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第十四話 勇者誕生のマッチポンプ

 アレクセイと騎士の二人のやり取りを眺めていると、気付いたらアレクセイが神聖女神教に入信していた。強くなりないのなら女神様にその身を捧げ、毎日祈るのだ。そうする事で俺は民を護るための力を身につけたと、熱弁する騎士に押される形に信徒になっていた。


 答え合わせをするなら騎士の魂がそれなりのものだったから、身体強化の比率が高かっただけよ。別に信仰の有無で強くなったりはしないわ。信仰の対象である私が言うのもおかしな話だけど、強くなりたいのなら祈るのではなくて体を鍛えて武術を身につけるべきよ。騎士なんかは元から体を鍛えて剣術をみにつけている。神の祝福の恩恵を受けて強さを発揮しやすいタイプよ。

 アレクセイの場合は元は商家の子という事もあり、体は鍛えていても特別な武術を身につけている訳ではない。祈ったところで強くなんてならないわ。

 前世が同じように勇者だったなら話は違うのだけど、アレクセイの場合はフラスコこの世界に転生するに当たって最高神に勇者として選ばれた魂のようね。


 私にとって幸運な事は入信こそしても、アレクセイも真に受けてはいない事ね。空返事を返しているところを見ると強くなりたいから入信しただけで、女神に対して信仰心がある訳では無さそう。


「信徒になったからには守らなければならない事がある!」

「それはなんだい?」

「『女神五ヶ条』だ!」

「女神⋯五ヶ条?」

「そうだ!女神様が指導者様を通して我々に授けてくれた守るべき規則。我ら信徒は女神様が授けた規則を護り、信仰を捧げなければならないのだ!」


 ───『女神五ヶ条』。

 いち、『我ら信徒は女神の従順な信徒でなければならない』信徒を子として愛する女神様の愛を知り、愛を受けるのであれば我らも子として従順であるべき。


 に、『弱きを助け強きをくじけ』救われぬ者があってはならない。真の強者しんとは弱き者を救い、横暴な者を懲らしめるべきである。


 さん、『予言を信じること』女神様が子である我らにお言葉をくださる時、それは我ら子を案じてのこと。決して予言を疑わず予言を護る事を徹底すべし。


 よん、『祈りを絶やしはならない』我ら信徒の信仰心こそが女神様のお力である。我らは常に祈りを絶やしてならない。一日に一度必ず女神様にお祈りするべし。


 ご、『紙類を使ってはならない』女神様は書類が嫌いとされている。我ら子は、女神様の心を救う為に紙類の使用を禁ず。


「新たな信徒となった、アレクセイ同志も『女神五ヶ条』を厳守し他の信徒の模範となれるように頑張るように!」

「あ、はい」


 頭の痛い話ね。女神五ヶ条を考えた定命の者、バカなんじゃないの? これってもしかしてSシルビアたちが考えたのかしら? もしそうならお説教案件なのだけど。

 特に最後よ最後。確かに私は書類は嫌いだけど、なんで信徒だからって紙類の使用を禁じてるのよ!不便でしょ! 私も嫌いではあるけど使ってるわよ。

 最近はゴッドPCなんてものが普及し始めたから紙の書類は少し減ったわね。まだまだ試験段階だから重要な事柄は未だに書類だけど、近い内に移り変わるのかしら?

  あ、でも上司せんぱいが『上の連中は頭が固いからどうせ使えないのが目に見えている。従来のやり方とゴッドPCとの併用になると思うから仕事が増えるだけだ』って言ってたわね。仕事が増えるのはやーね。


 それにしても紙類を禁止した弊害が起きてるわね。『女神五ヶ条』だと言って丸めた束のようなモノを手渡されたアレクセイが目を点にしている。あれは『チクリン』と呼ばれる植物ね。成長が早く比較的軽いから紙の代わりとして使ってるみたいだけど、糸で束ねて纏めたものだとそれなりに大きいわよ?

 本当に紙禁止でいいの?信徒は納得してる? 私は嫌いでも効率を重視するから使うわよ。Sシルビアに働きかけて変えるべきね。


 ───これが後に『女紙めがみ事変』と呼ばれる騒動になるのだけど、今は関係ないお話。


 騎士と別れ、腕に丸めた『女神五ヶ条』を抱えて歩くアレクセイは何を考えいるのかしら? 心の内を覗けば入信して良かったのかと疑問に思っているようだった。貴方の考えは間違っていないわ、抜けておきなさいと言いたいところだけど…一度『神聖女神教』に入信すると抜けるまで大変そうなのよね。

 凄い引き留めにいくみたいだし。アレクセイも押されて入って後で苦労するわね。


 さて、本題といきましょう。アレクセイを勇者として覚醒させる為に準備した台座まで誘いましょう。夢の中に出てお告げをする? 予定としてはケイトの指導を優先したいところなんだけど⋯。

 決めたわ。直接、アレクセイに語りかけましょう。神からのお告げって事にすれば通じるわきっと。


『愛しい我が子。世界を救う救世主となる強き子。アレクセイ⋯私の声が聞こえていますか?』


 一応話しかけるタイミングは計ったわ。チクリンの束を抱えて道中を歩く際に話しかけるのはどうかと思って、アレクセイが家に帰り『女神五ヶ条』を机に置いてしばらくしてから話しかけた。

 頭に直接響く私の声にビクッと一瞬体が跳ねた。私は演じるのが得意だからシスと演劇した時のように声を変えている。この世界の女神って事になってる神モドキから話しかけられているとアレクセイは思うでしょう。私の存在を知るケイトもいるから出来るだけ私の影は見えない方がいい。神関連の話は全て神モドキに押し付けましょう。


「誰だ?」

『良かった。私の声が聞こえたのですね。我が子に届いて良かったと心から思います。アレクセイ⋯我が子の疑問にお答えしておきましょう。私は人の子らが神と呼ぶ存在。名を⋯⋯ミネルバと申します』


 名前を考えいなかったせいで間が空いてしまったわね。咄嗟に出た名前は私の姉の名前。ごめんなさい、使わせて貰うわ。アレクセイにしか神モドキの名前は明かさないつもりだから、フラスコこの世界の定命の者には広がらないから許して。


「分かった。王都の東だね」


 神聖女神教に対してアレクセイが疑念を抱き始めた後だった為、彼が納得してくれるまで少し時間はかかったけど予定通りに聖剣の場所へ誘導出来そうね。って!


『待ちなさい、今すぐ行くつもり?』

「はい?民を救う為に早く力を手に入れたいので」


 剣一本を持って今にでも部屋を飛び出そうとするアレクセイを見て思わず制止をかけた。想定していなかった事に口調が少しおかしくなったわね。あと声も⋯。気をつけない私。

 聖剣や台座の準備をした森は確かに王都から離れてはいないけど、今から向かえば到着する頃には夜になる。それはダメよ!危ないのもあるけど、陽の光とかをしっかり調整して創ったのに夜に行ったら台無しじゃない!

 という訳で色々と理由をつけてアレクセイを納得させ、翌日の早朝に出立する事に決まった。今すぐに向かいたいという思いをどうにか抑えてくれたみたい。


 その晩はケイトの夢の中に出て剣術についての指導を行った。定命の者が作った創作物で知識はあるって言ってたけど、てんでダメ。しっかりと叱りつけてから手取り足取りで教えることになったわね。

 密着して鼻の下を伸ばしたケイトをシバいたり、色々とあったけど物事を吸収するのは早い方ね。何度も説明しないで済むのは本当に助かったわ。これからも夢の中に出てきて指導してあげるわと残してその日の夢のやり取りは終了。本格的なものはライアーが彼の元に訪れてからね。


 ───日が登り始めた頃にアレクセイの様子を見に行くと既に王都を出て聖剣のある森へと向かっていた。いくら何でも早いわよ。目が覚めて直ぐに出たわねこの様子だと。

 事故が起こらないようにシスに命令してこの近辺のモンスターは近寄らないようにしてあるから、アレクセイに何かが起こる訳ではないけど⋯。

 待ちきれなかったのかしら? 胸に秘めているのは世界を救うという意思。根っからの勇者ね。国の事を愛している。家族の事を愛している。だからこそ救いたい。護りたい。その為に強くなりたい。体を鍛えていたのもその想いがあってね。

 それなら一緒に剣術なり武術を学べば良かったのだけど、商家の跡取り息子という事もあって時間がなかったみたい。こればかりは仕方ないわ。

 アレクセイの場合は聖剣を抜いて覚醒さえしてしまえば、私が指導しなくても強くなる。向上心が強いから自分から強くなるために動くと思うわ。


 それにしても。


「暇ねー」


 ひたすら足を進めるアレクセイを眺めている訳だけど、モンスターとの戦闘もないし本当にただ歩いているアレクセイを見ているだけ。流石に暇なのよ。とはいえ目を離した間にアレクセイが走り出しているなんて事も有り得る。

 聖剣を抜いて勇者として覚醒する瞬間は舞台を創った者として見ておきたい。暇な時間だけど我慢しましょう。


 それからしばらく時が経過し、離れた位置からだけど森が見えた瞬間にアレクセイが走り出した。私の懸念は合っていたようね。

 体力はしっかりあるらしくノンストップで森までたどり着いていた。目を離さなくて正解だったわ。いや、本当に。


 流石に少し薄暗い森の中を走る気はないらしく、周りを気にしながら慎重に足を進めている。念の為、アレクセイに『そのまま真っ直ぐよ』と道を示すことで迷わないようにする。気のせいか歩みが早くなったわね。この調子なら直ぐに到着するわね。

 先回りする形で聖剣の刺さった台座へと視点を動かす。いいわね!丁度、陽が差し込んで聖剣と泉が光輝いている。一目で聖剣だと分かるわ。


「精霊も気になるのね」


 アレクセイが近付いて来ているのを察知したらしく泉の水が盛り上がり、精霊が姿を現した。邪魔をされたくないので私の正体を明かした上で、これから世界を救う為に勇者がやってくるからその誕生を見守って欲しいと伝えた。

 少し癖のある精霊だったけど、私が神だという事を理解したら素直に応じてくれたわ。『ウンディーネも勇者に着いて行っていいかと』何度も聞いてきたのには困ったけど、それはアレクセイに聞きなさいと返しておいた。

 精霊として世界を護りたいという想いがあるようね。世界を変革して脅威を生み出したのが私だと気付かれないように注意しましょう。それから勇者の登場を待ちわびている精霊ウンディーネと共に待つ事数分、ついにアレクセイが現れた。


 アレクセイの髪の毛に蜘蛛の巣がついていたのに気付き、これでは絵にならないと神の権限を使って風を巻き起こす。突然吹き荒れた風から身を護るように顔の前で腕をクロスにしているアレクセイ。私とは違う目線で見れば聖剣を目の前にして、行く手を阻むように風が巻き起こった感じかしら? そんな狙いは全くないから、蜘蛛の巣が飛んでいったのが分かると風は止んだ。


「これが⋯聖剣!」


 自身の魂だからこそ惹かれるのでしょうね。光を浴びて黄金色に輝く聖剣の元へとアレクセイが進んでいく。その途中で泉の精霊ウンディーネに気付き立ち止まった。空気の読める精霊らしい。アレクセイに対して泉の精霊ウンディーネは気の利いた言葉を発した


「その剣は勇者にのみ抜く事が出来る。これまで何度もその剣を抜こうと訪れた者がいたが、誰も抜く事は出来なかった。其方はどうだ?この剣を抜けるか?勇者であると証明するか?」

「僕はこの剣を抜く。世界を救う為に、皆を護る為に⋯勇者となる!その為にここにきた」

「ならば抜くが良い。己こそが勇者である事を示すのだ」


 小さく頷いた後にアレクセイが聖剣の前まで進み、立ち止まる。緊張しているのか何度か深呼吸を繰り返しているわね。安心しなさい、そんなに気にしなくてもその剣は抜けるわ。

 貴方の魂を加工して創ってあるの。貴方以外に抜く事は出来ないし、そもそも抜こうとした者は貴方以外にいないわ。だからそんなに緊張しないで一思いに聖剣を抜きなさい。

 私の想いが通じたのか台座に刺さっている聖剣のグリップをアレクセイが握った。それで、どうしてそこで固まるの?


 いや、違うわ。聖剣に触れた事で魂がアレクセイの元へ返っていったのね。欠けていたピースが埋まり、身体中から力が溢れていく感覚に何が起こったか分からず戸惑っているみたい。

 安心させるようにアレクセイの脳内に『今の貴方なら抜けるわ。勇者としてこの世界を救って』と言葉を送る。カッと目を開いたアレクセイが聖剣を抜いた。


「今ここに、勇者が誕生した」


 感動したように泉の精霊ウンディーネが言葉を漏らしていたけど、私からすると最初から勇者として覚醒する事は分かっていたから特に興奮はない。ただ、思ったより絵になったマッチポンプだったわねと感想が浮かんだくらいね。

 何はともあれこれで貴方は勇者となったのよアレクセイ。私が英雄として育てているケイトに良き影響を及ぼしてね。


「期待しているわよ、勇者様」 

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