プリメリア・フォン・ヴェルトハイム――『剣と魔法と
実は、今の段階ではプリメリアは俺の妹ではない。
彼女の出自は子爵家の庶子。高い魔力と見目の良さを現ヴェルトハイム公爵(クラウトの父)に見込まれ、クラウトが十二歳の時にヴェルトハイム公爵家へ養子として入るからだ。正しくは義理の妹だな。
しかし子爵家の庶子という出自、そしてその優秀さからクラウトに目を付けられてしまう。
そこから主人公に出会うまで、何年もの間クラウトから虐げられたことで心に深い傷を負うのだが……これからそいつを殴りに行こうか。俺だけど。
クラウトの蛮行は
それはつまり……。
「推しをこの手で幸せにできる! これ以上の推し活はない!」
フハハハ! クラウトに転生したと知った時は心折れそうになったが、むしろ感謝しても良いかもしれぬ。テンションがおかしい気がするけど興奮が止まらない。
……ところでヘリオトロープさん、主人の奇行にも黙って側で控える貴女はメイドの
◇
変なテンションになって
はい、まさに今の俺のことです。私は貝になりたい。
……さっきの興奮と今の羞恥で、急に喉が渇いてきたな。紅茶はすっかり冷えてしまっているが、今の俺には丁度良さそうだ。
ソファー……は沈むので椅子に腰かけて、紅茶の入ったカップを持ち上げる。カップを口に近づけると、ふと紅茶の表面に映り込んだ自分の顔が見えた。
瞬間、手が止まる。
「……ご主人様? やはり温かい紅茶を淹れ直しますか?」
「…………」
ヘリオトロープが気を利かせてくれるが、俺はそれに答える余裕がない。
手が、そして全身が震え出す。カップに入った紅茶が激しく波打って、いくつもの雫が服に落ちた。
「あ、あぁ…………」
「ご、ご主人様?」
そうだ、なぜ気付かなかったんだ。死亡フラグ? 妹を幸せにする?
それよりもまず、俺にはやらなければいけないことがあったじゃないか!
カップをテーブルに置き、椅子から勢いよく立ち上がる。今度はちゃんと立ち上がれた。
その勢いのまま拳を高く突き上げ、力強く宣言する。
「ダイエットするぞ!!」
「…………はい?」
紅茶に映り込んでいた、今の
ブクブクと太っただらしない体型。まるでフュージョンに失敗したかのように丸々としている。精神的フュージョンでも体型に影響するのかね?
いずれにせよ、このワガママボディ(笑)で最推しに会うわけにはいかない!
初対面の第一印象の九割は見た目で決まるという説もある。
最推しから「うっわヤバ。ほぼオークじゃん。こんなのが兄とかもぅマヂ無理w」とか思われたら軽く死ねる。いや、こんなギャルみたいな
ちなみにオークは二足歩行するデカい豚のようなモンスターだ。まだ遭遇したことはないけど、もしも俺を同族と勘違いしてきやがったら絶滅させる所存である。
オークの件は置いておくとして、今の
それまでに頑張って痩せて、劇的なビフォーとアフターで「なんということでしょう」と言いたい。
考えてみれば、そもそもクラウトには足りないものが多すぎる。勉強も武力も魔法も品格も品性も教養もマナーもレディの扱いもオール赤点だ。
ゲームではよくヒロインの一人である第二王女に色目を使っていたが、自分のスペックを考えなさいよ。見た目はオーク、中身はゴブリンやで?
余談だが、この世界に「ステータス」という概念はない。
レベル的なものはあるらしいが、モンスターを倒したり経験を積んだりすると「何となく上がったように感じられる」程度だ。
なので、異世界のお約束で「ステータスオープン!」とかやると、めでたく不審者の仲間入りできる。
……そうだ。ゲームのクラウトが妹を不幸にする悪役だというのなら、シン・クラウト(俺)はその逆の道を行ってやる!
「推しのためならやれる! 勉強も武力も魔法も品格も品性も教養もマナーもレディーの扱いも全部身につけてやる! 悪役令息改造計画だ!!」
海賊お……じゃなかった、理想の兄に俺はなる!!
じっとしていられなくなって自室から走って飛び出す。絶対零度の目をしたヘリオトロープが普通に歩いてついて来ているが、走っているのだ!
…………まずはジョギングからだな。