今日は朝から雪が降っている。
天気予報では夜までずっと降るみたい。
でも何一つ変わらず私はいつも通り学校へ行く。
「あんた!今日はすごく寒くなるみたいだから早く帰っておいで!」
お母さんが家を出た私に言った。
「はぁい」
寝ぼけながらも浅く返事をして私は登校を始めた。
「寒い寒い!」
しもやけになりそうな寒さの中、手を擦りながら手に息を吐きかける。
「あ、おはよーノッド」
「おはようございます!」
先程まで寝ぼけていたものだが、委員長としてはシャキッとしなければいけない。
私はクラスメイトに声をかけられてはその気を引き締めるのだ。
「今日は寒いね!」
「うん、そうだね」
「……ふぅ~さむさむ……」
「じゃ、おさき!」
「あ……うん!またあとで!」
……委員長はなんだか、あんまり特定の友達がいなかったりする……。
「みんな、おはようございます!」
教室に入りぴしりと挨拶をする。
「おはよー」
ちらほらと白けた返事は返ってくるが大半は聞こえないふり。
めんどくさいのはわかるんだけどもうちょっと私にも興味を持って欲しい。
……委員長としてだけでなくてもさ……。
気を取り直して黒板の掃除を始める。
チョークの粉を拭いて窓を開ける。
「ちょっと寒いな」
「あ、ごめんね!でも終わらせないと……」
「ううん!こっちもごめん!」
嫌な顔をされるのも慣れた。
でもなんか腑に落ちない。
私は確かに望んで学級委員になった……のだけど、貧乏くじを背に負うためにこの役についたわけじゃない。
成績を優遇してもらいたかった?
ただの偽善者?
媚びを売ってる?
人気者になりたかった?
全部違う。
私は別に損得や自分本位の欺瞞で手を挙げたわけじゃない。
……ただ、みんなの役に立ちたかった。
それだけなのに……。
……朝から嫌な気分。
でも今日に始まったことじゃないし、気にしない気にしない!
「おはよー!」
「あ、おはようございます!」
「今日も頑張ってるねぇ!えらいねぇ!」
「ふふふ、ありがと」
無邪気なマーガレットちゃんは私の天使…!この子には裏表があるように見えないし、すごく嬉しい。
「む……いいんちょ……」
「あ、ミラちゃん」
「おはよ……」
「おはようございます!」
言葉とは裏腹にミラちゃんはにっこりと笑うとマーガレットちゃんの方にとてとてと歩いていった。
……ミラちゃんもたまらないんだよなぁ!
でも……私はあの2人の間には入れないんだけどね……。
私は軽く嘆息し作業を続けた。
「お~い、みんないるか~?」
先生がやってきて出席をとりはじめた。
「さて今日は……数学からか。委員長~あとで準備室に来るように」
「はい!」
出席を取り終えると先生と一緒に準備室に向かった。
「先生、あの……少し話したいことが……」
移動中の廊下で、私は先生に話しかける。
「どうしたノッド」
「あの……私最近悩みがあって……」
「なんだ、お前らしくもない」
一辺倒の否定の言葉。またこれだ。
「そ、そうですよね……私は悩んでなんかいけないんだ……」
「ばか、そうじゃないよ。……最近のお前はやけに遠慮がちだなって言ってんの」
「え……」
「かしこまってんじゃねぇよ。お前はもっと堂々としたやつだったよ」
「そ……そうでしたっけ……」
「そうだ。俺の知ってるノッド・マーディラスはそうして委員長になったんだぜ」
「先生……! わかってくれるんですか?」
「何年教師やってると思ってんだよ」
先生はふふんと笑った。
どうやら全部見抜かれてるみたいだな……。
「私、自信を失ってたんですけど……先生のおかげで頑張れそうです!」
「お前が自信を失う必要なんてないよ。例えば俺たち教師だってそうだろ?嫌われることだってあるけど、わかってくれるやつも絶対にいるのさ」
「先生……!」
「さ、行くぞ」
先生は私に教材を少し持たせて教室に向かった。
放課後、学級日誌をまとめていたら外はいつの間にか陽が落ちかけていた。
「そろそろ帰らないとね」
軽く伸びをして席から立ち上がる。
教室を出ようとしてふと気づく。
「私って、いつも一人だな……」
先生に言われたことが励みになったことは確かだ。
以前の私は自分でもわかる程に厚かましい性格だったと思う。
それは決して人に迷惑をかけるようなものではなかったはずだけど……。
学級委員になってからは逆にいつの間にか人のことを気にしすぎるようになっていたみたいだ。
「はぁ…」
深くため息を吐いて帰路につくことにした。
夕陽が雲間から覗いて、キラキラと雪が輝いている。
黄昏に染まった雪はとても綺麗だ……。
「こんな景色も、誰かとみたら違うのかな……」
じんわりと視界が滲み出して、目の前がよく見えなくなった。
そのせいか、やけに大きい雪が見えたような気がした。
「あれ?なんだろ……」
それは気のせいなんかじゃなかった。
オレンジ色の丸い雪玉に何かがぶら下がっている。
目を凝らしてよく見てみるとそれは、なんとペンギンだった。
「頭が雪玉の……ペンギン?!」
私は驚いてつい叫んでしまった。
その声に気づいたのかペンギンはこちらを向く。
しまった、逃げられる……。
そう思ったのも束の間、ペンギンは私の許に歩いてきた。
「オレンジ色の頭……もしかして!」
私は警戒しつつもそのペンギンの頭を触ってみた。
案の定柔らかく掬い取れたそれを少し舐めてみる。
「これは……アイスクリームだ!」
そのペンギンは頭がアイスクリームでできていた!いや、もしかすると……。
「身体もアイスクリームだ!」
大発見をした。
まさか雪に紛れてこんな甘い生物が現れるだなんて誰が信じるだろうか。
……そうか……誰も信じなければ、私の嘘で終わってしまうのか……。
「なんか……寂しいな……」
悲しくて逆に笑ってしまった。
唇を噛み締めると涙があふれてきた。
するといつの間にか周囲に落ちてきていたペンギンたちは私に寄り添うように私の周りに集まってきた。
「君たち……心配してくれるの?」
ペンギンは私に擦り寄ったり踊ったりしている。
「優しいんだね」
ベタベタしてるけど……。
でも踊っているその子たちをみていると不思議と元気が湧いてきた。
「よーし!このくらいでへこたれてなるものかー!」
より一層気合いをいれて!
「ありがとうね!君たち!」
くるりと振り返ると、もうそのペンギンの頭はなくなっていた。
「あ……溶けちゃうんだ……」
自分に元気を与えてくれた存在が目の前で消滅してしまう……そう思うとまた涙が出そうになった。
でもそのペンギンは頭がなくなってなお踊っていた。
私に手を振ってくれた。
「……うん!頑張るよ!ありがとう!」
ペンギンたちが完全に夕陽の中に溶けてしまう前に、私は家に向かって走った。
家に帰ってから私は不思議なペンギンをみたことをお母さんに話した。
お母さんも知っていたみたいで色々と教えてくれた。
そのペンギンの名前は、メルトペンギン。
溶けちゃうけれど、とてもかわいくて優しいペンギン。