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41. 流した血は汚れか、それとも誇りか

 あーヤバい。マジで一瞬意識飛んでたわ。

 さっきの技は本気で危なかった。とっさに全身を水の膜で覆って、威力を減衰させていなければ死んでいたかもしれない。


 それにしても、まさかプリメリアの声で目が覚めるとは……俺にとって彼女が特別であることが再認識できた気分だ。


「……まだ生きていたとは、さすがに驚きましたよォ」


 あぁ、このいけ好かない男の驚き顔は傑作だった。今思い出してもニヤニヤしそうだ。

 というかニヤニヤすでにしてたっぽい。だってオレアンがすっごい顔で睨みつけてきてるもん。悪いな、俺って顔に出るタチなんだ。


「いいでしょう。今度は確実にころ」

「待て!」


 オレアンが襲い掛かってくる前に、国王の静止の声が掛かった。さすがのオレアンも動きを止める。

 国王は俺の方を見ると、険しい顔で静かに語りかけてきた。


「クラウト……まだ戦うつもりなのか」

「ええ。まだ降参もしてないし、死んでもいませんから」

「……もう、止せ。ヴェルトハイムは継がなくて良い。我々も協力するから、どこかの養子に入るか、官吏になるか」

「本気で言ってます?」

「…………」


 国王の心配はありがたい。でも、それじゃあ意味がない。俺が守りたいものが守れないから。


「あの街も、あの孤児院も、そしてプリメリアも、俺がヴェルトハイムだから守れるんです。それを守れないなら、俺がどこの誰になろうが関係ないんです」

「だが……!」


 なおも食い下がろうとする国王。本当に良い人だ、国王もその家族も。だからこそ、ヴェルトハイムの膿はここで出し切らなければならない。


「心配いりません。なぜなら――次の一撃で終わりますから」

「「「!?」」」

「へェ……?」


 俺の勝利宣言に国王たちは驚愕し、オレアンは細い目をさらに細めた。肉食獣を思わせる凶暴な顔だ。


「これは大きく出ましたねェ。先ほどまで……いえ、今なお死にかけの身体とは思えませんよォ」

「なら、せいぜい油断しろ。そっちの方が楽で良い」

「いいえェ。先ほどのセリフは少々ムカつきましたからねェ。徹底的に切り刻ませてもらいますよォ」

「そうか。……ところで、随分と血だらけだな?」

「ぜェんぶ貴方の血ですよォ。何せ一太刀ももらっていませんからねェ!」


 さすが相手をいたぶるのが趣味なだけある。必要以上に返り血だらけだ。


「行くぞ…………これが最後の一撃だ!!」

「返り討ちにしてあげますよおおォ!!」


 痛む身体に鞭打って力水ちからみずを発動、高速で踏み込み超高速で抜刀する!


「またその技ですかァ! 一度たりともかすりもしなかったでしょうがァ!!」


 その通りだ。今日幾度となく繰り出したが、俺の居合はかすりすらしていない。

 オレアンが余裕の笑みを浮かべる。そして俺の全力の一撃をかわそうとして――――


「!?」


 動きが一瞬止まった。


 奴がどれだけ卓越した強さを持っていようが、その隙は致命的だ。

 鞘から放たれた刀身は奴の右脇腹に吸い込まれて行き……その身体を両断した。


「ガ……ハァ!」


 宙を舞った奴の上半身が、どさりと音を立てて地面へと落ちる。分かたれた断面からおびただしい量の血が噴き出した。


「ハァ……ハァ……」


 さすがに俺も限界だ。血を失いすぎた上に、力水と居合の乱発。これは五日くらいベッドから起き上がれないかもな。

 そんなことを思っていると、オレアンが息も絶え絶えに話しかけてきた。G並みにしぶといな。


「な、何を……したの、です?」

「……俺の魔法適性は『水』だ。俺は普通の水だけじゃなくて、

「み、ず? ま、さか……!」

「そうだ、お前の全身にべったりついた俺の返り血。それを操ってお前の動きを阻害した。さすがに身体から離れた血を操るのは難しいから、一瞬だけ固定するのがやっとだったけどな」

「な、るほど。一瞬、あれば、十分、ですねェ」

「実験はしてたけど、実戦に使うのは初めてだったからな。ほとんど賭けだったよ」


 力水の実験と同時に、血液を操れることも確認していた。いずれ何かに役立つかもと思っていたが、まさかこんな命懸けの場面で使う羽目になるとはなぁ。


「わざと、私に、返り血を、浴びせた、と?」

「わざとっていうか、そうせざるを得なかったってのが本音だ。こっちの攻撃は当たらないのに、そっちは全部当たるんだ。なら、耐えて耐えて一撃で決めるしかないだろう?」

「フフ……結果的に、まんまと、やられ、ましたね。見事……」


 オレアンの目の光が消えた。どうやら完全に事切れたらしい。これでようやく決着だ。

 審判の方を見る。唖然としていた彼は、俺の視線に気付いて再起動した。


「それまで! 勝者、クラウト・フォン・ヴェルトハイム!」


 審判の声が響き渡り、練兵場全体に轟くような歓声が沸き上がった。


          ◇


「早くクラウトに治療を!」

「は、はい!」


 国王の指示で治療師がすぐに走って寄ってきて、回復魔法をかけてくれる。あ~気持ちいい……極楽やで。

 だが、傷は塞がっても流した血は戻らない。あと少しでも血を流したらブラックアウトしそうだ。


「ふ、不正だ!」


 喜びの空気に水を差す無粋な声が上がった。声の主は俺の腹違いの弟ナナシノゴンベエ(仮名だよ)。うん、知ってた。


「陛下! クラウトごときがオレアンに勝つなどあり得ません! 何か不正をしたに決まっています!」


 すげぇな。決闘の一部始終を見ておきながら、それを言えるか。まぁ俺が勝てたのは、かなり運の要素が強かったのは事実だけど。

 でもお前が言うな。見てごらん国王の顔、すっごい青筋が浮かんでおられるぞ。


「ほぅ……つまり貴様は、我らが目の前の不正を見抜けぬ無能だと言いたいのか?」

「ひっ! そ、そんな不敬なことを申し上げたわけでは!」

「それに不正を行ったのは貴様らの方だろう。……例の物を」


 国王がそう言うと、後ろから紙の束を持ったセバスチャンが…………セバスチャン!? セバスチャンナンデ!?

 紙の束を受け取った国王は、それをこれ見よがしに掲げた。ゴンベエたちの顔が真っ青になっている。あれは何ぞや。


「ここには我らの『耳』が調べたあらゆる不正の証拠が揃っている。詳しく調べれば、さらに多くのことが明らかになるだろう。……今日のことも含めてな」


 国王が横に目をやると、そこには王国審査会で俺の継承権剥奪に賛成した三人が。ゴンベエたちと同じく顔が真っ青だ。これは王城内でも粛清が起こるかもしれないな。

 …………あれ、俺って行く先々で粛清の嵐を巻き起こしてる?


 違うよ!? どこぞの見た目は子供、頭脳は大人な探偵みたいに、行く先々で事件なんて起きないよ! ……起きないよな?


 というか、セバスチャンは王家の『耳』だったんだな。ウチにも『耳』は入り込んでいると思ってはいたけど、まさか俺にとっての忠臣であるセバスチャンだったとは。

 道理で万能なわけだ。それに王都へ行く途中で出会った荒くれ者どもは、誤情報を掴まされていた。あれもセバスチャンの仕業なんだろうな。


 セバスチャンと目が合うとウィンクしてきた。わぁいダンディなオジ様のウィンクだぁ…………じゃねぇよ! なに普通にお茶目してくれてんの!?

 まぁ良いや、その辺りの話は後々するとしよう。


「そ、それは! それもクラウトの陰謀です! 奴は私を怖れ、陥れようとしているのです」


 怖れるも何も、俺は未だにお前の名前すら思い出せないんだが。こんな小物にギリギリまで追い込まれたのは、末代までの恥だな。まぁ今回の策を考えたのは、別の誰かだろうけど。


「黙れ! 貴様らにはいずれ相応しい罰を与える。捕らえろ!」

「「「ハッ!!」」」


 騎士たちが我先にと、不埒者どもを捕らえにかかる。え、何でそんなにやる気満々なの? ゴンベエたち怯えてるよ?


「クラウト殿」


 そう思っていたら、一際ガタイの良い立派な鎧を身につけた中年の騎士が話しかけてきた。あれ、この人って確か……、


「お初にお目にかかる。私は王国騎士団長ローダンセ・フォン・メルゼブルク。貴殿の戦い、実に見事だった」

「! ……お会いできて光栄です。クラウト・フォン・ヴェルトハイムです」


 王国騎士団長! この国の武力のトップじゃないか! 確かゲームでも何度か登場していた記憶がある。

 俺が思わぬ大物の登場にビビっていると、フランクに話しかけてきた。


「部下たちは貴殿の戦いを見て、感銘を受けたようだ。だからこそ決闘を汚す愚か者は許すことができないのだよ」

「あぁ、それであんなにやる気満々に……」

「貴殿のような少年が貴族の誇りを示したというのに、我が国の重鎮どもは情けないことだ」

「ハハハ……」

「ところで、貴殿はその年齢でその腕前。しかも逆境を覆す意志の強さもある。どうだ、私の許で騎士として働いてみないか?」

「ええっと……身に余る光栄ですが、すでに代官として領地を運営する身なので」

「そうか……残念だ」


 本当に残念そうだな、この人。気持ちは嬉しいが勘弁してくれ。もっと強くはなりたいが、戦いを生業にするつもりはないぞ。


「ご主人様」


 聞きなれたその声に振り向くと、ヘリオトロープやラプス、それにエンツィがいた。心なしか、目が少し赤い。

 メイドが左右に道を空ける。そこには、


「お義兄さま!」


 目が合うや否や駆け寄ってくるプリメリア。この後の展開が予想できた俺は、両手を前に突き出して彼女を静止した。その表情が悲しげな色に染まる。


「お義兄さま、どうして……?」

「いや、だって……」


 俺は自分の身体を見下ろして、肩をすくめた。


「ほら、全身が血まみれだから。プリメリアが俺の血で汚れてしまうだろう?」


 プリメリアは一瞬ポカンとした後、輝かんばかりの笑顔で抱き着いてきた。


「プリメリア!? だから汚れるって!」

「フフ、私は汚れたなどとは思いません。だってお義兄さまの血ですから」


 え、その発言ちょっとヤンデレっぽくない? プリメリアにそんな設定あったっけ?

 などとバカなことを考えていると、胸元に顔をうずめていた彼女が顔を上げた。案の定、頬にべったりと血がついてしまっている。


「領地を、孤児院を、私を守るために戦って流れた血を。誇りに思いこそすれ、どうして汚いなどと思えましょう」

「プリメリア……」


 …………思わず視界が潤んだ。


 クラウトに転生してからというもの、最推しプリメリアを幸せにするために足掻き続けてきた。前世も含めて、ここまで努力をしたことはないと胸を張って言える。

 それを誰かに褒めてもらいたかったわけではない。それでも……今までの何もかもが報われた気分だった。


 プリメリアを強く抱きしめる。もう、俺が全身血まみれだとかは頭から消え失せていた。


「ありがとう、プリメリア。俺の義妹になってくれて」

「――――」


 腕の中のプリメリアが一瞬固まった。そしてゴソゴソしたかと思うと、顔を俺の方へと上げ、


「私の方こそ、お義兄さまの義妹になれて幸せです。……お慕いしております」


 と、恥ずかしそうに微笑わらって言った。


 ………………


 …………


「ブッ(鼻血)」

「お義兄さま!?」


 すでに血を失いすぎていた俺は、最後の鼻血にとどめを刺されて意識を失っていった。

 そういえば全身斬られまくったけど、鼻は無傷だったなぁ。

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