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34. 壁に耳あり障子……はないけど目はあった

SIDE:???


「バカな! 失敗しただと!?」


 男が強くテーブルに手を叩き付けた。グラスが倒れ、中に入っていた液体が白いテーブルクロスを汚していく。

 どうやら叩き付けた手を痛めたらしい。男は顔をしかめながら、目の前の中年男性を睨みつけた。


「……なぜ失敗した」

「誘拐自体は成功しました。ですが、クラウト様と専属メイドのヘリオトロープに追いつかれ、全員殺害されました」

「――――!」


 男は悔しそうに奥歯を噛みしめる。乱暴にテーブルクロスを引き抜くと、その上に乗っていた皿やグラスが床に落ちて派手な音を立てた。


「この役立たずどもが! 何のために高い金を払ったと思ってるんだ!」

「……申し訳ございません」

「黙れ!」

「っ」


 男が怒りのまま投げ付けた皿が、中年男性の下げた頭に当たる。頭から血が一筋流れ落ちてきたが、中年男性は頭を下げたままだ。


「わかっているのか。このままでは俺たちは終わりだ。何があったかは知らんが、クラウトは昔とはまるで別人になってしまった。奴が当主になってしまえば、今までのように遊んで暮らすことはできない」

「…………」

「それどころか、俺たちを排除しようとする可能性が高い。覚えているだろう、少し前にあった粛清を。あれで俺たちの息のかかった役人が、ほとんど排除された。」

「……はい」

「しかも国王夫妻やリーリエ殿下の覚えも良いとの噂もある。……あんな男が!」


 先ほどよりも強く手をテーブルに叩き付ける。今度は怒りのあまり、痛みが気にならなかったようだ。


「リーリエ殿下の誕生日パーティーを辞退した大罪人だぞ! むしろ王家はあの男を死罪にすべきだ!」


 あんまりな男の言い分だが、ここにそれをたしなめる人間はいない。この部屋で一番身分が高いのが、この男なのだから。


「せっかくプリメリアという便利な駒が手に入ったというのに、王子たちと接触させる気配もない。王家との繋がりを強くする絶好の機会だというのに!」

「……ですが、現在の王家は政略結婚の申し出を全てねつけているとか」

「フン、それは木っ端貴族の申し出だからだ。我が公爵家からの申し出とあらば、王家も喜んで受けるだろうよ」

「……さようですか」


 自分たちの権力を微塵も疑っていない傲慢な発言。彼は知らない、こそが現在の王家が最も嫌うものであることを。

 だからこそ、クラウトが王家から気に入られていることを。


「今はまだ、奴はただの後継者にすぎん。だが、すでに公爵領の実権を握っている。いずれは公爵家そのものを支配するだろう」

「…………」

「今のうちにやるしかない」

「やる……と仰いますと」

「奴を消す」

「!」

「今ならば我々に味方は多く、奴は敵が多い。いくらでもやりようはある」

「…………」

「クラウトを消し、プリメリアを王家に嫁がせ、俺は、公爵家はさらに権力を得る」

「…………」

「ククク、今から楽しみだ。貴様も、今回の失態は俺の役に立つことで取り戻せ」

「……御意に」


 豪華なシャンデリアがきらめく、権力を誇示するかのごとく広い食堂にて男たちが奸計をめぐらせる。

 彼らは知らなかった――――この部屋には彼ら以外の『耳』があったことを。

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