SIDE:プリメリア
「……そして王子様と女の子は夫婦となり、いつまでも仲良く暮らしました。おしまい」
そう言って、お母さんが物語を締めくくります。私がもっと聴きたいとねだると、優しく微笑んで「もう遅いから寝ないとね」と言って頭を撫でてくれました。
貧しくても幸せだったあの頃。お母さんの笑顔と、お母さんが聴かせてくれる物語が大好きでした。
◇
子爵家のメイドだったお母さんは、たった一度だけご当主様のお手付きになり……そして私を
妊娠をお知りになった子爵夫人は激怒。命こそ取られませんでしたが、着の身着のままで屋敷を追い出されたそうです。
その後、お母さんはどうにか住む家と働く場所を見つけ、やがて私を出産し育ててくれました。
それを初めて知ったのはお母さんが病気で亡くなってすぐ後。悲しみに暮れる間もなく、子爵家から迎えに来たという男の人から話を聞かされた時です。
「フン、なるほど。あのメイドに似て整った顔をしている。それに魔力量も高いそうだな。高位貴族の側室くらいなら入れるかもしれんな」
あの後、馬車に乗せられて到着したのは立派なお屋敷。丸々とした体型の中年男性が迎えてくれたが、私を見つめる目は冷たい。
この人がお母さんが仕えていた子爵で…………私の、お父さん。
「今日から家庭教師をつけてやる。ウチには女子がいないからな。せいぜい良い嫁ぎ先が見つかるように努力することだ」
私の意思などお構いなく、勝手に決まっていく。父と娘とは、こういうものなのでしょうか。これではあまりにも……。
言うことは言ったとばかりに、
「あの……!」
「……何だ。私は忙しい」
やっぱり、その目は冷たい。泣きそうになる自分を奮い立たせて、生まれて初めて出すような大声で叫びます。
「言う通りにします! だから、だから母の……! せめて母のお墓を建ててもらえませんか!?」
心臓がバクバクします。涙が次から次へと溢れてきます。それでも、大好きだったお母さんのことだけは譲れません。
「……フン。それくらいは良いだろう。だが、身の程はわきまえろよ」
そう言って、今度こそ屋敷の中に入っていきました。ホッとしたのも束の間、
その日から
朝から晩まで家庭教師に
一日のほとんどは自室として
そんな辛い毎日が何年も続けば、心はひび割れ、考えることすら
このままこの家の人形になっていくのだろう……そう思っていたある日、私の人生を大きく変える出来事が起こりました。
「喜べ! ヴェルトハイム公爵閣下がお前を引き取ってくださるそうだ!」
もう何年もまともに顔を見ていなかった子爵が、喜色満面といった様子で話しかけてきます。
どうやら私の魔力の高さを他貴族家へ売り込んでいたらしく、公爵家の養子として引き取られることになったみたいです。
私を
「お前が養子に行くおかげで我が家に大金が入る。それに万一、お前が王族にでも
それを聞いても何も感じませんでした。ただ家が変わるだけで、辛い日々が終わることはないでしょうから。
そう思っていたのに……。
◇
「初めまして。クラウト・フォン・ヴェルトハイムと言います。何か困ったことがあったら何でも相談してほしい。今日から兄妹になるのだから」
そう言って優しく笑いかけてくれたのは、かつてお母さんが聴かせてくれた物語の王子様のような人でした。
私とそう変わらない年齢とは思えない穏やかな物腰、爽やかな笑顔。身体は細身ですが、ひ弱な印象はなく力強さすら感じます。
失礼ながら、迎えに来て下さった彼のお父様とは髪の色しか似ていません。
今まで身近にいた年齢の近い男性と言えば、子爵家の息子たち。彼らの
それからも衝撃の連続でした。
十二歳にして、公爵家の代官として政務を担っているとか。
メイドさん(すごく綺麗な大人の女性です)から
公爵家の嫡男という立場なのに、自ら屋敷を案内してくれるとか。
私の貴族のイメージは物語の中とあの子爵家しかありませんが、それでもクラウト様が貴族の中で異質だということはわかります。
何の希望も抱いていなかった新しい生活、ヒビだらけだった心に何かが
クラウト様と執務室の前で別れ、ヘリオトロープさんとは別のメイドさんの案内で、私に宛てがわれた部屋へと向かいます。
新しい生活への希望を抱きながらも、私は内心かなり落ち込んでいました。それを察したのか、前を歩いていたメイドさんが立ち止まってこちらに振り返ります。
「プリメリア様、どうかされましたか?」
「あ、その…………」
メイドさんは私が言い
「プリメリア様のお部屋はすぐ先です。紅茶をお淹れしますので、その時にでも」
そう言って少し歩き、いくつかある扉の一つの前に立ちました。
「こちらがプリメリア様のお部屋になります」
「わぁ……!」
メイドさんが扉を開くと、思わず感嘆の声が漏れました。
白を基調とした広い部屋に、豪華すぎない上品な家具。可愛らしい小物があちこちに飾られていて、女性らしい部屋を演出しています。
「すごく素敵です! 突然来たにもかかわらず、こんな部屋を用意してもらえるなんて!」
私がヴェルトハイム公爵家の養子になることは、ご当主様以外は知らされていない様子でした。それなのに、この部屋を短時間で用意できるなんて。
「クラウト様が指示書を用意してくださったので、後は使用人総出で準備いたしました。女性のお部屋に関するセンスまでお持ちとは……あぁさすがでございます」
メイドさんの表情が
あんなに素敵な方に対して、素っ気ない返事しかできなかった自分が情けないです。色々親切にしてもらったのに「ありがとう」の一言も言えませんでした。
……夕食の時は、もう少し話ができると良いな。