、ヘリオトロープがぶん殴ってたけどな。うん、働け。
予定より前倒しになったが、これで晴れて俺が公爵家当主となったわけだ。
正確には任命式が行われてからの就任になるから、暫定の当主だけど。
ちなみに、これらの出来事の間はずっと王城に宛てがわれた部屋のベッドの上にいた。なぜなら決闘の後遺症で五日はベッドから降りることすらできなかったからな。そんなところは予想通りになって欲しくなかった。
そして現在……、
◇
「お義兄さま、どうぞ」
「あー……んむ」
「どうですか?」
「すごくおいしい」
俺は今、我が世の春にいた。詳しく言えば、プリメリアから「はい、あーん」をされていた。
最推しからの「あーん」ですよ!! こんな夢を実現できた人が歴史上何人いましたか!?
我が生涯に一片の……いや、やっぱり嫌だな。もう少しこの幸せに浸っていたい。あと八十年くらいは。
そんなことを考えていると、プリメリアが頬を赤くしてもじもじしていた。はて?
「……その、お義兄さま」
「何かな?」
「先日の決闘の後、私と話をされましたよね」
「ああ、したな」
「その時のお返事を、その……」
「返事?」
何か返事することあったっけ? 俺が義妹になってくれてありがとうって言って、プリメリアも俺の義妹で幸せだって言ってくれたよな。あ、何かその後にも言われたような……、
「い、いえ、やっぱり何でもないです! 忘れてください!」
もう少しで思い出しそうになったところで、プリメリアの声によって中断された。何でもないって感じじゃない気がするけど良いのだろうか。
彼女に問いただそうとしたが、その前に規則正しいノックの音が聞こえてきた。ヘリオトロープかラプスかな?
そう思って返事をすると、入ってきたのはセバスチャンだった。いつもの隙のない執事服に身を包んだ彼は、俺たちと目が合うと一礼する。
「顔を出すのが遅くなり申し訳ございません。お加減はいかがでしょうか」
「さすがは王家が手配した治療師だな。傷自体は全く残ってない。まだ血が足りてないけどな」
決闘後の俺の姿といったら凄まじいものだった。全身傷だらけ、むしろ傷のない部位がほとんどなかったくらいだ。
回復魔法がなかったら、「俺が不死身のクラウトだ」と名乗ることになっていたかもしれない。
そんなことを考えていると、セバスチャンが神妙な顔で深く頭を下げた。
「坊ちゃま、プリメリア様。申し訳ございません。私は王家の『耳』、すなわち間諜としてヴェルトハイム公爵家へ潜入しておりました」
「…………」
わかってはいたことだが、本人の口から聞くとまた違った衝撃があるな。
セバスチャンは
「我々の役目は王家の害悪となり得る貴族の情報を集め、報告すること。ヴェルトハイム公爵家はその中の一つでした」
「…………」
「いわば私は坊ちゃま方を国に売っていた立場でございます。……罰はいかようにでも」
そう言って再びセバスチャンは深く頭を下げた。俺がどんな罰を言い渡したとしても従うつもりなのだろう。
「わかった、罰を与える」
「お義兄さま!?」
「…………」
プリメリアが驚きの声を上げるが、俺はセバスチャンに対してどうしても言わなければならないことがあるからな。
「セバスチャン、もう『坊ちゃま』って呼ぶのをやめろ。それが罰だ」
「!」
「お義兄さま!」
セバスチャンの驚いた顔と、プリメリアの嬉しそうな顔の対比が実にちぐはぐだ。思わず笑いがこみ上げてくる。
「俺は貴族家の当主になるんだぞ? いつまでも『坊ちゃま』じゃあ格好がつかないだろう」
「で、ですが……」
「確かに王家の『耳』だったかもしれない。けれど、それ以上にセバスチャンには助けてもらったからな。今さら、手放してなんかやるものか」
セバスチャンは、転生してから俺を最も助けてくれた一人だ。色々教えてもらったし、俺に足りないところを補ってもらった。
本気で足を向けて寝られない。ちゃんとベッドの向きを変えたんだぞ?
「坊ちゃ……いえ、クラウト様。このセバスチャン、改めて貴方様に忠誠を誓います」
セバスチャンはそう言って、最敬礼をした。執事服のロマンスグレーがやると絵になるなぁ。
あぁ、でもこれだけは確認しておきたい。
「なぁセバスチャン、何でそこまで『坊ちゃま』って呼び方にこだわっていたんだ?」
セバスチャンには何度も言ったがやめてくれなかった。 それには何か深い理由が……、
「あぁ、それは『坊ちゃま』という呼び方が何ともクセになりまして……やめるのが惜しくなったのです」
なんだそりゃ! と思っていると、何やら部屋の外が騒がしくなってきた。何だ何だ?
何事かと警戒していると、派手な音を立ててドアが開かれた。オイ、ノックくらいしろよ!
「やぁクラウト様、調子はどうだい? そろそろ運動くらいしないと身体が鈍るよ!」
「エンツィ様、ノックもなしに失礼ですわ! あ、あらクラウト様、お元気そうで何よりです」
「リーリエ殿下。ご主人様はその程度でお怒りになることはないので、気にせずお入りになってください」
「ヘリオトロープ様。それはそれでどうなのでしょう……?」
続々と入ってきたのは、我らが愉快な仲間たち。そこそこ広い部屋だが、七人も入ればさすがに手狭に感じるな。
「おお、これは凄いな。これだけ若い娘が揃うと、さすがに圧巻だ」
「あら、陛下。それは遠回しに
「い、いやそれは被害妄想で……イタタタ!」
何で国王夫妻まで来てるんだよ! しかも夫婦ゲンカしてんじゃねぇ!
「お義兄さま、急に賑やかになってしまいましたね」
楽しそうなプリメリアの顔。その顔を見るだけで嬉しくなる。
母親を亡くしてからずっと彼女は孤独だった。だからきっと、優しい人たちに囲まれた今が楽しくて仕方ないのだろう。
彼女は幸せだと言ってくれた。だが、まだまだこんなものじゃない。最推しには世界の誰よりも幸せになってもらいたいからな。
この世界に、そして