「ここが食堂。基本的に食事の時間になれば使用人の誰かが呼びに来てくれるから、無理に場所を覚えなくても大丈夫だよ」
「……はい」
現在、俺は前世の最推しキャラであり、つい先ほど義妹となったプリメリアを連れて屋敷の案内をしていた。
本来なら屋敷の案内は、使用人の誰かに任せるべきなのだろう。だが譲らん! 貴重な最推しとのコミュニケーションタイム、邪魔する奴はユニコーンにでも蹴られてしまえ。
と思っていたのだが…………、
「ここが大浴場。使いたい時は使用人に声をかけてくれれば良い。使い方は、その時に説明してもらおう」
「……はい」
ごらんの有様だよ。どうも先ほどのお触り(右手)から目も合わせてもらえない。いや、その前から逸らされてたっけ?
え、もしかして顔すらセクハラ!? ダイエットに成功して「仰天チェンジキマシタワー!」とか調子に乗ってたけど、キモオタな中身が
一通り案内し終わったが「……はい」以外の言葉を聞かなかった気がする。これ以上は俺のメンタルがカポック爆破で粉々になりそうなので、たまたま通りがかったラプスに部屋までの案内を任せて、俺は仕事に戻ることにした。
「俺は夕食までは執務室にいるから。もし何かあったら気軽に声をかけて欲しい」
「……(コクリ)」
最後は声すら聞けず、頷きのみでした。その仕草はとっても可愛いんだけど、さすがにこの状況で「きゃわわ~」とはならない。むしろヘコむ。
ラプスの後をついて歩く後ろ姿を、手を振りながら見送る。
ちなみにだが、人の出入りが多い執務室は一階、プライベートな部屋は三階に配置されてある。仮にも公爵家の邸宅だから当然なんだけど、やたらと広いんだよなぁこの屋敷。前世では全四部屋のアパートに住んでいた身には不便すぎる。
プリメリアは階段を上る直前にこちらをチラリと見たが、慌てて視線を逸らして階段を上って行った。
姿が見えなくなったので手を振るのをやめると、重いため息が出てくる。
「ハァ……まさか初対面から嫌われるとはなぁ」
「……本気で仰っているのですか?」
「え……?」
呆れたような声の方に顔を向ければ、声と同じように呆れたヘリオトロープの顔。呆れた顔も美人さんで
「どうやら御冗談ではないようですね。女心を理解できないようでは、いつか刺されますよ。何度か」
「え、え?」
女心? そりゃわからんて。だてに彼女いない歴イコールを前世プラス今世で更新してないのよ。
その言い方だと勘違いしそうになるけど、前世でクラスメイトから「○○ちゃんって君のこと好きらしいよ」と言われて意識していたら、後日「え、本気にしてたの……引くわ」とか言われたんやで。
お前の嘘にドン引きだわ!!
というかヘリオトロープさん、俺いつか刺されるんですか。しかも複数回。怖えーよ!!
◇
執務室に戻って鬼のように書類にサインをしていく。こうなったら仕事だ。仕事に集中していれば嫌なことも忘れられるはずだ。十二歳の言うことじゃないけど。
自分で自分をブラック労働へ追い込んでいる気がするが、気にしたら負けだろう。迷わず行けよ、行けばわかるさ。
孤児院の運営に関する報告書を読む。……うん、順調だな。しばらく顔を出せていないから、近いうちに視察に行くとしよう。街の区画整理は……ちょっと遅れてるけど、まぁ許容範囲かな。流通関連は……やはり食料品の値段が高い。今後の事を考えるなら、やはり農業振興策が(以下略)。
書類を読んではサイン、書類を読んではサイン、書類を読んでは……オイ、誰だ。このあからさまに不透明な予算を計上しやがったヤツは。ぶっこぉすぞ!
「ご主人様、人相がオーガになっております。三年の恋も冷めてしまいますよ」
「ハイ、スミマセン」
オーガとは筋肉モリモリマッチョマンな鬼みたいなモンスターだ。教師の左手に入ってそうなやつ。
そんなヤベェ顔してたのか、義兄としてそんな顔はプリメリアには見せられん。スマイル、スマイル。
あと、三年じゃなくて千年の恋の間違いでは? ヘリオトロープも言い間違えることがあるんだなぁ。
とりあえず適当な書類を作りやがった役人は呼び出して、爽やかスマイルで追求しておいた。めちゃめちゃ顔色が悪くなってたけど、俺の笑顔のせいじゃないよねきっと。