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14. ブクブクと肥えきった悪役令息は死んだんだ!

 将軍様でも圧倒的な数の暴力には勝てなかったよ。


「嘘だろ!? アレが、あのヴェルトハイムのバカ息子なのか!?」

「あのオークが人間に……もしかして人間とオークは同じ種族だった?」

「偽物じゃないの? ……全く似ても似つかないけど」

「ちょっとお姉さんの家に来ない? 大丈夫、何もしないからハァハァ」


 すげー。仮にも公爵家の坊ちゃんに対して、実に言いたい放題である。あと、何となく身の危険を感じたのは気のせいだろうか?

 見物人たちから次々と飛んでくる罵倒ばとうに頬がヒクヒクとひきつるが、我慢だ。


 なぁに、後ろに控える美人メイド二人から発せられる殺意の波動に比べれば、俺の怒りなんてさざ波みたいなものです。何で罵倒されてる本人より激おこなんだろう?

 いや、そもそも狙い通りの展開だから怒るこっちゃないんだけどね。


          ◇ 


 悪役令息改造計画における最大の難関、それがクラウトの好感度の低さだった。

 商業に依存しているヴェルトハイム公爵領は特に貧富の差が大きく、あまりにバランスがかたより過ぎている。領地の現状を把握した時は、ストレスで胃が死ぬかと思った。


 領民からの人望のなさは、いつか必ず自分に降りかかってくるはずだ。

 このままでは、ゲームのストーリーより前に領民からバッサリられてもおかしくない。何より、あと一年くらいでウチに来るであろう可愛い可愛い義妹に、領民から総スルーされる義兄の姿など見せられない!!


 そのための計画が、この「劇的なビフォーとアフターでイメチェン計画」である。なんということでしょう、やっぱりネーミングセンスがない。


 デルハイデは慈善事業の予算からかなりの額を自分のふところに入れていた。そこで俺はセバスチャンや真っ当な官僚と協力してヤツを脅……説得して資金を回収することに成功。

 慈善事業は俺を責任者として、ナードという商人に事業を委託する形にした。言うまでもなくナードの正体は俺。つまり茶番である。


 着服した金を奪われたデルハイデは、ナードと孤児院が結託して資金を着服していたと冤罪えんざいを吹っ掛け、再び金を取り戻そうとしたわけだな。取り戻すも何も、お前の金じゃないけどな。アホか。

 他にも何人かの家臣や役人に罠を仕掛けていたけど、コイツが真っ先に引っ掛かった。情報操作もお手の物な万能執事セバスチャン、良い仕事してますねぇ。


 そしてこの計画のクライマックスは、横領犯を断罪すると同時に生まれ変わったクラウトを多くの領民に見せつけること!

 今までクラウトが積み重ねてきたものは非常に大きい……悪い意味で。これを払拭ふっしょくするには、ちょっと良いことをした程度では到底足りない。転んだ子どもを助けようとしただけで逃げられたこともあったからな。ヘコむ。


 だからこそこの二年弱は街にも出ず、慈善事業も偽名で進めてきた。全ては今日この時のため。

 記憶を上書きするには、やはり重要なのは圧倒的なインパクト。見た目と行動、二重で衝撃的な変貌へんぼうを遂げた「シン・クラウト」のデビュー戦だ。


 そう、あのブクブクと肥えきった悪役令息は死んだんだ!


          ◇


「ナードの正体は俺だよ、デルハイデ。こうすれば良からぬことを考える連中が釣れると思ってね。案の定、お前はここにいるだろう?」

「そ、そんな……」


 顔色が悪いを通り越して、顔面蒼白がんめんそうはくになっているデルハイデ。顔に生気がなさすぎてゾンビみたいになってるけど、実はアンデッドとかじゃないよね?


「一度目は財産の没収で済ませたが、今度は覚悟しておくことだな。次期公爵家当主クラウト・フォン・ヴェルトハイムの名に懸けて、お前たちの狼藉ろうぜきを断じて許すわけにはいかない……だったか?」


 でも、容赦はしない。さっきのコイツのセリフを引用してさらにあおりまくる。ねぇねぇ今どんな気持ち?


 ……おや!? デルハイデの ようすが……!


「……このクソガキが、言わせておけば調子に乗りおって! こうなったら痛い目を見せて私の傀儡かいらいにしてやるわ!」


 迷惑系ガキンチョに煽られてブチ切れる老害。社会のイヤな縮図がここにある。


「お前たち、このガキを死なない程度に痛めつけろ。女たちは好きにして構わん」


 コイツら、周りに大勢の目撃者がいるってわかってんのかね。いくらなんでも言い逃れできへんで?


「ハッハー! 最初からそうすりゃ良かったんだよ!」

「へっへっへ、今日は寝かせないぜェ!」


 デルハイデの指示で、ニヤケ顔のチンピラ共がぞろぞろと近づいてきた。醜い顔してるだろ。人なんだぜ。それで。

 まぁともあれ、


「おいクソガキ。公爵家のボンボンだか何だか知らねェが————ぁ?」


 一人のチンピラが威圧的な態度で俺の目の前に立つが、最後までセリフを言うことはできなかった。


 なぜならもう――――斬っている。


 ズルリと。チンピラの上半身が落ち、血の池が地面に広がっていく。一拍遅れて、何が起きたか理解した見物人たちから次々と悲鳴が上がる。

 デルハイデやチンピラ軍団も混乱しているようで、視線がさっきまで生きていたと俺の顔、そして血の混ざった水が滴る刀の切っ先を行ったり来たりしている。


「な、何をしやがった!?」

「見ればわかるだろう? 斬って、殺した。それだけだ」

「な、な、何てことをしやがる! 公爵家だからってこんな横暴が許されると思ってんのか!?」


 一際デカい、リーダーらしきチンピラが俺を非難する。いい質問ですねぇ。


「もちろん。例え公爵家だろうと、罪もない人を斬って良い道理はない」

「だったら――――」

「君たちは罪もない人かな?」


 目と言葉に力を込めてチンピラリーダーの言葉をさえぎる。反論も正論も許さない。案の定、彼は口をつぐんだ。


「色々やってきたみたいだね。強盗、傷害、窃盗、詐欺、婦女暴行、それに殺人……調べはついているし、証拠もある。俺には罪のない人を斬る権利はないけど……罪人を裁く義務はある」


 罪なきチンピラを斬り殺せば、悪役令息を通り越してただの暴君だ。イメージアップどころか、落ちすぎて無間地獄むけんじごく(最下層)へと直通である。

 だが、重罪人であれば俺が裁くことができる。いや、裁かなければいけない。


 調べてくれたのはもちろん、万能執事セバスチャン様。デルハイデと繋がりのある連中の情報を洗い出してくれました。

 いやホントもう、あの人には足を向けて寝られません。帰ったら、ベッドの向きを確認しておこう。


 とりあえず刀をさやに納め、再び構える。そして薄く冷笑わらい――――、


「さて、君たちには選択肢がある。大人しく捕まるか、それともみたいになるか……選べ」


 ちなみにおススメは後者です。なぜなら、今までの鬱憤うっぷんが溜まりに溜まったヘリオトロープ師匠が君たちを斬りたがってるから。

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