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30. 孤児院には公爵令息の人間カーペットが敷かれている

「くらうとさまだー!」

「ホントだ! クラウトさまだ!」

「「「クラウトさまー!!」」」

「ちょ、ま。俺って体格は年相応でマッチョマンでもないのに、そんな一斉に来られたら……アーッ!」


 アワレ、俺は孤児院の子どもたちによる絨毯爆撃じゅうたんばくげきによって人間カーペットに……ムギュウ。


「く、クラウト様、ご無事ですか!?」

「お、お願いだから皆どいて! クラウト様……クラウト様ー!?」


 プリメリアと孤児院の職員であるキザリスの心配そうな声が聞こえる。良かった、心配してもらえる程度には義兄への好感度はあったらしい。

 でも人間カーペットはツラい。しかも子どもは体温が高いから、めっちゃ暑い。ミツバチに蒸し殺されるスズメバチの気分だ。


 あー……異世界で二度目の死んだじいちゃんとの邂逅かいこうが――――。


          ◇


 今日は孤児院に遊びに、もとい視察に来ていた。先日ラプスに誘われたのもあるが、最近忙しくて顔を見せられてなかったからな。

 同じくラプスに誘われたプリメリアも一緒だ。孤児院初訪問ということで楽しみにしていたと聞いた。ラプスから。


 そしてつい先ほど四人で馬車に乗って孤児院にやって来たのだが、建物に入った瞬間に爆撃を食らったのだ。俺だけ。


「本当に申し訳ございません!!」

「いや、本当に気にしてないから。頭を下げるのをやめてくれ」

「ですが、この孤児院の恩人に対して……」

「本当にいいから」


 現在、復活した俺に対してキザリスが平謝りしていた。初めて会った時もそうだったが、彼女は俺と関わると平謝りする運命にあるのだろうか?


「あんなこと、嫌ってたり怖がってる相手には出来ないだろう? もし慕われてるのなら、嬉しい限りだ。怒ったりしないよ」

「クラウト様……」


 キザリスが感極まったように涙目で見つめてくる。やめれやめれ、ラプスを筆頭にここの人たちは感情表現がデカすぎる。

 …………え、まさかこの人もラプスに洗脳されてたりしないよね?


 そんなことを考えていたら、向こうの方でワッと歓声が上がった。何か楽しそうだな。


「すげー、おひめさまだ!」

「かわいいー!」

「きれいなふくー!」

「クラウトさまのおよめさん?」

「ふぇ!? お、お、およめさんとか、そういうのでは…………あぅ」


 どうやら今度は、プリメリアが子どもたちから集中攻撃を受けているようだ。うむ、プリメリアは本物のお姫様のような可愛さだからな。

 しかし、プリメリアを俺のお嫁さんと勘違いするとは…………参ったなぁハッハッハ。


「ご主人様、顔がヘドロのようになっております」

「すげーこと言うね君」


 顔がヘドロってどういう状態やねん。俺はベターでもベトンでもないぞ。

 ヘリオトロープをジト目で睨んでやるが、どこ吹く風だ。くっ、強い。


 傷ついた心を癒すために、再びプリメリアたちの方を見る。

 よく見るとプリメリアの近くにいるのは女の子か年少の男の子ばかりで、年長の男の子は照れ照れしながら遠巻きに眺めている。


 あー……なるほど。考えてみれば、年長組の子は俺たちと年齢がそう変わらないんだよなぁ。

 自分と同年代の超絶美少女が現れればそうなるか。話しかけることはできないのに、必死に前髪を気にする仕草が微笑ましい。


「プリメリア」

「あ、クラウト様…………うぅ」


 プリメリアに近づいて声をかけると、赤くなった顔を隠すようにうつむいてしまった。超可愛い。

 年長男子たちも、その可愛さに見惚れているようだ。ハハハ、俺の義妹は可愛いだろう!


「プリメリアは俺の妹なんだ。とっても優しくて良い娘だから、仲良くしてくれるかな?」

「「「はーい!」」」


 俺のお願いに、声を揃えて返事する子どもたち。うむ、プリメリアには負けるがめっちゃ可愛いな。

 思わず、一番前にいた年少の女の子の頭を撫でてしまったぜ。猫のように細めた目がキュートである。

 すると……、


「あーズルい!」

「ぼくもー!」

「クラウトさまー!」

「なでなでー!」

「ちょ、また!? いくらでも撫でてあげるから、せめて一列に並んで……アーッ!」


 アワレ、俺は本日二度目の人間カーペットに……ムギュギュウ。


          ◇


「本当にいつもありがとうございます、クラウト様」

「あー……気にしないでくれ」

「フフフ。あの子たちったら、クラウト様がいらっしゃるといつにも増してはしゃいじゃって」

「あー……子どもが元気なのは何よりだ」


 二度にわたる人間カーペットによってグロッキーとなった俺は、休憩がてら孤児院の院長と雑談を交わしていた。

 院長はいかにも温和そうな高齢の女性で、ラプスやキザリスが預けられるよりもずっと前からここを経営しているらしい。


「フフフ。クラウト様も、あの子らとお歳は変わらないじゃないですか。なのに仰ることが、まるでずっと年上の方のよう」

「…………一応は、すでに職のある身だからな」


 穏やかな顔で刺されたものだから、一瞬反応できなかったよ。別に院長に他意はないのだろうけど、心臓に悪い。

 院長が窓の外を見た。つられて俺も視線を向ける。何だ、ただの天使か。違った、プリメリアと子どもたちか。


「プリメリア様も、クラウト様に似てとても心根の美しいお方ですね。一時はどうなることか不安でしたが、この孤児院の未来は安心ですね」

「やめてくれ、純粋な善意なんかじゃないんだ。あの娘の優しさとは比べものにもならない」


 全く、孤児院の大人たちはどいつもこいつも俺を聖人君子にでもしたいのか。

 プリメリアは母親の墓を建てるために、子爵家での冷遇に耐え続けた。俺の善意は俺のためだが、彼女の善意は人のためだ。


 そう思っての言葉だったのだが、院長は穏やかな微笑みを崩さず言った。


「先ほど『子どもが元気なのは何よりだ』と仰った方の言葉とは思えませんね」

「ぐっ……」

「……クラウト様、一つ老人の戯言されごとを聞いてはくださいませんか」


 ふと院長は穏やかに見えるが、真剣な目で俺を見つめた。思わず背筋が伸びる。

 目線だけで促すと、院長は諭すような口調で話し始めた。


「私には、クラウト様が自らを取り繕っているように見えます」

「…………」

「私や子どもたちに対してはもちろん、プリメリア様やヘリオトロープさんに対してすらも」

「……態度に出ていたか?」

「いいえ。ただ、クラウト様と過ごす時間が長い方ほど気付きやすいかもしれませんね。私は単純に年の功です」


 最後に冗談ぽく付け加えた言葉にフッと口元が緩む。さすが、この辺りの話術も年の功ってことか。


 確かに俺は自分を取り繕っている。ゲームのクラウトでも、ましてや転生した俺でもない、全く別のクラウトとして。

 なぜなら最推しプリメリアに会うために、理想の自分を築き上げたから。良く見えるように、良く思われるように。


 人は誰しも「格好良い自分でいたい」という願望を持っていると思う。そして、その最たる所にいるのが今の俺なのだろう。

 ハハハ、さっきの男の子たちのことを笑えないな。前髪どころか、自分の全てを良く見せようと必死なのだから。


「フフフ。せめて近しい人の前でくらい、隙を見せても良いと思いますよ」

「隙、ねぇ……」


 ヘリオトロープたちならともかく、いきなりプリメリアに隙を見せるのは難しいな。というか、隙ってどこまで見せればいいのかもわからん。

 少なくとも、前のクラウトも前世の俺も見せられないよ。だってデブかオタの二択だもん!

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