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1. 約束された敗北の豚

 ――――という夢を見たのさ!

 いや、夢じゃなくて前世の記憶なんだけど。


「……って、痛っ!」


 頭がズキズキする。記憶を思い出したことによる頭痛……ではなく、もっと直接的かつ物理的な痛みだ。


「坊ちゃま、お身体は大丈夫ですか!?」


 老執事やメイドたちが心配そうに上から顔を覗き込んでいる。どうやら俺は仰向けで地面に倒れているようだ。


 とりあえず、このまま周りに心配をかけ続けるのはよろしくなさそうなので身体を起こ……そうとしたが、腹筋の力が及ばず起き上がれなかった。

 仕方がないので一旦ゴロンと転がって、うつ伏せになってから腕の力で起き上がる。ついでに、やたらと豪奢ごうしゃな服に着いた草やホコリを手で軽くはたき落とした。


「皆、心配かけてすまない。この通り大丈夫だ」

「「「…………」」」


 そう言って笑いかけると、全員が信じられないものを見たという顔で絶句した。何という見事な驚き顔。「な、なんだってー!?」とか言いそう。

 いや気持ちはよくわかるけどね。だって『ついさっきまでの俺』とは完全に別人なのだから。


          ◇


 クラウト・フォン・ヴェルトハイム――『剣と魔法と花冠はなかんむり』の悪役キャラである。そう、例の死亡率百パーセントのバカ兄だ。


 公爵家の嫡男として生まれ、何不自由なく甘やかされて育った。性格は典型的な自分勝手でワガママなボンボン。家柄を誇り、身分の低い立場の人間をナチュラルに見下すロクデナシである。

 あおい瞳にすっと通った鼻筋、そして短めに切り揃えられた美しい銀髪。

 決して顔は悪くないんだよなぁ。「ひでぶ」という断末魔が似合うような肥満体型でなければ。


 そして、仮にも中ボス的立場のくせに本人の能力はすごく低い。下手したらゴブリン(最弱級モンスター)と良い勝負するのではないだろうか。

 コイツが中ボスでいられるのは部下がやたらと強いおかげだよな……金と権力のバフってすげー!


 まぁ最後には必ずご退場するんだけどね。プレイヤーから嫌われすぎて「クズ兄」だの「かませ豚」だの「約束された敗北の豚エクスカリブー」だの言われ放題でも同情はゼロである。わかりみが深い。


 そんな大人気に嫌われ者なクラウトだが――本当に、本当に認めたくないことだが――どうやら俺はコイツに転生してしまったらしい。

 心の底から夢であって欲しいが、わざわざ頬をつねらなくとも頭が現在進行形でズキズキ痛い。あ、ついでに背中と腰も痛い。


 ちなみにこの痛みは、馬から振り落とされたせいだ。

 つい先ほど、クラウトが思い付きで「俺が華麗に馬を駆るところを見せてやろう」などと言い出して馬の背中に乗ったが、馬が走ることを完全拒否。そんな馬の態度にキレたクラウトが馬の頭を叩いたのである。アホとしか言いようがない。


 まぁその衝撃というか痛みで前世の記憶を取り戻したようなのだが、むしろ忘れたままでいたかった……。

 異世界転生なんてオタク的マインドなら大興奮間違いなしのハズなのに、一番嫌いなキャラに転生したせいで喜べねぇよ!? そこは主人公にしてくれよ!


 現在クラウトは九歳。前世ではその倍以上生きていたからか、前世の人格の方が優位な感覚がある。

 だけどな……九年間生きてきたクラウドの記憶、つまり今までのオイタ(※過小な表現です)の記憶もちゃんとあるんだよおおおおぉぉぉぉ!


 過去の失敗談を思い出すと、羞恥心が天元突破して身悶えしたくなることってあるよね?

 アレのさらにグレードアップしたバージョンというか、前世の俺とは無関係なのに自分の記憶としてしっかり残ってるんだよ。くっ殺!


 前世の俺の半分も生きてないくせに、すでに恥の多い生涯を送って来ました感がハンパない。しかも、今までの本人には反省の心はおろか疑問すら持ってないので、元日本人としての良識が悲鳴を上げております。

 あー、転生歴十分じゅっぷんにして早くも心折れそう。


          ◇


 憂鬱な気分で遠い目をしていたら、フリーズ状態から再起動した老執事(名前はセバスチャン。ベタだ)が慌てて話しかけてきた。


「ぼ、坊ちゃま。その……頭を打った影響がないとも限りませんので、念のため治療師にお身体を診てもらった方がよろしいかと」


 それは暗に「頭打っておかしくなったんじゃね?」と言ってないか? まぁあながち間違いではないけど。あと精神年齢的に恥ずかしいので「坊ちゃま」はやめて欲しい。

 頭を打ったのは事実だし、色んな所が痛むのでここはベテラン執事の助言に従っておこう。


 ちなみに治療師とはこの世界における医者的な職業である。

 さすが剣と魔法の世界だけあって、医療行為は魔法によるものが主流だ。つまり、転生して早くも魔法初体験フラグ!

 ちょっとだけ生きる気力が湧いてきた気がするぞ。


「そうだな、念のため診てもらおう。……っと、その前に服を着替えないとな」


 先ほど軽くはたいたとはいえ、馬から落ちた時に付いた土や草の汚れが服にべったりだ。

 さすがにこの状態で外出するのははばかられるし、こんな無駄に飾りだらけの服じゃなくてシンプルな服が良い。


「ではお召し替えをお手伝いします。お部屋へどうぞ」

「ああ、頼…………え?」


 振り返るとめっちゃ美人なメイドさんが、すぐ側でこちらを見つめておられました。え、こんな美人さんに着替えをお手伝いされるの? マジで?

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