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23. 黒歴史なので俺の脳内フォルダから抹消したい

SIDE:???


 広く薄暗い部屋の中で、わたくしが紙をめくる音だけが聞こえる。

 手元の報告書に書かれた文章を、文字の一つすら見落とさないように真剣に読み進めていきます。


 部屋の中にいるのは私と、もう一人だけ。机の灯りしかないこの場では、その表情まではうかがい知ることはできません。

 読み終えた報告書を机の上に置き、目の前の人物と向き合います。


「……なるほど。この報告書を読む限りでは、彼は私たちにとって有益な人物と言えるでしょう」


 同意の声。どうやら彼のことをかなり買っているようですね。

 確かに、ここ数年の彼の活躍は目覚ましい。私たちにとっての理想を体現していると言っても過言ではないでしょう。

 ですが、私はまだ彼のことを信用しきれないでいました。


 ヴェルトハイム公爵家嫡男、クラウト・フォン・ヴェルトハイムを。


          ◇ 


 初めて出会ったのは、彼が五歳の時。とあるパーティーで、お互いの両親に連れられてのことでした。

 第一印象は……控えめに言っても最悪。


 丸々と太った体型、品のない話し方、人を見下した態度。この歳にしてこうなるのかと逆に感心したほどです。

 彼と挨拶を交わした時に言われた言葉は、衝撃的すぎて未だにハッキリと覚えています。


「きいてたとおりかわいいな。よし、おれがけっこんしてやろう」


 ふざけんじゃねーですわよ。政略結婚が当たり前の立場とはいえ、貴方とだけは絶対ごめんです。

 ……とは言えないので、ニコニコしながら流しましたが。


 後ろにいた公爵夫妻もいさめるどころか「まずは婚約ですな。いつがよろしいですか?」とかのたまっていました。紛う方なく親子ですわね。

 私の後ろに控えていた両親も青筋を立てていましたが、その場は何とか話を誤魔化すことができました。


          ◇


 ですが、その後もパーティーなどで出会うたび同じような事を言われ続けました。

 お互いが社交的な場に出席する立場である以上、顔を合わせるのは必然。ですが、彼の顔を見るだけでも苦痛でした。


 遠回しなお断りの言葉も、社交辞令も、ただ自分に都合よく解釈するだけ。

 挙句の果てには、取り巻きの貴族たちに「彼女はもう俺にベタ惚れだ」と言いふらしている……ですって!?


 ふっっっっざけんじゃねーですわよっ!!!


 誰が貴方みたいな子オークにベタ惚れになりますかっ。

 見かけで人を好きになるわけではありませんが、貴方に関しては見た目も中身も論外です。

 貴族とは民を守るもの。民をないがしろにし、自らはぜいを尽くすような人に惹かれることは天地がひっくり返ってもあり得ませんから!


 さすがにこの件は、お父様にお願いして対処していただきました。


          ◇


 ところが、三年ほど前から彼に出会う機会がパタリと途絶えました。

 パーティーに出席しても、お茶会にお呼ばれしても、初めて会った時から年々太り続けているあの姿がありません。


 彼の取り巻きたちは戸惑っているようでしたが、私としては頭痛の種が一つなくなって気が楽になったとしか思えませんでした。

 しかし彼を見なくなって少ししてから、信じがたい噂を聞くようになりました。


 いわく、頭を打ってから穏やかで優しい性格に変わった。

 曰く、物語に出てくるような美少年に変貌へんぼうした。

 曰く、不正役人の首を斬り落として孤児院の前に並べた。

 曰く、三人の妹ができてシスコンになってしまった。

 この他にも嘘か真かわからないような噂が多く聞かれました。


 …………意味がわかりません。

 いえ、理解はできるのですが理解することを頭が拒否しているというか。


 穏やかで優しい? 物語に出てくる美少年? シスコン? それは誰のことを言っているのですか?


 まさかこれは、私の気を惹くための新手の策!?

 ……冷静になりましょう、これはあくまで噂。そう、噂である以上は真偽を確認しなければ。

 そういった経緯で、信頼できる方に調査をお願いしていたのですが…………。


          ◇


「結局、良い噂に関してはほとんどが真実だったと」


 さすがに首を並べたとか、三人の妹ができたとかはデタラメだったようですが。

 一人になった部屋で、彼に関する調査報告書をもう一度読み返します。

 けれども、読めば読むほど信じられなくなる。あまりにも私が知る彼の姿とは正反対すぎて。


「孤児院の話に、領地改革の話。これが本当なら、間違いなく得難えがたい人物なのですが」


 かと言って、あの方がいい加減な報告を上げるとは思えません。何よりも、彼のことをかなり気に入っている様子でした。

 このまま報告書だけ読んでいても、きっと堂々巡り。こうなったら……、


「実際にお会いしてみるしかない……ですわね」


 思わずため息が出る。良い話を聞いてはいても、私の中の彼は三年前のままなのですから。

 ですが、もし彼が本当に噂通りの人物であるなら覚悟を決めねばなりません。


「それが私、この国の第二王女であるリーリエ・フォン・ブルーメンクランツの役目なのですから」

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