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第十三話 勇者

 フラスコは元々、争いとは無縁の世界だった。種族を一つに絞った事で価値観の違いによる戦いが起きなかったのが大きいわね。

 いい具合に国と国同士のパワーバランスが均衡していたのも良かったわ。その結果フラスコは私が管理する世界で最も平和な世界になっていた。その弊害として彼の出番を奪ってしまった訳ね。


 ───勇者。


 救世の英雄として扱われる事が多い存在だけど、神からは百点満点の魂の持ち主を指す称号としても使われている。定命の者の中で最も魂が成長しやすい個体と言えば、分かるかしら?

 勇者は読んで字の通り勇気ある者。魂の成長に最も必要な勇気を兼ね備えている事で他の定命の者よりも魂の成長が早く、誰もよりも強い心を持っているのが特徴ね。

 勇者と呼ばれる存在はどんな困難が立ち塞がっても決して折れない。常人なら挫けてしまいそうな状況でも立ち向かう。だから限界を超える事が出来る。魂が成長する。


 神目線で言えば大当たりの個体よね。勇者が世界に何人もいれば簡単に英雄を量産できる。なんて甘い話はないのだけど。最高神が定めた規則ルールのせいで一つの世界に勇者は一人しか存在できない。これも過去の過ちのせいで出来た規則みたいね。詳細は知らないけど、昔のお偉いさんが勇者の魂を集めて英雄だらけの世界を創った。そのお偉いさんの目論見通りにその世界から供給される『マナ』の量は膨大な量に増えた。他の神とは比較できないほどだったそうよ。


 そこで終われば規則なんて出来なかった。とても大事な事柄をそのお偉いさんは見落としていた。そう、勇者はね───平和な世界では無用の存在だということを。

 モンスターや魔王といった世界の敵がいるからこそ勇者の存在は輝く。定命の者も勇者の存在に希望を見出す。けど、世界の敵がいなくなればどうなるかしら? モンスターや魔王を倒す強大な力を持つ勇者という存在を、定命の者はどう思うかしら?


 ───危険な存在だと認識しない?


 それが答えよね。勇者と違って定命の者の多くは臆病なのよ。死ぬことを恐れる。自身の生存を脅かす脅威を排除しようと動く。

 世界の敵を倒した後の結果は様々だけど、勇者の最後は悲惨なものが多かったわ。世界の脅威として殺されたり、自身が殺されない為に戦った結果魔王として扱われたり、その力に目をつけた国に軍事兵器として扱われたり、勇者を倒す為に英雄が現れたり、勇者と呼ばれる存在は争いの世界にしか存在できない。


 悲しい話だけど平和な世界に勇者の居場所はないのよ。これに限った話でいえば、勇者だけでなく英雄と呼ばれる存在もそうなのだけど⋯。

 せっかく育てた魂が平和な世界で排除されるのを神としては見過ごせない。なら、どうするか? 答えは簡単ね。英雄や勇者の存在が必要な状況を作り続ける。


 フラスコこの世界の場合だとシスが倒されれば終わりとはならないようにする。諸悪の根源である魔王を倒せば全てが解決すると定命の者は思っているけど、モンスターはシスが生み出した存在ではないからシスが死んでも存在し続ける。つまり、世界の脅威として残り続ける。勇者や英雄が必要とされる状況になる。

 難しいのは勇者や英雄が育ち過ぎた状態。並のモンスターでは簡単に倒されてしまうのよね。勇者や英雄と戦えるレベルのモンスターを生み出すとなると必要となる『マナ』も多い。

 英雄の魂から獲得出来る『マナ』を得る為に『マナ』を使う。正に本末転倒ね。そうならないように調整するのが難しいの。


 お偉いさんの場合は勇者を複数抱えてしまった事で、創ったモンスターがあっさりと倒されてしまう状況になってしまった。魔王のような存在を創っても勇者や英雄が束になってかかってくるとどうしようなかった訳ね。

 最終的には世界の『マナ』が枯渇して世界が壊れちゃったのよね。勇者は世界に一人という規則を作ったのは同じ過ちを犯す愚か者が現れないようにする為と、神が管理がしやすい状況を作るため。


 他にも勇者や英雄が世界にとって必要な状況を生み出す事は出来るから、私は不用意にモンスターを生み出す気はないわ。神に対する信仰心が強い世界ならいくらでもやりようはあるしね。

 平和な世界と違って『マナ』の供給量は増えるけど、管理が本当に大変よね。魂を育てるのも大変だし、常に英雄や勇者が必要とされる状況を維持しなければならないし、彼らが所謂闇堕ちしないように注意もしなければならない。英雄レベルが世界の敵になると被害がとんでもない事になるわ。それでも見返りが大きいから挑戦する神は多い。


「名前はアレクセイって言うのね。勇者に相応しいいい名前だわ」


 彼はこの世界に送られた時点で勇者の魂の持ち主だった。けど、私が世界を変革する前のフラスコはびっくりするくらい平和な世界だった。先も言ったけど、平和な世界に勇者は無用の長物。

 だからあらかじめ魂に細工をしておいたのよね。勇者としてではなく一般人として生活できるように弱体化させていた。その上で魂の一部を封印したの。今の彼は魂のピースが足りていない状態。だから勇者としての本来の力を出せていない。


「そして、封印した魂の一部はここにある」


 私の掌の上で黄金に輝く魂は勇者に相応しい輝きを放っている。そのまま魂を返してもいいけど、勇者として覚醒するのならよりドラマティックな方がいいわよね?


「勇者と言えば聖剣よね」


 神の権限を発動し彼の魂を加工する。掌の上で浮遊していた黄金色の魂はゆっくりと形を変えて一本の剣に変化していく。

 彼の魂を加工して生み出した剣はその魂の持ち主であるアレクセイにしか扱えない。そして、この剣を手にした時アレクセイの欠けていたピースが埋まり彼は勇者として本来の力を手にする事になる。せっかくだし剣も勇者仕様にしておきましょう。


「名を与えることでこの剣は真価を発揮するわ。あなたの名前は『聖剣フラガラッハ』」


 与えた名前に満足するように聖剣フラガラッハが黄金色に輝く。所有する能力は聖剣にして随分と物騒なものね。癒えない傷を与え、投擲すれば敵に当たった後に持ち主の元に返って来る。殺意の塊みたいな能力じゃない?

 元々は彼の魂だから手にするだけで聖剣フラガラッハの能力は分かるでしょうけど、念の為説明はしておくべきね。万が一があるかも知れないもの。


 一先ず聖剣は完成ね。後は彼にこの剣を抜いて貰うだけ。その舞台を作りましょう!彼の生活する王都から東に行ったところに丁度いい森がある。


「此処なんていいんじゃない?」


 森を探索していると中心部付近に小さな泉がポツンと存在していた。泉を避けるようにその周辺だけ木々が生えていない。

 ここしかないわね。陽の光が当たる位置を確認して聖剣を刺す台座を作りましょう。えーと、アレクセイはあっちの方角から歩いてくると思うから、できるだけ正面に聖剣が見える方がいいわね。なおかつ陽の光が差し込んで神聖なモノとして映るように調整。邪魔な木を消せばいい感じに陽が差し込むわ!


「完璧ね!⋯⋯ん?」


 あ、今気付けて良かったわね。背景の一つとしている泉がよく見ると濁っている箇所があった。これはダメよ。美しくないわ。

 神の権限を使い泉の水を浄化する。するとあら不思議、透き通るような透明な水に変化したわ。陽の光を反射してキラキラと光る泉は幻想的ね。水が盛り上がって、人型になっても綺麗って思えるくらいの素晴らしい水質⋯。




 ───『泉の精霊』が誕生しているわね。




 浄化する時に『マナ』を注ぎ過ぎたのが原因ね。精霊は言ってしまえば意志を持った自然。定命の者と違って魂を持たない存在であり、その体を構成するものは『マナ』そのもの。生死の概念はなく、それぞれが司る性質を守護する為に世界が生み出した存在。

 世界が生み出すセキュリティの一種なのだけど、今回は私が『マナ』を注ぎすぎたのが原因でこの泉を護る為に精霊が誕生したみたい。世界的に見たら影響はないから放っておきましょう。


 場面を再びアレクセイの元へと移す。場所が変わっているわね。ここは王都の外? よく見れば騎士がモンスターと戦っているのが分かる。喧騒も聞こえるわね。なるほど、モンスターが王都を襲撃したのね。それで騎士が防衛している、と。それでアレクセイはどこにいるの?

 アレクセイを指定して場面を変えたから私が見ているところに彼はいる筈なんだけど⋯。


「見つけたわ」


 アレクセイは直ぐに見つかった。彼は騎士に交ざってモンスターと戦っていた。動きは悪くないけど、魂に細工をしていたせいで他の定命の者と違って神の祝福の恩恵が少なかったのね。身体能力が明らかに劣っている。あれではモンスターに勝てないわ。


「あっ!」


 アレクセイの戦いを見守っていると、彼が使っていた剣がモンスターに弾き飛ばされた。無防備になった彼にモンスターが迫る。流石にマズいと思ってモンスターを操作しようとしたところで、騎士の一人がアレクセイとモンスターの間に入り、彼を救った。


 アレクセイを救った騎士もなかなかやるわね。見たところ魂の質も悪くないわ。モンスターと戦えるだけの強さは持っているみたい。

 それにこの場にいる騎士は一人ではないから、私が助けなくても大丈夫そうね。予想通りに、しばらくして戦闘は無事終わった。襲撃を行ったモンスターが少なかったのもあるけど、騎士の対処が良かったわね。

 一匹のモンスターに対して騎士は三人から四人で対応していた。一体一ではモンスターに敵わない事をしっかりと認識しているみたいで安心したわね。気になる点は騎士によって危機を救われたアレクセイが戦いの様子を放心したように眺めていた点。


「あら?」


 アレクセイの心の内を読んでいると彼を助けた騎士が近寄ってきたのが見えた。会話の内容は『怪我はないか?』とか『戦いは我々騎士に任せておきなさい』とかありきたりなものね。けど、その言葉が余計にアレクセイに刺さっているように見えたわ。

 アレクセイは勇者として国民を護る為に戦いたかったの。そう、彼は勇気ある者。モンスターという脅威を前にしても彼は戦える人間だった。けど、彼は弱かった。まだ勇者として覚醒する前のアレクセイではモンスターの相手は早かった。

 戦いにもならなかった結果にアレクセイは落ち込んでいたわけね。大丈夫よ、貴方は聖剣を抜けば直ぐに本来の力を取り戻す。勇者として戦えるわ。


 アレクセイを聖剣の元に導いてあげようと思っていると、騎士が真剣な表情で彼に向けて尋ねた。


「強くなりたいか!」

「⋯⋯強くなりたい」

「ならば!『神聖女神教』に入信しろ!私は女神様にこの身を捧げた事で強くなったのだ!」




 ───邪魔ね、あの騎士。

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