前世の芸能人でもお目にかかったことがないほどの超美人(しかもガチメイド)に着替えを手伝ってもらうなんてとんでもない!
……と断ろうとしたのだが、貴族の服は複雑すぎてどうやって着るのかわかりませんでした。気分は着せ替え人形です。
無事(?)着替え終わったので、さぁ診察に行こうと思ったら、治療師がウチに出向いてくれるらしい。さすが公爵家、VIP対応である。
治療師が来るまでの間、美人メイドが淹れる紅茶を飲みながら待つ。自室で美人さんと二人きりとか、超緊張して紅茶の味が全く分かりません。ガッチガチやぞ!
くらうとくんきゅうさいと前世の俺が精神的フュージョンを果たしたことで、九歳の子どもらしからぬ精神年齢にはなった。
だけど、公爵家のボンボンとして九年間生きてきた感覚も残ってるんだよなぁ。だから前世がオタぼっちコミュ障だった俺でも、年上の使用人相手に敬語を使わずとも話すことができている。
でも美人さんは無理!
彼女いない歴イコール街道をまっしぐらに突き進んでいた俺の女性に対する免疫は、ゼロを通り越してマイナスである。
くらうとくんきゅうさいの図太さを
「紅茶のお代わりをどうぞ」
「あ、あぁ……」
二杯目の紅茶を淹れてくれた美人メイドをチラッと横目で見る。ミニスカではなくロングドレスのヴィクトリアンメイド。
あと、よく見ればこのメイドさん見覚えがある。クラウトとの戦闘パートで戦った部下の一人だ。メイドさんなのにめちゃくちゃ強かった。
◇
ヘリオトロープ――中ボスの部下に過ぎない彼女についてゲーム中で語られることはない。だが、クラウトの記憶を持つ今なら多少は知っている。
クラウトの専属メイドである彼女は、六歳上の現在十五歳。腰まである長い黒髪とクールな美貌、何でこの娘がヒロインじゃなかったのか不思議なくらいの美人さんである。
それどころか、中ボス戦でクラウトと共倒れする運命……制作スタッフ許すまじ。月のない夜は背後に気を付けたまへ。
閑話休題。
どうやら元々は他国の貴族令嬢だったらしい。遠い北方の国で平穏に暮らしていたが、数年前に隣国が突然侵攻し滅亡。一家は離散、彼女は奴隷商に売られてしまった。
その後、一目で彼女を気に入って奴隷商から買い取ったのが俺ことクラウトというわけだ。ハハハ、この悪ガキめ。
ちなみに彼女の父親は近衛騎士団長、母親も元騎士だったそうだ。そりゃあ強いわけだ。
ところで、この中世ファンタジー世界には奴隷が存在する。
奴隷には一見チョーカーのような首輪がつけられ、そこには「主の命令遵守」と「主に害なす行動の禁止」の魔法が刻まれる。それを破れば首輪がキュッと……。
フィクションではよくある設定だけど、実物を前にするとサガるわー。
まぁそんなわけで、美人メイド改め美人奴隷戦闘メイドであるヘリオトロープは、俺に絶対逆らえない立場ということだ。
…………いや、奴隷だからって変な命令しようなんて思ってませんよ?
そもそも今の俺は九歳の子どもだし、ナニかしようにも……いえ、何でもないです。
◇
三杯目の紅茶を淹れたところで、走ってやってきた治療師に診察してもらった。診察結果はただの打ち身。汗だくの姿に申し訳なさが止まらない。
ただ、念のためということで回復魔法をかけてくれた。ポカポカと温かくなってスゥっと痛みが引いていく。スゲー、これが魔法か!
そして治療師は治療が終わるとすぐに帰って行った。滞在時間は八分弱。
すまぬ、治療費は多めに払っておくようにセバスチャンに言っておいたから許して欲しい。
治療師が帰った後、自室でソファーに身体を深く沈める。というか、ソファーがフカフカすぎて俺の自重で勝手に沈んでいくんだが。このまま人間椅子にもなれそう。
そのままボーっとしていると、ヘリオトロープが冷めた紅茶を淹れ直そうとしているのが見えた。
「あぁ、そのままでいいよ。もったいないし」
「…………」
UMAを見るような目で見られてる気がするけど、そんなことはどうでもいい。
そう、クラウトに転生してしまった俺はこれからの事を考えなければならない。
◇
悪役令息クラウトは、主人公がどんなルートを選んだとしても中ボスとして立ちはだかり、必ず返り討ちにされる。
ただの逆恨みだったり、他国に利用されたり、主人公と敵対する理由は様々だが末路は全て同じ。ゴートゥーヘルである。
だが自分がその立場になった以上、リアル斬られ役になるつもりはない。拙者、死にとうないでござる。
本当は主人公と敵対しないのが一番なんだけど、ここがゲームの世界であるなら変な強制イベントがないとも限らないしな。
そもそも主人公と敵対しなかったとしても、他に敵がいない保証もない。だって嫌われ者だし。
ヘリオトロープだって本当は奴隷から解放してあげたいけど、めっちゃ嫌われてるっぽいから怖いんだよな。
彼女がクラウトの専属メイドになって数年経つが……まぁ、酷いものだったよ。信頼を得るどころか、裏切って蹴飛ばして、おまけに唾吐いてる感じ。伝わります?
そんなわけでヘリオトロープを解放するためには関係改善が必要不可欠。でなきゃ、俺なんぞゴブリンよりも簡単に
……というか、そもそもクラウトを嫌ってない奴などいるのだろうか?
両親からは過剰に甘やかされてるけど、身内以外はなぁ。ヒロインたちからも
…………妹?
ガバッとソファーから立ち上が……ろうとしたが、身体が沈んだまま起き上がれずにジタバタする。またか。
仕方ないので、ソファーの端まで転がってから肘置きを支えにどうにか立ち上がる。自分の体重に出鼻を
「どうかされましたか?」
「そうだよ、妹だよ!」
「はい……?」
何だか、美人奴隷戦闘メイドから「また意味のわからんことを言い出した」的な冷たい目線を浴びせられてる気がするけど気にしない。
「そうだ、クラウトの妹こそ前世の俺の最推しキャラ。理想の妹系ヒロインがリアルの妹とか最高じゃないか!」
最推しを最も近くで眺められるベストポジション。これ以上に素晴らしい立ち位置があるだろうか、いやない!
……なんかもう自分の死亡フラグとかどうでもよくなってきたな。