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36. 王女、襲来

「プリメリア」

「お義兄さま!」


 応接間で紅茶を飲んでいたプリメリアに声をかけると、表情をパーッと明るくした。地上に舞い降りた天使とは彼女のことである。

 誘拐事件以降、プリメリアとの関係は良好だ。「お義兄さま」呼びも定着しつつあるしな。素晴らしいハラショー


 あの事件自体は起きてはならないものだったが、俺たちの距離を縮めるきっかけとなった。

 終わり良ければ……などと言うつもりはないが、怪我の功名ではあったのだろうか。


「どうかされたのですか?」

「プリメリアの護衛をしてくれる人が見つかったから、紹介しようと思ってね」

「護衛……?」


 そこで初めて見覚えのない女性がいることに気付いたらしい。目線で問うてきたので頷く。


「彼女が護衛のエンツィだ。凄腕の冒険者で、ラプスと同じ孤児院の出身だそうだ」

「そうなのですか!」


 どうやら、あの孤児院出身という点で信頼感が一気に増したっぽい。ラプスとも仲が良いし、孤児院に友達もできてたしな。


「初めましてエンツィ様、プリメリアと申します。このたびは私の護衛を引き受けてくださり、ありがとうございます」

「どうもプリメリア様。アタシがエンツィだ。クラウト様にも言ったが、言葉遣いのことは見逃してくれると助かるね」

「フフ、お気になさらず。私もお義兄さまもそのようなことは気にしませんから」

「へぇ」


 何ですかエンツィさん、そのニヤニヤした顔は。プリメリアがどんなに可愛かろうが、誰にもやらんぞ。


「いや、聞いた話によると兄妹になったのはつい最近だって言うじゃないか。それなのに、随分と仲が良いと思ってね。」

「はい、お義兄さまは私を本当に大切にしてくださっていますから」

「プリメリア……」


 アカン、泣きそう。こんな信頼を向けられたら、お義兄ちゃん裏切れないよ。

 こうなったら一日でも早く、今回の件のケリを付けないとな。護衛なんてつけなくとも、プリメリアが自由に外に出られるように。


「ご主人様、ハンカチを」

「うん」


 泣きそうどころか、すでに泣いてたらしい。やめろやめろ、そんな生温かい目で見るんじゃねぇ!


          ◇


「で、セバスチャン。今回の件、金の流れは掴めたのか?」


 あれからプリメリアたちと別れ、ヘリオトロープと執務室に戻ってきていた。

 調査の結果をセバスチャンに確認してみたが、どうにも難しい顔をしている。


「申し訳ございません。やはり記録に残らぬ金銭の授受は追うことが難しく……」

「まぁそうだよな。いや、俺の方こそ済まない。無理を言った」

「いえ」


 万能執事セバスチャンをもってしても無理だったか。いや、本当におんぶにだっこで申し訳ない。


「あの騎士が誰かから大金を受け取っていたことまでは掴めたんだけどなぁ。そこから黒幕にたどり着くのは無理か」

「では、怨恨えんこんの線から探ってみては?」


 ヘリオトロープがそう提案してくる。プリメリア個人に、というよりはヴェルトハイム公爵家に恨みを持つ者の犯行である可能性は十分ある。だが……、


「心当たりが多すぎて無理だ」

「ああ……」


 ヘリオトロープの納得した顔が心に刺さる。悲しいけどこれ、現実なのよね。

 ヴェルトハイム公爵家に恨みを持つ者は多いし、俺も現在進行形で敵を作りまくってるからな。善人からも悪人からも敵視される、それがクラウトクオリティ。ツライ。


「まぁ地道にやるしかないな。それにプリメリアにエンツィという護衛がついたと知れば、俺を直接狙ってくる可能性もある」

「それは……」

「敵の尻尾を掴もうとすれば、多少のリスクも必要だ」


 あの誘拐事件がプリメリアを狙ったものだとするなら、なぜ彼女を狙ったのか。

 こう言っては何だが、彼女はヴェルトハイム公爵家にとっては新参者。誘拐したところで家に対してのダメージは少ない。


 ダメージがあるとすれば……俺。俺に対しての何らかのアクションであったとするなら、合点がいく。

 だとすれば犯人は粛清した不正役人か、それとも取引を切った悪徳商人か、あるいは縁を切った腐敗貴族か…………敵多いな俺。


「坊ちゃま、お手紙が届きました」


 考え事をしていると、セバスチャンが手紙を持って執務室に入ってきた。というか、執務室から出て行ったことすら気付かんかったわ。

 セバスチャンの手には一通の封筒が……あれ、何かあの封筒見覚えがあるような?


「リーリエ王女殿下からです」

「またぁ?」


 嫌な予感がしつつも、ペーパーナイフで封筒を開けて中身を確認する。今回は招待状ではなく、普通に手紙のようだ。

 挨拶から始まり、最近の王都の出来事やら何やらなんちゃらかんちゃらが書かれている。そして最後に一文。


『明日、お忍びでヴェルトハイム公爵領に訪問致します』


「なんでやねん!」

「「ご主人様(坊ちゃま)!?」」


 関西出身でもないのに思わず関西弁でツッコんでしまったわ、どないしてくれんねん!

 いや、それどころじゃないって。何で? 何でいきなりお宅訪問? まさか晩ごはん食べに突撃しに来るわけじゃないよね?


「……明日、リーリエ殿下がウチに来るらしい」

「「ええっ」」


 さすがのプロフェッショナル二人も驚きのようだ。当然だろう、普通はこんな電撃訪問はあり得ない。

 リーリエがただの思い付きでこんなことをするとは思えないが……とにかくお迎えの準備をしなければ!


「セバスチャン、ヘリオトロープ! 使用人を総動員して、明日の準備を進めてくれ!」

「「はい」」


 お忍びとはいえ、歓待しないわけにはいかないからな。あぁ、貴族って面倒くせぇ。


          ◇


「クラウト様。このたびは急な訪問にもかかわらず、受け入れてくださりありがたく存じます」 

「いえ、リーリエ王女殿下をお迎えできるなど光栄の極みでございます」


 次の日。

 宣言通り、公爵邸に馬車(お忍び仕様)でやって来たリーリエを屋敷の前で出迎えていた。

 受け入れてねぇよ、押しかけられたんだよとは言えない。だって相手は王女様だもの。


「プリメリア様もお久しぶりでございます。また会えて嬉しく存じますわ」

「い、いえ……こちらこそ、王女殿下にそう仰ってもらえるなんて光栄です」

「フフ、ありがとうございます。あら……?」


 リーリエはプリメリアとも挨拶を交わしていたが、ふとその後ろの女性を見て驚いた顔をした。


「エンツィ様……ですよね? なぜヴェルトハイム家に?」

「久しぶりだねリーリエ姫。なに、ただアタシがプリメリア様の護衛を引き受けたってだけだよ」

「貴女が、ですか」


 どうやら二人は面識があったらしい。エンツィは二つ名持ちの冒険者だし、会ったことがあっても不思議ではないか。リーリエの反応はちょっと気になるけど。


 まぁいいや。とりあえず外で話し続けるのもアレだし、さっさと中に入ってしまおう。


「リーリエ殿下。ここで話し込むのもなんですから、どうぞ中に」

「え、ええ……と、いけません。忘れておりました」

「殿下?」


 リーリエは真剣な顔になり、俺の方へと向き直った。


「クラウト様、大至急お耳に入れておきたいことがあります。内密に」

「……では執務室でお聞きしましょう。プリメリア、悪いけど先に応接間で待っててくれ。」

「承知しました」


 俺はリーリエを連れて執務室へと入った。ここでは機密情報も扱うため、自室を除けば最も機密性の高い部屋だ。


「どうぞ、お座りください」

「ありがとうございます」


 ローテーブルを挟んで、向かい合いにソファーに座る。リーリエは未だ真剣な顔をしており、空気が張り詰めている。


「それで、私の耳に入れておきたいことというのは?」

「はい、実は――――」


 リーリエから飛び出した言葉は衝撃ではあったが、心のどこかで納得できるものだった。


「貴方の命を狙っている者がいます」

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