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10. ウサギにぶっちぎられたら2度とバックミラーに映らない

 ペットボトルロケットを作ったことはあるだろうか。

 ペットボトルに水と圧縮空気を入れ、弁を開くことで水と空気が一気に噴射させる。そして、その反作用によってペットボトルが飛んで行くという仕組みの装置だ。


 俺は自分の魔法適性が水だと知ってから、この仕組みを何かに利用できないかと考えていた。本当はウォータージェットを再現したかったが、極細の高速水流を生み出すのが激ムズだった。さすがに水鉄砲では何も切れぬ。


 そこで目を付けたのが居合である。水の推進力を上手く使って高速抜刀を実現できれば、クソ雑魚中ボスことクラウトでもそこそこ戦えるようになるのではと考えたのだ。

 さすがに水を噴射させるための圧縮空気は用意できないので、水圧をコントロールして代用してやれば……刀がすっ飛んで行った。ゲーム実況なら大草原不可避である。wで画面が見えなくなりそう。


 結論から言うと大失敗だったのだが、それでも手応えはあった。あったんだけど……。


          ◇


「ご主人様!」

「坊ちゃま!」


 ヘリオトロープとセバスチャンにめちゃくちゃ叱られた。

 立場上、この二人にお説教されるなんて初めてなのでちょっと嬉しい……ウソです、めっちゃ怖えーっす。めっちゃ涙目っす。


 まぁ木剣とはいえ、完全無防備で脳天唐竹割りくらったからなぁ。ヘリオトロープが手加減してくれていなかったら、脳漿のうしょうをブチけろ状態だっただろう。モザイクパッチを当てないと見せられないよ!


「ご主人様、しばらく摸擬戦は禁止です。ひたすら素振りをしてください」

「はい」


 メイドに命令されるご主人様とはいかに。いや、全く文句も異論もないけど。そもそも、テンション上がり過ぎてぶっつけ本番でやらかした俺が全面的に悪いし。

 だって刀やで!? 居合やで!? 元オタクとしてしゃーないやん!


 まぁ結果として、ペットボトルと同じように刀がすっ飛んで行ったわけだが。そこまで再現しなくても良かったんやで?

 よくよく考えたら伝説の抜〇斎さんは親指一本で刀ぶっ飛ばしてたな。異世界転生した俺よりも、あの人の方が百倍チートな件。


 とりあえず美人メイドさんが激おこなので、大人しく居合の練習をすることにする。魔法抜きで。これがなかなか難しい。

 スムーズに刀が抜けない。早く抜こうとすればさやに引っかかる。なので、最初はゆっくりと動作を確認しながら繰り返す。


 修練場のど真ん中でひたすらゆっくりと同じ動作を繰り返す俺はかなり目立っている。騎士たちからチラチラ見られてるよ。

 公園で太極拳をしていた近所のおばちゃんはこんな気持ちだったのだろうか。多分、違う気がするけど。


「なるほど。鞘に入った刀をただ速く抜き放つ、ですか。ご主人様の言っていたことが理解できました。しかし、ご主人様はこの居合とやらをどこでお知りに?」

「う~ん、どこだったかなぁ。思い出せないや」


 内心ギクリとしたが、くらうとくんきゅうさいの悪ガキスキル『口から出まかせ』でサラッと流すことができた。助かったけど、ノータイムで嘘が出てくるって複雑な気分。鼻伸びてないだろうな?


 俺がクラウトに転生したことはできれば隠しておきたい。説明が面倒くさいし、このゲーム世界にどんな影響を及ぼすかわからない。あと説明が面倒くさい。

 何十回と同じ動作を繰り返す。ミスリル製の刀だから比較的軽量とはいえ、金属の武器を振り続けるのはやはりキツイ。それでも一心不乱に繰り返す。


 主人公とは違って才能のない俺にできることは、ただ歩みを止めないことだけだ。天才は凡人を容赦ようしゃなく抜き去って、そのまま遠ざかっていく。

 プリメリアだって成長を始めれば、俺を猛スピードでぶっちぎってそのまま2度とバックミラーに映ることはねぇぜ。


 だから俺は昨日も今日も明日も、ずっと歩みを止めるわけにはいかない。亀がウサギに勝つためには、ひたすら歩き続けるしかないのだから。

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