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37. 女三人寄れば姦(かしま)しいが、五人寄れば凄まじい

「貴方の命を狙っている者がいます」


 なるほど、常識人であるはずのリーリエが急にお忍びでやって来たのはこれを伝えるためか。

 そして恐らくは、そいつこそがプリメリアを誘拐しようとした黒幕。だが一つ気になることが……、


「どうやってそれをお知りに?」


 いくら何でも他の人間がいる前でそんな話をしないだろう。ゲームのクラウトならありえなくもないけど。

 俺の質問に対し、リーリエはどこか黒い微笑みで答えた。え、怖っ。


「王家には優秀な『耳』が付いていますので。特に、怪しい動きをしている貴族家のことはすぐわかりますの」

「おぉぅ……」


 うわぁ……つまりそれって、スパイを潜り込ませているってことですよね。絶対ウチにもいるんだろうなぁ。


「特に最近は、ある貴族家の動きが活発になりました。何でもその領地では、ここ数年の間で大規模な粛清が行われたとかで」

「…………ん?」

「いずれ自分たちに累が及ぶと考えた彼らは、その前に権力の強化を図りました。最近養子になった方を王家に嫁がせることで」

「……んん?」

「ですが、その方の略取に失敗した彼らは最終手段に出ることにしました。粛清される前にその者を亡き者にしようと」

「んんん!?」


 ちょい待ち、何だか心当たりのある話がちらほら聞こえるんですけど!?


「…………ええっと、つまり『耳』がその話を聞いたのは」

「ヴェルトハイム公爵家の王都邸宅です」


 あああぁぁぁのバカどもが!! 自分たちの保身のために、プリメリアを王家に嫁がせて何とかしようってアホか!!

 結局、身内のいざこざかよ。プリメリアにもリーリエにも申し訳ないわ。


「殿下、このたびは身内の恥をさらすことになり申し訳ございません」


 平身低頭平謝りである。俺が謝ることでもない気はするけど、わざわざ忠告しに来てくれたわけだし。

 恐縮しっ放しの俺に対して、リーリエは優しく微笑んでくれた。わぁ、ヒロインスマイルだぁ。


「いえ、王家としましてもクラウト様を失うのは好ましくありませんから。貴方にはいつかの宣言通り、ヴェルトハイム公爵家を継いでいただきたいのです」

「あー、そういえば言いましたね。いざこざは覚悟してましたけど、もう少し先だと思っていたのですが」

「そうなのですか?」

「ウチの両親は、良くも悪くも領地経営に興味がありませんから。金さえ送っておけば、ギリギリまで誤魔化せると思ってたんだけどなぁ」

「貴方の命を狙っているのは、ヴェルトハイム公爵夫妻ではありませんよ?」

「え?」


 まさかの発言に虚を突かれる。え、違うの?

 確かに今言った通り、ウチの両親が口を出してくるのはもう少し先だと思っていた。じゃあ、他に俺を狙ってきそうな奴なんて――――いたわ。いるじゃねぇか、めっちゃ怪しいのが!


「貴方の腹違いの弟です」

「ですよね――――!」


 側室が産んだ俺と同い年の弟。名前は……何だっけ?

 見た目も性格も昔のクラウトそっくり(父親似)。本来は嫡男たる俺のスペア扱いだが、ここ数年は俺の代わりに社交界に参加していたはずだ。


 きらびやかな世界に出たことで欲が出たのかね。ああ、あと俺からの粛清を恐れているんだっけ?

 ……確かに今のような贅沢をさせるつもりはなかったが、命を奪うつもりもなかったよ。公爵領で真面目に働くか、どこかで慎ましく暮らしてくれれば良かったのに。


 命を狙ってくるとなれば、穏便な解決とはいかなくなる。


「彼は昔のクラウト様によく似ておられますね。体型も性格も……会うたびにわたくしに言い寄ってくるところも」

「大変申し訳ございません!!」


 平謝りどころではない、もはや土下座である。この世界で通用するのか、土下座って?


「とはいえ、彼がクラウト様を亡き者にしたところで公爵家を継げるわけでありません。王国法が定めるがなければ」

「そんなものあります?」

「正直思い浮かびませんわ。そうなると、後は事故死に見せかけて……などになりますが」

「うーん……」


 王国貴族は原則、長子継承制。正室の長男が継承権を持つ。これは継承権争いのゴタゴタを避けるためだ。

 だが時に長男がクラウトみたいなロクデナシだったり、継承権が下の人間が嫡男を暗殺したりする場合が存在する。その場合、王国審査会というところに審査請求を行うことができる。


 王国審査会では国王や大臣など六名の合議によって審査され、資格なしと判断されれば継承権が剥奪される。

 けど仮に俺が審査会を開かれたところでなぁ……痛くもかゆくもないし。


 となると、事故死に見せかけた暗殺の線か。一応、これまで以上に警戒はしておこう。


          ◇


「まぁ何て素敵な!」

「へぇ、そりゃあカッコイイねぇ。で、その後は?」

「は、はい。その後は、その…………強く抱きしめてくださって」

「キャ――――!」

「あの時のご主人様は、普段とは別人のようでしたね」

「…………」


 やぁ皆、地獄ってどこにあると思う? 俺はきっとここだと思うんだ!


「あら、クラウト様どうかされましたか? 今、貴方の素敵なシーンについて語っていたというのに」

「そうだぞ、クラウト様。アタシみたいな男勝りですらキュンときそうになったんだぞ」

「あ、あうあう……」

「クラウト様、試しに私も抱きしめてみてください」

「ご主人様、頑張った専属メイドにはご褒美が必要だと思うのですが」

「…………」


 以前、女三人寄ればかしましいって言ったけど、五人寄れば凄まじい。圧倒される。

 まぁそれはまだいい、問題は……。


「あの……何で俺はここで自分の恥ずかしい話を聞かされなきゃならんのですかね?」


 そう、リーリエとの話が終わった後なぜか女子会に強制参加となり、この間の誘拐事件の話を聞かされていたのだ。

 しかもプリメリアの語る俺が少女漫画かってくらい、キラキラしてんのよ。俺そんな風に見えてたの?


 肩身の狭い思いをしていると、プリメリアが悲しそうな顔を向けてきた。え、何で!?


「は、恥ずかしい話……なのですか?」

「あ、いや、恥ずかしいっていうのは、そういうことじゃなくて……」


 いかん、変な風に誤解されている! せっかく距離が縮まったのに、このままではマズい!


「あの時の俺は本当に無我夢中だったから、色々取り繕う余裕もなくてさ。本音丸出しだったんだよ。それが恥ずかしいというか」

「お義兄さま……」


 プリメリアが今度は感動したように目を潤ませている。よし、セーフ!

 その代わり、他の連中のニヤニヤが鬱陶うっとうしいけどガマンだ。最推しプリメリアを悲しませるわけにはいかんからな。


「先日のパーティーで存じておりましたが、兄妹仲が良くて何よりですわ。クラウト様、義妹のお友達としてこれからも末永くよろしくお願いしますね」

「お、お友達!? そんな、恐れ多いです!」

「あら、互いの家に行って仲良くお話をしたのですから、もうお友達でしょう?」

「ハハハ、こちらこそ義妹と仲良くしていただけると嬉しく思います」

「お義兄さま!?」


 プリメリアがリーリエと仲良くなることは歓迎だ。王家と仲良くなっておけば、プリメリアにとって心強い味方になってくれるはずだ。

 そんな実利的な話を抜きにしても、リーリエは良い娘だからな。二人は良い友達になれるだろう。俺にとっては目の保養になるし。


 一通り会話――なぜか主に俺の話題――を終えると、リーリエは王都へと戻って行った。弾丸日程だったなぁ。


 それにしてもプリメリアを誘拐しようとしたのが身内だったとは……まさか、とは思わないな。

 だってクラウトが生まれ育った家やぞ。王家から目を付けられとるんやぞ。第一容疑者筆頭候補だったわ。


 そして今度は俺の命を狙っている、と……リーリエとも話したが、普通に俺を殺しても罪に問われるだけで、アイツが公爵家を継げるわけではない。

 やはり事故死に見せかけた暗殺だろうか。ヘリオトロープにも相談しておこう。


 しかし、アイツが俺の予想を超えたバカだと知ったのは、それから数日後のことだった。

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