「コケーーーーッ!!!」
耳に響いたのは聞き覚えのある動物の声。なんで⋯このタイミングで?⋯お前かよ? そんな疑問が浮かび上がっては消えている最中にも、ドゴッという鈍い打撃音が響き、背中に感じた重みがなくなっていた。
「何が⋯」
状況についていけず困惑している俺の耳に変わらず打撃音が入ってくる。変化があったとすればそこにモンスターの叫び声が加わったくらいだろうか?悲鳴のようにも聞こえるモンスターの声。助かった? そんな安心感を感じながら体に力を入れて起き上がればとんでもない光景が目に映る。
───お前が死ぬまで殴るのを止めない!
そんな強い意志を感じる拳?羽の連打でモンスターを殴るニワトリの姿がそこにはあった。見覚えのある家畜の姿だ。俺の記憶違いでなければそこにいるのは俺の能力の練習相手にして、ライバル的存在のニワトリ!
「ロドフィン!」
俺の声に合わせるように振り下ろされた羽がモンスターの頭を強く撃ち抜き、体がビクッと跳ねたのを最後にモンスターは動かなくなった。素人の俺から見ても分かる、ロドフィンが勝ったのだ。俺が全く対処出来なかったモンスターを相手にただのニワトリであるロドフィンが⋯。
シャウトバードと呼ばれているからやはりニワトリとは違うのか? それだけ強いのか? いや、他のシャウトバードはこんなに強くない。普通の家畜だ。明らかにコイツだけが可笑しい。
「コケーーーーッ!!!」
モンスターの上で鳴き声を上げる姿は勝利の雄叫びを上げているようにも見えた。ロドフィンに助けられた⋯助かったという安堵感と同時に何も出来なかった無力感が押し寄せてくる。俺は家畜以下か? 主人公ではないのは自覚した。それはいい。俺は転生者であるのにも関わらず⋯何も出来なかった。能力があっても俺はどこまでも凡人の域を出れないのか?
モンスター一匹倒せない⋯何処にでもいる村人の一人にすぎないのか? 現実を受け入れられない。受け入れてしまえば楽になるのは分かってる。けど、自分が前世と何一つ変わっていないと言われている気がして、自分は出来るって言いたくて、どうしても素直に受け入れられない。
「ちくしょう⋯」
憧れとのギャップが心にずしりとのしかかってくる。
「コケッ!」
目の前が真っ暗になっていくような錯覚さえ感じた。そんな俺の元にロドフィンが近寄ってきた。羽を広げて短く鳴く姿が俺を励ましているようにも見える。気のせいでなければ、いつものように怒っているような声ではない。どこか優しい⋯頑張れって言っているような、そんな声だ。
「俺に頑張れって言ってるのか?」
「コケッ!!!」
───殴られた。
本当に意味が分からない。なんで殴られたんだ? 手加減しているのか、いつものやり取りの時よりは痛くはなかった。
「コケッーーー!!」
『戦い方がなっていない!そんなへっぴり腰では剣を振るっても敵を倒す事は出来ん!』
は? 頭が可笑しくなってしまったのだろうか?ロドフィンの鳴き声と重なるように女性のような声が聞こえた。可愛らしい声に反して言葉が強く、棘でもあるのか思ってしまう程深く突き刺さってきた。
そんなにへっぴり腰だったか? 構えは様になっていたと思うが⋯。というより、今の声は本当にロドフィンか? 疑惑の眼差しを向けたのが気に食わなかったのか『コケぇーー!!』とロドフィンが声を上げた。
重なる形で『そんな目でオレを見るな小僧!』と聞こえ、幻聴ではなくこれがロドフィンの声である事を理解した。何故? 急にどうして?疑問は尽きないがどうやら俺はロドフィンの言葉が分かるようだ。
「⋯⋯なんというか色々と言いたい事はあるが、助けてくれてありがとう」
「コケッーーーー!!!」
『戦い方を知らない癖に無謀な戦いを挑むな小僧!戦うのであればオレを伴っていけ!』
「そうだな⋯次からはそうさせて貰うよ」
「コケッ?」
『小僧⋯オレの言葉が分かるのか?』
「なんでか知らないけどな」
ロドフィンの珍しく驚いている。ニワトリの癖に表情豊かだな。
「コケッ!」
『小僧と話したい事は山ほどあるが、一先ず村に戻るぞ』
「モンスターの死体は持って帰った方がいいか?」
「コケッ!コケッー!」
『素材は武器か装備に使えるだろうから持ち帰れ。村までの道中はオレが護衛してやる。無防備になるが気にせず帰れ』
「助かるよ」
ロドフィンの指示に従って既に事切れているモンスターの死骸を肩に担いで村へと帰路に着く。正直に言えば想像よりもモンスターの死骸が重かったので、休憩を挟みたい気持ちに何度かなった。その度にロドフィンに『休むな!』と叫ばれ、泣きそうなったな。
護衛についてくれているロドフィンの存在もあり、死骸が重たい事以外は何も問題なく村に帰ってこれた。
その後の事を話すのなら、一人でモンスターと戦った事を父さんや村の大人たちに怒られ、ロドフィンがモンスターを倒した事を話せば『流石はロドフィンだな』と皆が感心していた。
可笑しいだろ!俺よりもロドフィンに対する信頼が厚いことに文句の一つでも言いたい気持ちになったが、残念ながら世の中は結果が全てだ。
モンスターに何も出来なかった俺と、撲殺したロドフィンでは説得力が違う。それに俺が自分の強さを過信していたのは確かだ。そのせいで⋯死にかけた。素直に大人たちのお叱りの声を聞き入れ、その日はモンスターとの戦いで傷を負っていたのもあって家に帰って休む事にした。
道中で出会したソフィアには泣かれるし、姉さんや母さんも泣かしてしまったので自分がした過ちを嫌という程実感した。一人で戦うべきではなかった。俺一人で勝てるような相手ではなかった。
自分に過信して無茶をして、死にかけて、家族を心配させるという最低な事をしてしまった。家族なソフィアが泣いている姿を見て改めて実感した。
俺は弱い。
転生特典の能力を持っている特別な存在だと思い込んでいただけで、主人公には程遠い凡人だ。ロドフィンにも帰りの道中に言われたな、妄想だけでは強くはなれない。強くなりたいのであれば努力しろと。この時に備えて努力をしてきたつもりだったんだがな⋯。
ロドフィンに言わせれば俺の努力はないに等しいものだったらしい。厳しい⋯いや、俺が自分に甘すぎるのか。しっかりと努力していれば俺はモンスターに勝てただろうか?
脳裏に対峙したモンスターの姿が浮かび上がる。能力を駆使して簡単に倒せる予定だった。けど、実際は俺が思っていた展開と違った。モンスターの素早い動きについていけず、能力の使い方もよくなかった。あれでは勝てるものも勝てない。
「強くなろう。強く⋯なりたい」
俺は凡人だ。それでも特別な存在になりたい。主人公のようになりたいという想いを抑えられない。なら、強くなろう。
主人公や
凡人である事は身に染みて分かった。なら、凡人の壁を超えればいいだけだ!強くなるために努力しよう!
「ロドフィンに師事するべきか」
ニワトリの弟子になるのは抵抗があるが、この村で一番強いのはロドフィンだ。それに何故だが知らないが言葉が分かるようになった。
教えを乞う事も可能な筈だ。明日、起きたらロドフィンの元に行って弟子にして貰おう。強くなる為ならニワトリにだって頭を下げてやる!
───そして翌朝、まだ傷の痛む体でロドフィンの寝床に顔を出せば気持ち良さそうに寝ている姿が目に入った。これがモンスターを一方的にぶちのめしていた強者の姿だというのだから笑えない。こうして見るとただの家畜なんだけどな⋯。
「ロドフィン⋯起きてくれ」
反応がない。こちらの言葉を無視するように眠りについている。声のトーンを上げてもう一度口にしようとした時にカッ!っと目を開きロドフィンが飛び起きた。その事にビクッとなったのは内緒だ。
何かを警戒するようなロドフィンの姿に、妙な胸騒ぎがした。俺に対する警戒ではない。なら、何に対して?
その答え合わせは数秒後に起きた。
見ている光景が突然変わった。デジャブだな⋯コレで二度目だ。やはり視界に映ったのは見覚えのない平原だ。巨大な扉は何度見ても禍々しく、とてつもない威圧感を放っている。
「我の声が聞こえているか、か弱き者たちよ」
おぞましい声が耳に入り、視線は自然とその声の方へと向く。巨大な扉の直ぐ近くで宙に浮く黒竜の姿がある。
前回と違い恐怖が薄れているせいか、黒竜の見た目が男心をくすぐるのかカッコイイと思えた。胸の前で腕を組み威厳の溢れるポーズを取っているところを見ると、黒竜もそういうのを意識するのだろうかと場違いな事を考えてしまった。
「その目で見、そしてその身で直に体験して味わったからこそ理解したであろう!我らが住む魔界と表の住人との力の差を!」
確かにモンスターは俺の予想を超える化け物だった。今のままではリベンジしても勝てないだろう。
「故に我に従え!か弱き者共では我らに勝てない事は身を持って知ったであろう!
魔物を引かせたのは実に単純⋯我がこの世界を支配した時の労働力を減らしたくなかっただけだ、その意味を違うてくれるな」
絶対的強者の言葉だ。体の細胞全てが黒竜に逆らうなと訴えかけているようだ。それだけ⋯俺と黒竜の間には力の差があるのだろう。今のままでは天地がひっくり返っても勝てない。
「もし、表の世界にまだ我らに勝てると思う愚者がいるのならば、この一撃をもって目覚めると良い。妄想という名のくだらぬ夢からな!」
翼を大きく羽ばたかせ黒竜が空高く舞い上がった。何をする気だ?
その疑問に答えるように黒竜が、鋭い牙の生え揃う大きな口ををゆっくりと開く。口の中に黒い粒子のようなものが集まっていく。アニメや漫画を見てきた俺には分かる。
実際にその場に立ち会えば裸足で逃げ出すに違いないシーンではあるが、黒竜がビームを放とうとしている姿に期待感を抱く自分がいる。
が、期待は裏切られた。黒竜が放ったのはビームではなかった。口に貯めた唾を吐くような、簡素な動きから放たれたのは5メートル程の球体。この時点で失望を隠せなかった。今の流れはビームを放つ流れだろう!なんでその巨体に見合わない小さな球体を放つんだと!
期待を裏切られた事で怒りが込み上げてきたが、黒竜の放った球体によって平原に立つ巨大な扉よりも更に大きい山脈が、鼓膜を刺激する爆発音と共に跡形もなく消滅するという馬鹿げた光景にスンッと正気に戻った。
───化け物だ。
大魔王を名乗る黒竜の強さを見せ付けられた。勝てないだろ⋯レベルが違いすぎる気がする。昨日戦ったモンスターが虫ケラに見えるレベルだぞ? そんな虫ケラより弱い俺ってなんだ?ゴミ?
「理解したか、か弱き者どもよ。我にかかれば世界を更地にするのは容易い事よ。あの山脈のように消滅したくなければ我の支配を受け入れよ」
あんな光景を見たら誰だって黒竜の支配を受け入れるに決まっている。勝てる訳がないんだ、あんな化け物に。
強くなろうと昨晩誓ったが、流石にアレに勝てると思うほどバカではない。世界は黒竜によって支配されるだろう。 あるいは勇者と呼ばれる存在が現れて救われる。そんな展開か?
今後の事を考えていると、空から風を切り裂きながら白銀の槍が黒竜目掛けて飛来してきた。
「何者だ!?」
紙一重で空から飛来した槍を躱した黒竜が空を見て吠えたが、それより槍の威力にびっくりした。とてつもない爆発音と共に地面に突き刺さった槍が巨大なクレーターを作っている。空から隕石が落ちてきてもあんな巨大なクレーターは出来ないだろう。
それにしてもデカイ槍だ。黒竜を殺す気満々じゃないか⋯。黒竜を串刺しに出来そうな巨大なサイズの槍が白い光と共に消えていく不思議な光景が目に映るが、それよりもインパクトのあるものが黒竜の睨む先ではなく、扉の近くに神々しい光と共に現れた。
『ワタシはこの世界を守護するもの。これ以上、ワタシの愛しき子供たちを傷付ける事は許しません』
───あまりに美しい声だった。
そしてあまりにエッチな姿だった。
薄い生地のドレス一枚という男の欲を刺激するあまりに叡智な服装の女性が突如として現れた。人ではない。その美しさもそうだが、黒竜に匹敵する大きさが人外である事を物語っている。
「世界を守護するものか⋯ククク、クハハハハ!随分と遅い登場だな!神ともあろう存在が我を前にして臆したか」
『偽りは述べません。あなたの力は神であるワタシを超えています。その力に臆したのもまた事実。ですが⋯ワタシは神として我が子供たちを見捨てる事は出来ません』
「ならば我を止めてみるがいい!表も裏も天も地も!この世の全てを我が支配する! か弱き者、我が同胞たち、そして神である貴様もまた支配してやろう!」
『支配などさせません。ワタシの全てを賭してあなたを倒します!』
───会話より神の服装が気になって集中出来ない。流石に叡智すぎないかこの神さま。