勉強や剣術、魔法にダイエット。転生してからというもの、理想の兄を目指して
とはいえ、理想の兄(予定)にも休息は必要。たまにだが、息抜きのために街に繰り出すこともあった。
そして
俺が転生する前のクラウトと言えば、目の前を横切った子どもを蹴ったり、食事の代金を踏み倒したり、店頭の商品をぶっ壊したり……そりゃあ目も逸らされるわ。ツライ。
そこでイメージ戦略の一環として、一年ほど前から慈善事業に力を入れることにした。
貴族たるもの、ノブレス・オブリージュの精神で
大概の貴族は良い物を食べたり、高い服を着ることが貴族の務めだと思っている節があるからな。ちなみにソースはウチの両親。
そんなヴェルトハイムさん
なので、まずは名前を隠して慈善事業をすることにした。家臣や使用人の中から何人か選び、孤児院の支援やスラムでの炊き出しなどをしてもらっている。代表者の名義(偽名)は「
ちなみに財源の確保は簡単だった。予算を中抜きしてる連中から
自領の仕事すらサボタージュする父ならともかく、仮にも大学受験を乗り越えた俺にこの程度の改ざんが通用すると思うなよ!
そして今日、老朽化していた孤児院の建て替え工事が完了したと報告を受けたので、初めて孤児院に顔を出すこととなったのだ。
◇
「クラウト様……このたびは本当にありがとうございました」
孤児院へと向かう馬車の中、向かいに座る小柄なメイドが頭を下げる。
彼女の名前はラプス。公爵家のメイドの一人で、今向かっている孤児院の出身だそうだ。
華やかな美人ではないが、可愛らしい守ってあげたくなるような容姿をしている。実は隠れファンが多いタイプだな。
彼女は俺の慈善事業の孤児院担当として色々手伝ってくれたため、今日の視察にも同行してもらっている。
「礼には及ばない。ラプスには色々手伝ってもらったからね。むしろ孤児院の
俺がそう言うと、彼女はゆるゆると首を横に振った。ショートボブの茶髪がさらさらと揺れる。
「それこそクラウト様に頭を下げてもらう必要はありません。誰もが見て見ぬふりをしてきたのに、クラウト様は手を差し伸べてくださいました。貴族の
ちゃうねん。
でもキラキラした目でこちらを見るラプスちゃんにそんなこと言えない。だってノーと言えない(元)日本人だもん。
あ、お隣のヘリオトロープさんが呆れた顔をしてらっしゃる。あんたさんもこの視線を正面から浴びてみなされ。昭和の少女マンガ並みに目がキラッキラやぞ!
ちなみに公爵家は無駄に装飾が施された馬車を所有しているが、今日乗っているのはちょっと大きめのシックな馬車だ。お忍びっぽく、馬車の窓には
クラウトではなく世を忍ぶ仮の姿「ナード」としての移動だからな。越後のちりめん問屋……じゃなくて、さる商会の跡取り息子という設定になっている。
また心の中学二年生が
しばらく馬車に揺られていると、街の中心から少し外れた場所に真新しい建物が見えてきた。
貴族の屋敷を一回り小さくしたくらいの、立派な二階建ての孤児院。汚れのない真っ白な壁が眩しい。
馬車が停まり、ラプス、ヘリオトロープと降りたところで、孤児院の中から若い女性が駆け寄ってきた。
「来てくれたのね、ラプス!」
「キザリス!」
嬉しそうに抱き合う二人。どうやらラプスの知り合いのようだ。歳も近そうだし、孤児院で一緒に育ったのかもしれない。
快活な雰囲気で笑顔が明るい、色んな人とすぐに仲良くなれそうなタイプっぽいな。ラプスとは別の方向で隠れファンが多そうだ。
「コホン。ラプス、ご主人様が馬車にいらっしゃるのですよ」
「あ……! 申し訳ございません!」
ヘリオトロープの指摘に、ラプスの顔色が悪くなる。俺はそれくらいで怒ったりはしないけど、一応仕事中だしね。
「わ、私の方から声をかけたんです! 申し訳ございません!」
慌てて頭を下げるキザリス。ラプスが何か罰を受けると思ったのだろうか、こちらも顔色が悪い。
大丈夫だよー、ひどいことなんてしないよー。
「ご主人様はこの程度のことで罰を与えるような方ではありませんので、ご安心を。ですがラプス、メイドとしての自覚をしっかりと持つように」
「はい、承知いたしました」
「あ、ありがとうございます!」
さすがヘリオトロープさん、ご主人様は何も言うことはありませんよ。前に俺の首をチョンパしようとしたメイドの自覚とは何ぞや? とは思ったけど。
いや、冗談ですよ? あれは昔のクラウトが全面的に悪いので、睨まないでいただけると助かります。
「それで、あの……そちらにいらっしゃる方が、その……?」
ラプスにお
いよいよ満を持して登場か……何か緊張してきたな。
「ええ、こちらにいらっしゃる方こそがこの孤児院の支援者である……」
ヘリオトロープが俺を紹介しようとしたその瞬間、
「おおぅ! ナードって野郎はその馬車の中か!?」
俺の登場シーンを大声で
なんだァ? てめェ……。