目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
20. 僕だけが(好感度が)いない義妹

「以上が報告書の内容になります」

「……ああ、ありがとう。この短期間でよく調べてくれた」


 プリメリアがヴェルトハイム公爵家に来て数日。俺は彼女の生い立ちや来歴について書かれた報告書を受け取っていた。母が子爵家のメイドだったことから、ヴェルトハイム公爵家の養子になるまでのことが詳細に書かれている。


 調査を頼んだのはもちろん、皆の頼れる万能執事セバスチャン。たった数日でこれほどの情報を……毎回頼りきりの俺が言うのもなんだけど、この人のスペックは頭おかしいと思う。


 まぁそれはともかくとして、プリメリアが俺の義妹になるまでの人生はかなり不遇だったようだ。『剣と魔法と花冠はなかんむり』では母の存在は描かれてなかったし、設定資料集にも詳細な設定は載っていなかった。


 ゲームのプリメリアは引っ込み思案で、異性に対して少し苦手意識がある。てっきり義兄クラウトのせいでそういう性格になったとばかり思っていたけど、下地となる部分があったんだな。

 …………ふむ。


「ご主人様? 刀を持ってどこに行かれるのですか?」


 ヘリオトロープが刀を片手に立ち上がった俺に対し、そう尋ねてくる。ハハハ、妙なことを聞くなぁ。


「ちょっとプリメリアの実家に行って、全員【自主規制】してくる」

「「ご主人様(坊ちゃま)!?」」


 ヘリオトロープとセバスチャンの二人から必死に止められたので断念した。命拾いしたな子爵家!


          ◇ 


 プリメリアのために用意した部屋は、かなり気に入ってもらえた様子だとラプスから報告があった。

 なんせ公式サイトや設定資料集に書いてあった知識をフル動員して作った部屋だからな。何度も設計し直すこと数百回、三年かけて練った甲斐がある。


 ちなみに俺の部屋はベッド、作業机、テーブルとイス、後はクローゼットくらいしかない。男の部屋なんざ、それだけあれば十分だ。悪趣味なオブジェ(純金製)とかは溶かして売った。


 それにしても、プリメリアってラプスとは普通に話をしてるんだな。俺は屋敷の案内中も歓迎の宴の最中も「……はい」としか言ってもらえなかったのに。

 果たしてこれはラプスのコミュ力が高いのか、俺の好感度が低いのか……前者だと言ってくれ、マジで!


 まぁ父親や兄弟のこともあるし、男には不信感があるのかもしれないな。まだ同性の方が心を許しやすいのだろう。

 こういう時は一旦距離を取って……いや、近かったことがねぇよ!? これ以上距離を取ったら赤の他人だわ!


 よし、ここは勇気を出して倍プッシュだ……! 積極的にコミュニケーションを取って、俺が無害であることを示すしか活路はない!

 明日はちょうど良い用事があったはずなので誘ってみよう。「義妹との仲を縮めよう大作戦」だ! 


          ◇


 ヴェンツ商会。現在、俺が責任者を務める慈善事業関連の取引を一手に担っている商会である。

 商業都市であるヴェルトハイム公爵領の領都には数多くの商会がのきを連ねている。公爵家嫡男が直接関わっている事業ともなれば、それはそれは多くの商会が手を挙げた。その中で、俺がこの商会を選んだのには理由がある。


 答えは単純。この商会、ゲームに出てくるんだよね。


 大きな街に行けば大体ヴェンツ商会があって、回復薬やら武器やらを購入することができた。ゲームにおける縁の下の力持ち的存在だ。主人公がたびたびお世話になる商会が悪徳商会なわけないよな。

 後は、ここの商会だけ賄賂わいろを贈ってこなかったという普通の理由もあるけどね。慈善事業だっつってんのに賄賂なんざ贈ってくんなや。


 というわけで今日は仕事がてら、プリメリアを誘ってヴェンツ商会へとやって来ていた。ヘリオトロープと、プリメリアの専属メイドに選任されたラプスも一緒だ。


「さ、ここが俺の御用達ごようたしのヴェンツ商会だ」


 セバスチャン直伝のレディーファーストで、馬車から降りる淑女たちを支える。……ふと気付いたけど、三人の女性をエスコートする今の俺ってどう見えてるんだろうか。やっぱ女誑おんなたらしかな? 実態は全然違うのに。超ヘコむ。


 微妙な気持ちになっていると、店舗の中から長身の青年が歩いてきた。歳は二十代後半くらい、ピシッとセットされた髪と細いフレームの眼鏡がいかにも真面目な雰囲気をかもし出している。


「クラウト様、本日は当商会にお越しいただきありがとうございます。それからお初にお目にかかります、プリメリア様。私はヴェンツ、当商会の代表を務めております。以後お見知りおきを」


 そう言って、ヴェンツは深々と礼をした。


「情報が早いな」

「商人たる者、情報が命ですので」


 こともなげに言うが、わずか数日前の話だぞ。しかも名前まで知ってるって、どんな情報網を持ってるんだよ。


「プリメリア、彼は優秀な商人だ。大抵の物は手に入ると思うから、欲しい物がある時は頼むと良い。高価な物を買いたい時だけ相談してくれれば良いから」

「ぁ、その…………ありがとうございます」


 久しぶりに「……はい」以外の言葉を言ってもらえた! 他の人間にとっては小さな一歩だが、俺にとっては偉大な飛躍である。

 地球は青かった……いや、プリメリアの耳は赤かった。可愛い。

 ……ん? 何かあっちの方でメイド二人がコソコソ話してんな。


「……やはりプリメリア様は」

「……ええ、間違いないかと」


 まぁいいや。あの二人の内緒話とか、どう転んでも俺の胃にダメージを与える気しかしないし。


「ヴェンツ、プリメリアたちに店内を見せてもらっても良いかな? その間に打ち合わせをしよう」

「ええ、もちろん。プリメリア様、どうぞお好きにご覧になってください」

「はい、ありがとうございます」


 ちょい待ち。さっき俺に対してはどもってたよね? ヴェンツに対しては普通なの?

 …………マジで俺の好感度低い説が現実味を帯びてきたな。


 肩を落としながらプリメリア、ヴェンツに続いて店へと入っていく。

 ふと視線を感じて振り返ると、美人メイド二人がやたらと良い笑顔をしていた。何やねん。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?