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29. 二歩進んだら三歩さがる兄妹

 かつて、とある歌手が言いました。三歩進んで二歩さがる、と。

 俺とプリメリアの関係も同じ、いやむしろ二歩進んだら三歩さがっている気がしなくもない。

 つまり……、


「また振り出しに戻ってない!?」

「戻ってますね」


 ガリガリと書類にサインをしながら、涙目で叫ぶ俺。ヘリオトロープの冷静な返事のおかげで、さらに涙が出てきそうだ。

 あのリーリエ第二王女の誕生日パーティーから数日、またプリメリアとの会話が「……はい」へと逆戻りしていた。


 時間を巻き戻したかのような見事な戻りっぷりだ。俺も「時を戻そう」とか言ったら戻らないかな。具体的には誕生日パーティーより前に。

 やっぱり怒ってるのかな。怒ってるよなぁ。「社交界デビューには丁度良い」などと言って連れて行ったら、まさかの王族オンリーの会だったからな。


「ああああぁぁぁぁ、やっぱり連れて行くんじゃなかった! 社交界なんて参加しなくていいよ! 一生ここで暮らしていればいいんだ!」

「怖ろしいことを言わないでください」


 …………わかってるよ。

 貴族である以上、国から参加を義務付けられている事柄は数多くある。そんな時、俺がずっと側にいるわけにもいかない。

 例えば魔法学園に通うことになった場合、そもそも学年が違うから教室は別だし。まさか俺がわざと留年するわけにも……いや、ワンチャンあるか?


「まさか自分が常に側にいれば大丈夫なんて思っていませんよね?」

「マ、マサカ」


 ヘリオトロープが俺の考えを読みすぎる。え、怖いんですけど。

 まぁ現実的に考えて無理だとはわかっているけど、抗いたくなるんですよ。ほら思春期だし?

 ……精神年齢的には思春期はとっくに終えてるんだけど。


「ハァ……。まぁ何はともかく、まずはプリメリアとの関係改善か」

「……もしやお二人は、いつまでも同じことを繰り返すつもりなのでしょうか」

「え?」

「いえ何でも」


 同じことを繰り返す? あぁ確かに俺がやってることと言えば、毎回プレゼントを購入することだけだよな。完全にミツグくんだ。

 ぶっちゃけ俺から見ても、ダメな男だと思う。物で釣るとか最低ですよ!


 ……でもね、ちょっとだけ言い訳させてほしい。


 ことあるごとに何度も言ってきたが、前世も含めた俺の彼女いない歴は絶賛更新中。女性の好感度の上げ方なんぞわかりませんよ。

 セバスチャンの授業で教えてくれるのは、あくまで女性に接する際のマナーだからね。聞けば女性へのアプローチとかも教えてくれそうな気もするが、さすがにそれを執事から習うのはちょっとなぁ。


 それともう一つ。この世界の元のゲーム『剣と魔法と花冠はなかんむり』って……主人公がヒロインに贈り物をすると好感度上がるんだよね。

 ゲームやってる時は「プレゼントすりゃ好感度アップとかチョロインかよw」とか思ったものだが、いざ自分が同じ立場になったら完全に二匹目のドジョウ狙い。

 しかも、こうかはいまひとつのようだ。


 こうなっては背に腹は代えられぬ。目には目を歯には歯を、淑女レディーのことは淑女レディーに聞くしかない!


「あの、ヘリオトロープさん」

「何でしょうか」

「どうかこの哀れな非モテ男子に、何かアドバイスを与えてはいただけないでしょうか」

「驚くほど卑屈になりましたね」


 何とでも言え。プリメリアとの関係改善は最優先事項、政務とか俺のプライドとかはゴミ箱にポイだ。


「アドバイスと仰られましても……あまり私から言えることはないのですが」

「えっ、それって処置なしってこと!?」


 もうリカバリーは無理? 諦めたら試合終了どころか、すでに試合終わってるから諦めろってこと!?

 ええ……最推しから嫌われたら、俺この世界で生きていける気がしないんだけど。ゲーム開始前から中ボス不在になっちゃうよ?


「そうではなく、時間が経てば勝手に解決すると言いますか。別にご主人様が嫌われているとかではないので」

「そうなの?」

「間違いなく」


 うーん……ヘリオトロープの言うことを疑うつもりはないけど、待つだけってのもな。よし、ここはもう一人の専属メイドにも聞いてみよう。


          ◇


「……というわけなんだけど」

「なるほど、そういうことでしたか」


 夕食後、俺はプリメリアの専属メイドであるラプスに話を聞いていた。一番プリメリアと過ごす時間の長い彼女ならば、何か良いアドバイスをもらえるのではと思ったのだが……。


「ご安心ください、クラウト様を嫌う方などおりません。仮にいらっしゃったとしても、私が責任を持ってクラウト様の良さを理解できるまでさとし続けますので」

「…………」


 それって洗脳じゃねーの? え、まさかプリメリアにも洗脳教育を施したりしてないよね?

 急に怖ろしくなったので、それとなく聞いてみると、


「ご心配には及びません。プリメリア様は初めからクラウト様の良さをご理解されていましたから」

「違う違う。そうじゃ、そうじゃない」


 その言い方だと、プリメリア次第ではやる気満々だったって聞こえるんだけど。

 マジで孤児院事件以降、ラプスの信仰心が重い。公爵令嬢をメイドが洗脳してた、とか勘弁してくれよ。


 心配ではあるが、とりあえず棚上げしておこう。今回の本題はあくまでプリメリアとの関係改善だ。

 ただ発言内容はともかく、ラプスもヘリオトロープと同じく気にしなくて良いってスタンスなんだよな。


「俺としては、もっとプリメリアと仲良くなりたいんだよ。未だに呼び方が『クラウト様』だしな」


 彼女の境遇や性格を考えれば無理もないかもしれないが、俺や公爵家に対して必要以上の遠慮を感じている。まだ公爵家の養子になって日も浅いからな。


 でも、兄妹なのに様付けで呼ばれるのはさすがに寂しい。「お義兄ちゃん(はぁと)」は無理かもしれないが、もう少し家族っぽい呼び方をして欲しい思いはある。

 俺もいずれは、プリメリアルートで主人公が呼んでいた愛称の「メリア」とか使ってみたいし。


「確かにプリメリア様は、まだクラウト様に対してよそよそしさがあるかもしれませんね」

「ああ。少なくとも、まだまだ家族の距離感とはほど遠いな」

「……家族、ですか」


 ラプスはそう言うと一瞬考え込むような仕草を見せたが、すぐに優しく微笑んで口を開いた。


「クラウト様」

「何だ?」

「お久しぶりに孤児院へ遊びにいらっしゃいませんか?」


 …………え、何で?

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