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13. ちりめん問屋の息子のつもりが将軍様だった

「おぅおぅ! 美人ばっかり連れて、いい身分だなァ? なぁナード様よォ!」


 ――――ヤベェ、死にそう。あまりにもステレオタイプなチンピラっぷりに笑い死んじゃうwww

 だって世紀末の荒野とかにいそうだもん。モヒカンはいないみたいだけど。汚物は消毒しそうな感じ。


「どなたかは存じ上げませんが、お引き取り下さい。ご主人様はあなた方とお話されるほど暇ではございませんので」


 ヘリオトロープが、チンピラ軍団の先頭にいる一際デカいチンピラの前に立って慇懃無礼いんぎんぶれいに頭を下げる。こちらからは後ろ姿しか見えないが、さぞかし冷たい目をしていることだろう。いつもされている俺が言うんだから間違いない。


 だがチンピラ軍団はそんな視線も意に介さず、ゲラゲラと嬉しそうに笑い出した。え、もしかしてソッチ系の性癖の人? などとドン引きしていたらどうやら違ったらしい。


「ウヒョー、こんな美人見たことねェ! こいつは楽しめそうだ!」

「ハハッ、気が強ェ姉ちゃんだな。ベッドの上でも威勢が良いのかなァ?」

「見ろよ、あのスタイル。ボンキュッボンだぜ!」


 よせ! ヘリオトロープにセクハラするなんて、永久凍土にル○ンダイブするようなものだぞ!

 何と怖ろしい……このままでは、街中でバラバラ殺人事件が発生してしまう。この後に起こる惨劇の予感におののいていると、


「おやめなさい。美しいレディが怖がっているでしょう」


 そう言って、やたらと高そうな服を着た痩せぎすな初老の男が歩いてきた。いえ、怖がっているのはそちらのレディではなく、馬車の中のジェントルマンですが。

 男はヘリオトロープの前まで歩いてくると、彼女の肩越しに馬車の方を見てきた。


「お初にお目にかかります、ナード殿。私、ヴェルトハイム公爵閣下の忠実なる家臣、デルハイデと申します」


 わざとらしく大仰おおぎょうに礼をする。いかにもこちらをあなどっているのが見え見えの態度だ。


「その公爵家の忠実なる家臣様が一体どのようなご用件でしょうか?」


 ヘリオトロープが尋ねるが、言葉がとげとげしい。まだお怒りのようである。荒ぶる怒りを鎮めたまえ。

 それにしても、彼女が俺の専属メイドだと気付いていないのか? 確かデルハイデは貴族の出身。もしかしたら他人の従者の顔なんて、いちいち見ていないのかもしれないな。


 デルハイデはこのギスギスした雰囲気すらお構いなしに、ニヤついた顔で朗々ろうろうと語り出した。


「私は偉大なるヴェルトハイム公爵閣下に、慈善事業の予算の管理を任されていたのですがね。何と、孤児院の経営者とそちらにおられるナード殿が結託して、運営資金や寄付金を着服していたことが判明したのですよ!」

「な――――」


 キザリスが絶句している。突然現れた胡散臭うさんくさいおっさんに冤罪えんざいを吹っ掛けられれば、そうもなるだろう。

 同時にざわめきが広がっているのを感じる。どうやら騒ぎに気付いた街の人たちが結構な人数集まってきたようだ。このままでは孤児院は悪代官(代官じゃないけど)の手に堕ちてしまうだろう。


 計画通り(ニヤリ)。


 俺が、新世界の神志望の天才学生ばりに悪い笑顔を浮かべているとも気付かず、デルハイデはなおも演説を続ける。


「この慈善事業には公爵家の嫡男であられるクラウト様も期待されていました。次期公爵家当主クラウト・フォン・ヴェルトハイム様の名に懸けて、あなた方の狼藉ろうぜきを断じて許すわけにはいかない!」


 あーもう限界だ。腹はよじれるし、耳は腐る。仕込みは上々、役者も十分揃っただろう。


 パチパチパチパチ……。


 俺の拍手が馬車の中で反響し、辺りに響いた。それを合図に、馬車へと近づいてきたヘリオトロープとラプスが扉の左右に立ち、うやうやしく礼をする。ナニコレ、何かすっごいゴージャスなBGMとか流れそう。

 内心の大興奮を抑えながら馬車を降りる。二人の美人メイドの間を抜け颯爽さっそうと歩く俺。最初からクライマックスだぜ!


 デルハイデだけでなく、キザリスも、チンピラ軍団も、多くの見物人までもがしんと静まり返った。え、何この沈黙。デルハイデはともかく、何でみんな黙り込むの?

 ま、いいか。とりあえずはコイツのことだ。


「どうした、デルハイデ。俺の顔を見忘れたか?」


 ちりめん問屋の息子のつもりが、まさかの将軍様ロールプレイ! このセリフを自分が言う日が来ようとは……サンバでも踊ろうかな?

 目の前のおっさんは可哀想なくらい顔色が悪くなってる。いや、別に可哀想とは思わんけど。


「く、クラウト様……なぜ、こんなところに」


 デルハイデは目の前の現実が信じられない、いや信じたくないといった様子で唖然あぜんと呟く。

 俺は笑顔で再び口を開いて、


「「「ええええええぇぇぇぇぇぇ!?」」」

「うぐぅ!?」


 圧倒的多数の叫び声によって口を閉じさせられた。

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