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15. のちのファンクラブ会長である(震え声)

SIDE:ラプス


 すきま風の入ってくる壁、ボロボロの服、今日も食べる物がありません。

 みんなと身体を寄せ合って眠ります。明日は何か食べられることを願いながら。


          ◇


 物心ついた時にはすでに両親がいませんでした。布にくるまれた赤子が孤児院の前に捨てられていたそうです。けれど、同じ境遇の「家族」がたくさんいたので、悲しくはありませんでした。


 家族のためなら食べ物をもらうために頭を下げることも、安い給金でこき使われることも平気です。

 いつかこの孤児院を大きくして、家族を毎日お腹いっぱいにしてあげたいねって。いつも同い年の親友とそう語っていました。


 成長した私は、運良く公爵家のメイドの仕事を得ることができました。高給というほどではないけど、住み込みの仕事だから給金のほとんどを孤児院に入れることができます。

 大変な仕事ですが、大きな不満はありませんでした……ただ一つを除いて。

 公爵家の跡取りであるクラウト様、彼のことだけはどうしても受け入れられなかったのです。


 ただ身分が高いだけの、だらしなく太ったワガママな子ども。高級なお菓子を貪り、趣味の悪い豪華な服を身につけた姿は悪い貴族の見本の様です。

 そして私が何よりも許せなかったのは、好みに合わない料理やお菓子をすぐに捨てることでした。


 私たちはその日食べる物すらなかったというのに――!


 だから狭量だとは思いましたが、クラウト様が落馬したと聞いた時も心配する気持ちはなく、むしろ天罰だとしか思えませんでした。


 しかし、落馬したその日からクラウト様は変わられました。

 偏食、過食をやめ、朝早くから走ったり剣の素振りをしています。

 あれだけ嫌がっていた学問やマナーの勉強にも積極的に取り組んでいます。

 使用人に対して優しくなり、たびたびお菓子などを差し入れてくれます。

 そして――慈善事業にも力を入れるようになりました。


 私が孤児院出身だと知ってもさげすむどころか、むしろ協力してほしいと頭を下げられた時のことは今でもよく覚えています。


『この街では最も守られるべき存在が守られていない。子どもたちを守るためには君の力が必要なんだ。どうか、俺に力を貸してくれないだろうか』


 その後、孤児院の窮状きゅうじょうを知ったクラウト様は、ひどくいきどおった顔をしていました。

 あぁ……きっとこれこそが本当のクラウト様のお姿。何か悲しいきっかけがあって、あんなワガママ勝手な子どもになってしまったのでしょう。


 けれど、今は元々持っていた優しさや気高さを取り戻した……きっとこの方こそが真の貴族なのです(※完全に勘違いです)。


          ◇


 クラウト様が剣を振るうたび、その美しい銀髪がなびいています。


 お痩せになったクラウト様はまさに貴族然とした美少年。先ほど馬車から降りられた時は、まるで物語の王子様が現れたかのような光景に誰もが息をんでいました。本当に物語から飛び出てきたと言われても信じてしまうかもしれません。

 その後の皆様の失礼な反応にはカチンときましたが、以前のクラウト様しか知らない方にとっては信じられない出来事なのでしょう。だからと言って許しませんが。


 クラウト様が一度剣を振るえば最低でも一人、あるいは二人三人と倒れていきます。私の目ではどうやって斬っているのかさえわかりません。これこそがクラウト様が努力の末に身につけた神業。さすがでございます。


 時折、私たちを人質にしようとしているのか、大柄な男たちがこちらに襲い掛かってきました。しかし、ヘリオトロープ様に返り討ちにされています。過剰に。

 悪漢たちから嫌らしい視線を向けられたり、クラウト様を馬鹿にされて、かなり鬱憤うっぷんが溜まっていたのでしょう。僭越せんえつながら、そのお気持ちはよく理解できます。


 悪漢たちの頭目とおぼしき一際体格の良い男がクラウト様に襲い掛かりました。しかし、クラウト様はそれまでと同じように淡々と一閃。男は何もできずに地面に倒れ伏しました。

 頭目の敗北をきっかけに悪漢たちは投降。大勢のとどろくような歓声と、クラウト様を称える声が街中に響き渡るのでした。


          ◇


 新しく建てられた孤児院を見ます。窓にはチラホラと外の様子をうかがっている子どもたちの顔が見えていて、思わず笑顔が浮かんでしまいます。


 ヒビ一つない美しい壁、洗い立ての清潔な服、今日も美味しい料理がお腹いっぱい食べられます。

 子どもたちは安心した顔で眠れるでしょう。明日もきっと良いことがあると夢見ながら。

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