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特別編 悪役令息の副業? 前編

SIDE:ヘリオトロープ


「ヴェンツ。いつも通りこっちはヴェルトハイム公爵家に、こっちは俺個人に請求を回してくれ」

「かしこまりました」


 本日のご主人様は、ヴェンツ商会にてヴェンツ代表と打ち合わせ。義妹のプリメリア様と専属メイドのラプスも同行しています。

 ご主人様は今日もプリメリア様の機嫌を取るために、色々とプレゼントを買い込んでいました。


 やっていることが完全にダメな男のソレです。遊女などならともかく、真面目なプリメリア様に対しては逆効果だと思うのですが。今も金額を聞いてガクガク震えていますし。

 まぁプリメリア様に何か贈る時は、私やラプスにも色々買ってくれるので余計なことは言いませんけどね。

 そんなことを考えていると、ラプスが小声で私に話しかけてきた。


「……ヘリオトロープ様、一つお聞きしてよろしいですか?」

「何でしょう?」

「クラウト様は、プリメリア様に関する必要経費や、今回のような私的な買い物は全て私費でお支払いになっていますよね?」

「ええ、そうです」

「今日のお買い物もそうですが、いつも結構な額をお使いになっています。それを私費でまかなっているというのが不思議で」

「……確かにそうですね」


 ヴェルトハイム公爵家の代官を務めているクラウト様ですが、代官としてのお給金はそこまで高くはない。

 いえ、以前は超がつくほどの高給取りだったのですが「もらいすぎ。アホか」と、大幅に減額していました。今では私のお給金とそれほど変わらない額のはずです。

 なので、私も気になって聞いてみたことがあるのですが……、


「ハッキリとは仰いませんでしたが、どうやら代官のお仕事以外にも収入源があるようです」

「収入源、ですか……」


 ラプスがちらっと、今日ご主人様が購入した品の数々を見た。言いたいことはわかりますよ。

 どう見ても計算がおかしい。これほどの買い物をポンとできる収入源とは、果たしてどのようなものなのか。


 まだ豚……失礼、恰幅かっぷくがよろしかった頃であれば違和感がなかったのですが。不思議なもので、一度気になってしまうとなかなか頭から消えてはくれません。

 ……こうなっては仕方ありませんね。


「主が何らかの悪事によって稼いでいるのだとすれば、それをお止めするのも従者の役目。心苦しいですが、一度調べて見るべきでしょう」

「ですがクラウト様は清廉潔白なお方。悪事を働くなど万が一にも考えられません!」

「では調べるのはやめましょうか」

「いえ、執筆中のクラウト様伝記に載せたいので事実確認は必要です」


 …………今なんて?


          ◇


 翌日。


「私にも手伝わせてください!」

「「…………」」


 なぜか、やる気満々のプリメリア様が参加表明をしているのですが……。

 とりあえずラプスと廊下の隅にて内緒話をするとしましょう。


「(小声)なぜプリメリア様が今回の件をご存じなのですか?」

「(小声)どうやら昨日の話が聞こえていたらしく、ぜひとも私たちの調査に参加されたいと」


 まさか昨日の話を聞かれていたとは。聞こえない音量で話していたつもりですが、プリメリア様はかなり耳が良いのですね。

 とりあえず話を聞いてみましょうか。


「プリメリア様、何というかその……なぜそのように乗り気なのでしょう?」


 そう聞くと、プリメリア様は今にも泣きそうな顔になった。ええっ?


「だ、だって……クラウト様、毎回高価な物をたくさん買って下さるんです。あ、ありえないことだとは、わかっていますけど、も、もし、後ろ暗いお金だったらと思うと……」

「「あー……」」


 思わずラプスと声が重なります。悪い想像が頭をよぎってしまい、それが離れなくなってしまったと。

 こんな顔をされては断りづらいですね。まぁ、今のご主人様が悪い方の想像通りを犯すとは思いませんし……。


「承知しました。プリメリア様も一緒に調査しましょう」

「あ、ありがとうございます!」


 本当にプリメリア様は素直で可愛らしい方ですね。だからこそ、ご主人様は毎回色々買ってしまうのでしょう。自身のことには全くお金を使わないというのに。


「では、明日からよろしくお願いします」

「「はい!」」


 さて、何が出てくることやら。


          ◇


 調査開始から三日が経過しました。


「それらしい動きは何もありませんでしたね」

「「はい……」」


 そもそも、それらしい動きどころか動き自体が全くありませんでしたからね。ここ三日の出来事を要約すると、


 起床→鍛錬→朝食→政務→昼食→政務→夕食→入浴→就寝(三回リピート)


 知ってはいましたが、まだ十代前半の少年にあるまじき確立されたスケジュールですね。仕事に人生を捧げたエリート官僚の一日を見ている気分です。


「あ、あの……クラウト様って私と一つしか変わらないのですよね?」

「え、ええ……そのはずですが」


 プリメリア様とラプスの主従コンビも困惑しています。ご主人様が異常なだけで、プリメリア様も年齢より遥かに大人びているのですから気にしないように。


「しかし改めて考えると、ご主人様は一日の大半を私と共に過ごしています。他に収入を得る時間などあり得るのでしょうか?」

「一日の……」

「大半を……」


 そこに反応しないでください。専属メイドなのですから普通のことでしょうに。

 二人の羨望の視線から逃れようと顔を逸らすと、セバスチャンが壮年の男性を連れて歩いてくるのが見えた。……もう夕食が近いのに来客?

 あの男性は何度か見たことがある。月に数回ほどご主人様を訪ねてくる人だ。


「おや、プリメリア様こんばんは。ヘリオトロープ、坊ちゃまがどこにいらっしゃるか知りませんか?」

「こんばんは、セバスチャンさん」

「お疲れ様です。ご主人様でしたら、自室にいらっしゃると思いますが」

「ありがとうございます。ではアルツ様、私は坊ちゃ……クラウト様を呼んでまいりますので応接室でお待ちいただけますか?」


 そう言ってセバスチャンは、アルツという名の男性を連れて応接室へと向かって行った。

 …………。


「怪しいですね」

「ええ」

「え、怪しいんですか?」


 私の言葉に頷くラプスと、よくわかっていなさそうなプリメリア様。まぁ彼女にはわかりづらかったかもしれませんね。


「政務が終わった後の訪問。しかもご主人様がセバスチャンに指示を出していなかったということは、予期せぬ来客の可能性が高いです」

「クラウト様をお訪ねになるのであれば、事前にアポイントを取るのは常識です。それでも門前払いにならないということは、それが許される理由があるということですね」

「す、すごいです! 出来る大人の女性って感じです!」


 キラキラした目を向けてくるプリメリア様。…………不敬ですが、頭を撫でたくなる可愛さですね。

 ですが、今はそれどころではありません。ようやく動きがあったのです。何とか尻尾を掴まなければ!

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