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28. 根っこが腐っているのなら、腐った部分を取り除くしかない

SIDE:リーリエ


 クラウト様とプリメリア様を乗せた馬車を見送り、両親と共に応接間に戻りました。

 淹れ直していただいた紅茶を飲みながら、あのお二人の話で盛り上がります。


「プリメリア嬢は、とても可愛らしく良き心根の娘でしたね」

「ああ、ヴェルトハイムが養子に取っていなければ、ウチの子にしたいくらいだ」


 お二人とも、ずいぶんとプリメリア様を気に入られたようですね。確かにらしからぬ素直な性格の方でした。

 だからと言って、実の娘の前で「ウチの子にしたい」はいただけませんが。


「お父様、わたくしに何か思うところでも?」

「い、いや、これは言葉の綾というものでだな……」


 お父様、そのように慌ててしまうと、あらぬ誤解を生んでしまいますよ? フフフ……。

 その後も他愛のない話を続けながら、徐々にへと移って行きます。


「……それでヴェルトハイムのせがれはどうだった?」


 お父様の顔が「国王陛下の顔」へと変わり、私とお母様の顔も真剣なものになりました。


「少なくとも外見だけでなく、性格もまるで別人……いえ、別の人間が成り代わっていると言われても違和感がありませんわ」

「ふむ、誰かが彼のフリをしていると?」

「……いいえ。彼は以前の振る舞いを非常に悔いている様子でした。自分で申し上げたことですが、別の人間ということはないでしょう」


 失礼だとは思いますが、彼の焦っている顔はちょっと可愛かった。あんなに大きな声で笑ったのは久しぶりのことです。


「ではやはり噂通り、急に性格が変わったというだけなのか……」

「どちらにせよ、喜ばしいことでは? 緊張で固まってしまったプリメリア嬢をとっさにかばった姿は、打算で出来ることではありません」


 確かにあの行動は素晴らしかった。だまし討ちのような形での挨拶だったにもかかわらず、義妹を庇うことができたのは普段の気構えがあればこそでしょう。

 ……シスコンという噂も本当のようですね。


「確かにな。とっさにアレが出来る者はそうはおらぬ」

「プリメリア様を大切に思われているのは間違いないかと」

「うむ。…………それで、彼とはどこまで話した?」


 ――――来た。これこそが本題。

 チラッと執事のスティーブを見ると、小さく頷きました。盗み聞きなどの心配はないようですね。


「彼と二人きりになった後ですが――――」


          ◇


「クラウト様、今の貴方だからこそお伺いしたいことがございます」

「……私に答えられることでしたら」

「では――――貴方はヴェルトハイム公爵家をどうするおつもりですか?」


 先ほどまではこの質問をするかどうか決めかねていましたが、今の彼にはするべき質問だと確信しました。


「…………質問の意図がわかりかねますが」


 言葉とは裏腹に、彼は明らかに一瞬「聞かれたくないことを聞かれた」という顔をしていました。 


「では質問を変えます。貴方が今進めている領地改革は、明らかに今までの方向性を否定するもの。それをどうお思いですか?」

「…………」


 答えられない、あるいは答えたくないのか。彼は苦悶の表情で黙り込んでいます。

 ……そうですね。彼の本音を聞きだすには、こちらも胸襟きょうきんを開く必要があるでしょう。


「スティーブ、今日ここで見聞きしたことは」

「無論、命に代えても漏らしませぬ」


 スティーブは執事であると同時に、国の諜報も担う王家の懐刀。彼が漏らさないと言ったからには、絶対に情報を漏らすことはありません。


「クラウト様、一つお教えします。ヴェルトハイム公爵家は……いずれ廃嫡はいちゃくとなります」

「!」


 この国には腐敗貴族が多い。その筆頭こそがヴェルトハイム公爵家。王家として見て見ぬふりをできる段階を超えてしまいました。

 クラウト様は驚きの表情を浮かべましたが、公爵家が廃嫡することよりもそれを私が口にしたことに驚いているように見えます。

 彼はまたしばらく黙り込んだ後、躊躇ためらいつつも話し始めました。


「……ヴェルトハイム公爵家は、腐りすぎました」

「ええ」

「重い税にあえぐ領民たち、一部の特権階級は賄賂に横領で濡れ手にあわ。……その日食べる物がない孤児院の資金すらもかすめ取る」


 孤児院の一件は、彼の評判を一変させた出来事でした。その強さ、気高さ、そして……苛烈さ。あの一件以降、役人の数が半減したとも聞きます。


「そしてプリメリアのこと。彼女はこのままでは政略結婚の駒として扱われるでしょう。ですが、俺はそれを許す気はない」


 ヴェルトハイム公爵家の現当主は、プリメリア様を王家の誰かと結婚させようとするでしょうね。王家がそれを許すつもりはありませんが。

 しかし、貴族の娘ならば政略結婚は義務に近いもの。その辺りはどのように考えているのでしょう?

 それとなく尋ねてみると……。


「貴族の義務は民を守ることでしょう。政略結婚だけが方法ではありません。それにプリメリアの生活費や衣装代、その他諸々は俺の私費でまかなっているので」


 え、怖っ。意地でも周りにとやかく言わせないつもりですね。あと一人称が「私」から「俺」になってるのも怖いです。


「……失礼。興奮してしまいました」

「い、いえ……家族を大切に想うことは良いことです、よ?」


 思わず疑問形になってしまった私は悪くないと思います。


「長々と話してしまいましたね。……承知しました。殿下のお聞きしたいことをハッキリと申し上げます」


 そう言って、彼は怖いほど真剣な顔で私を見つめて、


「私は数年以内に、ヴェルトハイム公爵家当主の座を譲っていただきます」


 と宣言した。


          ◇


「……なるほど、やはりそうなるか」


 閉ざされた場とはいえ、事実上のクーデター宣言。しかし、この場の誰もが納得していました。


「彼はここ数年、ヴェルトハイムの中の腐った部分を必死に取り除いてきた。だが、一番腐っているのは……根だ」


 そう。ヴェルトハイム公爵家根っこの部分を取り除かなければ、根本的な解決とはなりません。

 ですが、その中に腐っていない根が生まれました。クラウト様という根が。


「やはり、今日彼と会ったのは正解であったな。まだこの国には希望があると実感できた」

「ですが、このままではクラウト殿は潰されてしまいますよ? かの家には他にも男子がいますからね」

「確かに少々派手にやりすぎておるな。急な変化は反発を生む。実際、彼に弾かれた役人や商人どもが王都の屋敷に出入りしておるからな」


 彼は王国に必要な人材です、潰されてしまうのは困ります。それに……同世代で高位貴族の彼とは仲良くなれそうですし。


「お父様、何とかなりませんか?」

「おや」


 何ですか、その「おや」は。なぜニヤニヤするのですか。変な意味ではありませんからね?


「そうかそうか。リーリエがそこまで気になる相手なら、どうにかしてやらんとなぁ」

「違いますからね? ただ良き友人として……ちゃんと話を聞いてください、お父様!」


 ニヤけ顔のお父様はものすごくウザいことを今日初めて知りました。

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