SIDE:プリメリア
「みてみてひめさまー、きれいなおはな!」
「ええ、本当に綺麗ですね」
小柄な私のさらに胸元くらいの身長の女の子が、庭に咲いた花々を指さしてはしゃいでいます。
どうやら「プリメリア」という名前が言いづらかったらしく、私の呼び方は「ひめさま」になったようです。
つい先日、本物の王女殿下に会った私からすれば恐縮なのですが、子どもたちから「お姫様みたい」と言われると嬉しく思います。
昔、母から聴かされていた物語の王子様やお姫様への憧れは、未だ心の中にあり続けていますから。
私がお姫様だとするのなら、王子様は――――、
「あ、あの!」
「はい!?」
突然声をかけられて、妄想に入りかけた私の意識が引き戻される。わ、私、今何を考えて……。
ハッ、いけません。まずは声をかけられた方に対応しなければ!
声をかけてきたのは、私と同じくらいの年齢であろう男の子でした。
口を開いて何か言いかけたと思ったら、今度は口を閉じてもじもじしています。ええっと……。
「何かご用があったのでは?」
「そ、そう! 用があったんだ!」
「えっと……どういったご用でしょうか?」
「ご用…………」
「…………」
ええっと、ご用があるのですよね? 俯いてしまって何も仰ってくれないのですが……。
結局、男の子は黙ったままどこかに行ってしまわれました。何があったのでしょう。
「アハハ、やっぱり無理だったか~。そりゃそうだよね」
「見たこともないようなキレイなお姫様だよ? そこらの男子じゃ無理無理」
「しかもお兄さんがクラウト様だしね。その間に入れる人なんか、いないって」
思わず呆然としていると、今度は女の子三人組が近寄ってきました。彼女たちは私と年齢の近いこともあって、割とすぐ打ち解けられた娘たちです。
……私にとって初めての同世代のお友達。
「彼は結局、何の用事だったのでしょうか?」
「「「あー……」」」
三人が呆れたような声を上げて私を見てきます。え、お友達とはこのような目で見られる関係性だったのでしょうか。
彼女たちは顔を見合わせたかと思うと、一度頷き合ってから笑顔で話しかけてきました。
「うん、プリメリア様は気にしなくて良いと思うよ~?」
「そうそう、多分気にしたところで意味のない話だし」
「むしろ気にした方が大事件になりそうだよね!」
「は、はぁ……?」
よくわかりませんが、気にしなくて良いらしいので気にしないでおきましょう。大事件になるとまで言われては、引き下がらざるを得ません。
三人と一緒に、庭に据え付けられたベンチに座ってお話をします。ただ何気ない話、ただそれが楽しい。
ですが……ある話題に移った途端、楽しかった気分が一瞬で霧散してしまいました。
「それにしても、
「だよね! 建物も服もキレイだし、ご飯はいっぱい食べられるし!」
「うんうん、しかも勉強まで教えてもらえるなんて最高だよね!」
「…………」
この孤児院がかつて置かれていた境遇はラプスから伺いました。少し前まで、その日食べる物にすら困っていたボロボロの孤児院。
ついこの間まで、子爵家に身を置いていた頃の私は自分の境遇を嘆いていました。けれど、その考えは甘えでしかなかったのです。私には雨風をしのげる家も、服も、食べ物も十分にあったのですから。
思わず俯くと、三人が「あっ」と声を上げて気まずそうな顔を向けてきました。
「ご、ごめんなさい。プリメリア様を責めてたとかじゃないの」
「そうだよ。それにあの頃は、プリメリア様はまだこの街にいなかったし」
「そうそう、むしろ今はとっても幸せなんだから!」
皆が一生懸命慰めてくれます。本当に辛かったのは彼女たちだったはずなのに、申し訳なさで胸が痛みます。
せめて今の彼女たちが幸せで良かった。そして、この幸せを作り上げたのが……、
「……クラウト様がこの孤児院の経営を立て直したのですよね?」
「そうそう、びっくりしたよね~」
「うんうん、最初はナードって人のおかげだって聞いてたから。ナードさんの正体がクラウト様って知って驚いたよ!」
「ねー、しかもクラウト様があんなにカッコ良くなってたし!」
「え?」
「「「あ」」」
カッコ良くなってた? それではまるで、
三人が先ほどよりもさらに気まずそうな顔をしています。まるで私の認識に大きな間違いがあるような。そんなことを感じていると、
「そ、そういえばさ!」
三人の中の一人が、唐突に何かに気付いたような大声を上げました。どう見ても誤魔化そうとしているのがバレバレです。
「プリメリア様って、クラウト様のことを名前で呼んでるけど『お兄ちゃん』とか『お兄様』って呼んだりしないの?」
「ええっ!?」
どうにか先ほどの話に戻そうと思っていたら、まさかの話題を振られてそれどころではなくなってしまいました。
「あ、それ私も気になってた!」
「だよね。ちょっと距離を感じるっていうか」
「様付けだと、私たちと変わらないよね~」
「あうあう……」
三人の攻勢を前に、なす術もなく押されてしまいます。で、ですが……、
「な……」
「「「な?」」」
「馴れ馴れしくは、ないでしょうか?」
「「「は?」」」
確かにクラウト様は私のことを大切にしてくれていると、思います。けれど……突然、私が義妹になったことに何を思われたでしょうか。
しかも生まれは子爵家の庶子。本来であれば、公爵家嫡男たるクラウト様とは一生縁がない存在です。
そんな私が、クラウト様のことを気安く呼ぶだなんて…………。
「うーん……クラウト様がそれくらいで馴れ馴れしいとか思わないでしょ」
「ねー、さっきみたいに私たちが失礼なことしても許してくれるし」
「あはは、キザリスお姉ちゃんは真っ青になってたけどね」
確かに先ほど、子どもたちからもみくちゃにされて圧し潰されても笑って許していました。
失礼な言い方ですが、平民が貴族令息にそのようなことをすれば殺されてもおかしくありません。
「プリメリア様はどう思ってるの?」
「え?」
「クラウト様のこと、もっと親しい感じに呼んでみたくないの?」
私は物心ついた時には母と二人きりで、母が亡くなってからは本当の意味で家族と呼べる人は誰もいませんでした。
もし血の繋がりのないクラウト様を本当の兄と思っても良いのなら、
「よ、呼んで、みたいです」
「「「きゃー!!」」」
もし……もしそれを嬉しく思っていただけるのなら、もう少しあの人に近づける。そんな気がしました。