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32. 俺のメイドは一刀両断唐竹割り

「くらうとさま、つぎはこのごほんよんで!」

「クラウトさま、ぼくが先だよ!」

「「「クラウトさまー!」」」

「わかったから! さすがに三度目はないからな!?」


 もう人間カーペットは勘弁願いたいので、三度目の絨毯爆撃じゅうたんばくげきを食らう前に阻止する。さすがに次食らったら、きずぐすり程度では復活できる気がしない。


 いま俺は、子どもたちから本の読み聞かせをねだられていた。この世界において本は高級品だ。印刷技術が確立されていないので、複製するにも手で書き写すしかないからな。

 だが、この孤児院には多くはないが本を置いてある。本を読めば自然と知識が身に付くし、識字率が高くないこの世界では読み書きできるだけでも立派な武器だ。


 物語や偉人伝、実用書に艶ぽ……オイ、何でそんなもんが置いてあるんだ! 子どもが読んじゃいけません!


「じゃあまずは君の持ってる本からな。他の皆も読んであげるから、大人しく待ってるように」

「「「はーい」」」


 聞き分けは良いんだけどなぁ。なのに、隙あらば俺を圧し潰そうとするのはなぜなのか。

 とりあえず一番前にいた五、六歳の男の子の本を読んであげることにする。本を受け取って椅子に座ったら、俺の膝の上に座ってきた。可愛い。


 可愛いんだけど、他の子たちの羨ましそうな顔が気になる。これってあれよな、他の子も全員膝の上に乗せないといけないパターンよな。

 あぁ、絶対脚がしびれるだろうなと思いながら本を開いた。


          ◇


 うん、知ってた。


 あれから何人分の本を読んだか忘れたけど、もう三人目くらいからは足の感覚が消えかけてた気がする。

 だって俺の身体って十代前半だよ、脚の筋肉とかまだまだ薄いのよ。今の俺はまさに生まれたての子鹿、脚のガクガクが止まらねーっす。


「大丈夫ですか、ご主人様」

「そう言いながら足をつつこうとするのはやめなさい」


 人間カーペットからは助けてくれないのに、ここぞとばかりにやってきた専属メイドの人差し指から必死に逃れる。


「ご主人様は本を読むのがお上手なのですね、特に物語の人物のセリフなどは真に迫っていました」

「あー……どうだろうな。自分じゃわからないかな、ハハハ」


 言えねぇ。前世で漫画やラノベの登場人物になりきってた影響だなんて絶対言えねぇ。

 二十年くらい生きていても、心は中学二年生だった話は墓まで持って行こう。すでに一回持って行ったはずだけど。


 この世界に演劇はあれど、上流階級の娯楽なので庶民には縁がない。

 だから、人物によって声色が変わるというのは珍しいんだろうな。一人で五十役を演じたという声優さんをぜひ召喚してみたいものだ。


「ふぅ、やっと足の感覚が戻ってきた気がする」

「チッ」

「オイコラ」


 相変わらず専属メイドらしからぬ態度である。この距離感が楽しいから良いんだけどね。

 ……そうだな、あのことを相談するならヘリオトロープが一番の適任かもしれない。


「なぁ、ヘリオトロープ」

「何でしょう」

「俺はプリメリアとの接し方をどうすべきなんだろうな」

「……いきなり、どうなさったのですか」


 ヘリオトロープは俺の言葉に一瞬、虚を突かれたような表情をした。そうか、彼女とは長い付き合いだが、ここまでハッキリと弱音を吐いたのは初めてかもしれない。


「ま、色々と。正直なところ、自分でも今の状態が正しいとは思ってなかったからな。 健全じゃないだろ、贈り物でしか気を惹けない兄なんて」

「そうですね」

「ハッキリ言ったな」

「事実ですから」


 会話が一瞬止まり、沈黙が場を支配する。遠くに子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてきた。


「…………怖いんだよ」

「…………」


 驚くほど自然にその言葉が出てきた。


「自分に自信がないから取り繕ってしまう。理想の兄とはほど遠い、本当の自分。そんな自分をプリメリアに見せるのが、怖くて仕方がない」


 そう、俺は怖いのだ。取り繕っていない俺自身でプリメリアと接することが怖くて仕方ない。

 理想の貴族らしい振る舞いも、大量の贈り物も、所詮は俺自身を覆い隠すための虚飾に過ぎない。


 院長にはああ言われたが、もし最推しプリメリアに嫌われたら呆れられたら、と思うと虚飾を外すことができないのだ。

 俺がそんな風に思い悩んでいると、ヘリオトロープがゆっくりと口を開いた。


僭越せんえつながら申し上げます」

「うん」

「アホですか」

「ええっ!?」


 うっそだろ、お前。人の一世一代の告白に対して、一刀両断唐竹割りとか人間の所業じゃねぇよ。

 俺が唖然としていると、彼女はいつもの冷たい目で俺を見た。この目を見て冷静になる俺は、もう終わっているのかもしれない。


「この新しい孤児院に初めて来た日、ご主人様は初めて人を斬りましたね」

「……ああ」

「あの時もご主人様は必死に自分を取り繕っていました。……本当は怖くて仕方がなかったはずなのに」

「でも、ヘリオトロープもラプスも気付いてたよな」

「ええ、だってご主人様は隠し事ができませんから」


 そう言って、ヘリオトロープは微かに笑った。右手はその首元を撫でている。


「あの首輪を外した日から、貴方は何にも隠せていませんでしたよ?」

「ハハ……」


 苦笑いしか出てこない。何にも隠せていないって、必死に取り繕っていた俺が馬鹿みたいじゃないか。


「ご主人様はちゃんとお馬鹿ですよ?」

「心を読むんじゃねぇよ」

「先ほど言いましたよね。ご主人様は隠し事ができないと」

「…………」


 何たることだ。今までもそんな兆候はあったが、実は俺ってめちゃめちゃわかりやすいのか……って、院長!? 年の功でも何でもないじゃん!


「ご主人様は『本当の自分』と言いますが、この三年間必死で努力を続けてきた貴方こそが『本当の自分』です。その努力くらいは信じて良いと思いますよ?」

「ヘリオトロープ……」


 そんなこと言われたら惚れてまうやろー! 純情男子は気をつけなはれや。

 まぁ冗談はともかく、マジでちょっとグッと来た。過去に色々あったヘリオトロープの言葉だから、なおさら。


「ありがとう。少しだけ自信が出てきたよ」

「いえ、情けない主では専属メイドである私の沽券こけんに関わるので」

「逆じゃね?」


 専属メイドの沽券とは何ぞや。と思いつつもヘリオトロープと笑い合う。

 うん、ちょっとだけ気分が楽になったかな。と、肩から力を抜いたところで、


「キャ――――――――!」

「「!」」


 平穏を引き裂く、甲高い悲鳴が上がった。

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