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STORY2.凡人

 見ている光景が唐突に変わった。好きなドラマを見ていたら横から親がテレビのチャンネルを変えたように俺が見ていたモノが一変した。不思議な事にどれだけ意識して首を動かそうとしても動かず、視点も動かない。視界に映る光景が固定されているのか?

 近くにいた筈のソフィアの声も聞こえない。この異常事態が俺の中の第六感を刺激し答えへと導く。きたんだな⋯ミラベルが言っていた世界の変革の時が。


 ───雲一つなかった空に不自然な風が舞い、黒い雷雲が立ち込める。どこかの平原だろうか? 残念ながら記憶にない。俺が住んでいる場所が田舎なのもあるが⋯。

 最初に響いた音は雷の音でも、風の音でもない。何かが割れるように高い音。

 パリィンっと何もなかった空間が割れた。まるでガラスか何かが割れるように空間にヒビが入る光景はあまりに非現実すぎた。だが、他の人に比べればインパクトは少なかっただろう。前世の知識でそういうシーン見たことがあったからな。だが、空間を割って現れた正体は流石に俺からしても想定外。


「グオオオオォォォォォ!!!」


 ───巨大な黒竜だ。


 姿形は西洋竜に近いか? 禍々しささえ感じる漆黒の鱗に覆われた巨大な身体、それが⋯あまりにデカイ。デカすぎてどれだけ大きいか、分からないくらいだ。実は小さいとか⋯そういうパターンもあるだろうか? それすらも判断出来ない。

 空中で静止し、腕を組む姿からは威厳と共に知性を感じ取れた。俺を見ている訳ではない。それなのにこちらに向けられた琥珀色の眼と目が合った時、心臓を鷲掴みにされたと錯覚するような恐怖が込み上げてきた。


「我の声が聞こえるか弱き者どもよ!我の名は大魔王シス・テムエープラス!この世界の裏側の支配者にして魔を統べる王である!」


 声を聞くだけで身体が震える。こんなおぞましい声を聞いたのは初めてだった。ゲームやアニメで魔王や悪役の凄んだ声を聞いた事もある。悪役の言葉に鳥肌が立った事もある。けど、恐怖を感じた事などなかった。

 当然と言えば当然か。俺が見ていたものは所詮、フィクションでありゲームやアニメの主人公やキャラクターへと向けられたもの。決して俺に向けれらたものではない。だからこそプレイヤーとして、傍観者として楽しめた。当人になって初めて⋯俺の考えが甘かったと思い知らされた。


「表に生きるか弱き者よ!光栄に思うが良い!この地は今この時より我ら魔族が支配する!」


 天に向かって大魔王と名乗る黒竜が咆哮を上げた。それだけで歯が震える程の恐怖を感じるというのに、目の前で起きる現象は俺たちを恐怖のどん底に陥れるような残酷な光景だった。

 デカイと感じた黒竜ですら、小さく見えてしまう巨大な扉が地面からゆっくりと生えてくる。直感があの扉が危険なモノだと訴えかけている。同時にミラベルの言葉が脳裏に過る。


 ───魔界の扉が開き、世界が変わる。


「表と裏を隔離していた神の結界は我の力の前に砕け散った!か弱き者を護るものは既に存在しない!我が下僕たちよ!魔の扉を開いた!欲望のままに表の世界を侵略しろ!!」


 巨大な扉が大きな音を立てながらゆっくりと開いていく。その先に見えるのは果ての見えない漆黒の闇。


「クハハハハハハハ!!!」


 黒竜の⋯大魔王のおぞましい声が響く中、漆黒の闇を掻き分けるようにモンスターたちが姿を現した。それはファンタジー作品でよく見かける姿形をしていて、どれも馴染み深いモンスターたちなのに⋯、実際にこの目で見るとただただ恐怖が込み上げてきた。

 こんなに違うのか? 画面越しと実際にこの目で見るのとでは⋯。まさかにモンスターの大群、魔の進撃。何万というモンスターの群れが扉を超えて平原を埋め尽くすように姿を現した。背筋が凍るような光景だ。


 そこでプツリと電源が落ちるように、場面が変わった。いや、視界が元に戻ったと言うのが正解か? 家へと向かう道中の道、少し先に怯えた表情で体を震わせるソフィアの姿がある。

 彼女の姿を目撃してなければ俺も同じように震えていただろう。ソフィアの前では格好をつけていたいという男の意地で体の震えを止めて、ソフィアに声をかける。


「ソフィア」

「ケイト⋯今のは夢⋯よね?」

「いや、現実だと思う」


 夢だよと言ってあげればソフィアの恐怖を払う事は出来るだろう。けど、それは残酷な嘘だ。俺たちが見た光景はきっと夢なんかではなく、平和が壊れる瞬間だ。

 あの平原が何処かは田舎者の俺には分からない。けど、この世界の何処かなのは間違いない。


「正直に言うと俺にもよく分かっていない。けど、何年か前にきた仮面の女性を覚えているか?」

「う、うん」

「その人が言っていた神のお告げと状況が酷似していると思うんだ」

「大きな災いがやってきたって事?」

「そうだと思う。流石にあんな化け物がくるとは思ってなかったけどな⋯。とりあえず大人の人たちと合流しよう」

「うん」


 怖がっているソフィアを伴って村の広場へと向かえば大人たちが集まっているのが見えた。表情から皆が恐怖や戸惑いを感じているのが分かる。そうだよな⋯ミラベルから教えられていた俺とは違い、あの仮面の女のお告げを信じていない限りは、あまりに突然な出来事だった。

 見たこともない化け物が突然現れ、平穏な日常が崩壊するなんて誰が想像出来る?


「父さん⋯」

「ケイトか。それにソフィアちゃんも一緒か」

「父さんたちも見たんだよな」

「あぁ。村の全員が見ていた。夢や幻ではないだろう。あんな化け物が本当に実在しているんだな」


 父さんの声も少し震えているように思えた。息子である俺の手前気丈に振舞ってはいるが、あの化け物たちの大群を見れば嫌でも恐怖を感じるだろう。それは父さんだけじゃない、この場にいる皆がそうだ。恐怖に震える大人たちを見れば分かる⋯誰もあのモンスター達と戦う意志を持っていない。


「それで、どうするんだ?」


 あの黒竜の狙いはこの世界そのものだ。世界を支配すると豪語していた。モンスターたちはその手足となってこの世界を襲うだろう。辺境の村である俺たちの元にもいずれモンスターはやって来る。その時、俺たちはどうするのか?

 戦うのか⋯それとも逃げるのか。俺は既に覚悟は出来ている。けど、この村の皆は違う。戦う覚悟は出来ていない、問いかけた言葉に返事がないのが何よりの証拠だろう。


「俺は戦うよ。何もしなければ殺されて死ぬだけだ。ソフィアや父さんを守る為にも俺は戦う」

「ケイト⋯」

「俺はずっと準備してきたからさ、俺に任せてくれ」


 この日に備えて身体をずっと鍛えてきた。能力の熟練度をあげる為に毎日のように能力を使い、己の手足のように自然と使えるようになった。モンスターが相手だろうと俺なら戦える。

 恐怖を打ち消すように今まで俺がやってきた努力が、自信となり俺を奮い立たせる。ギュと拳を握り、俺に任せてくれと胸をポンと叩くと父さんを始めに大人たちの顔色が変わっていく。


「⋯⋯相手は化け物だ。だが、ケイトが言うように何もしないで殺されるのは俺たちらしくない。もし、モンスターが襲ってきたのなら戦おう!」

「そうだ!⋯⋯オラの家族を傷つけさせやしない!農具を手に戦ってやるっぺよ!」

「武器になりそうな物はあったか?」

「弓なら狩りで使うから幾つかあるが⋯、剣はあっても一本だけだな。使えそうな道具があるか一度確認しよう」


 先程まで恐怖に震えていた彼らはどこにいったのか、モンスターに備える為に皆が動き出そうとしている。呆気に取られている俺の肩を父さんがポンポンと軽く叩いた。


「皆、ケイトだけに無理はさせられないと覚悟を決めたようだ。家族や村の仲間を守りたい気持ちはみんな同じだからな」

「相手は化け物たちだ。死ぬかも知れないぞ?」

「そんな化け物相手でもケイトは戦うつもりだろう? 息子一人に戦わせるような薄情な父親ではないさ。俺も戦う。村の皆も一緒だ」


 いや。無理だろう? 転生特典を持つ俺とは違って父さんや村の大人たちは一般人だ。体つきは俺よりもゴツイかも知れないけど、モンスター相手に戦えるとは思えない。

 父さんの言葉に盛り上がっている大人たちに水を差すような言葉は言い難いけど⋯、それは事実だろう。


「そうだ!ケイトも大人の仲間入りを果たしたがまだまだ俺たちに比べればガキだ!ガキに任せて俺たちが逃げる訳にはいかねー!」

「全員で協力して村の脅威を跳ね除ければいい。今までもそうしてきた!」

「必ず村を守るぞ!」

「おう!!!」


 冷静に現実を見据える俺とは裏腹に、村を守るぞ!とヒートアップしていく大人たち。俺とソフィアの二人を置き去りにして、父さんたちは道具を確認しようとか、避難場所を決めよう等と話し合いをしながら離れていく。

 明らかに熱に浮かされている。どう考えても平凡な村人が勝てる相手ではないだろう⋯。今まで相手にしてきた獣とは違うんだぞ?

 俺と同じように現実をしっかりと受け止めているソフィアが不安そうに俺に声をかけてきた。


「ケイトは⋯あの化け物を相手に戦うの?」

「戦わないと死ぬだけだ」

「逃げる事も出来るよ」

「逃げられない場合はどうするんだ?諦めるのか?俺はそんなのはごめんだ。諦めない為に⋯ソフィアや村のみんなを守る為に戦うさ」

「無理だけはしないでね」

「俺なら大丈夫だ!任せてくれ」


 決まった。こういうシュチュエーションを何度か妄想してきたからな、吃る事も考える事もなくスムーズに言えた。俺の言葉にソフィアの顔色が明るくなったところを見るに、パーフェクトコミュニケーションだったと判断していいだろう。転生者らしい行動が出来てるんじゃないか?

 ソフィアを守る為にも気合い入れるか!俺はずっとこの時に備えて準備してきた。主人公としてこの村を守ってみせる。






 ───二日後の昼過ぎ、周囲に異変が起きていないか村の周辺を見回っている時にソレを発見した。

 パッと見の外見はオオカミ。ただ俺が前世で見たオオカミに比べれば体格が一回り大きい上に、尻尾が刃のように鋭利に尖っていた。頭に生えた一角獣のような角がただのオオカミではなく、モンスターである事を物語っているようだった。


 タイミングが悪い事に先程、一緒に見回りをしていた父さんを村へ送った後だ。明らかに体調を崩していたからな。ただの腹痛らしいけど、そんな体調でモンスターの相手は無理に決まっている。一人になる俺の事を心配していたけど、これまでも一人で周辺のパトロールを行ってきた。それもあって大丈夫だと押し切った後に出会すとは⋯。

 逃げるのは無理か。今、目が合ってしまった。相手も俺の事を補足したらしくジリジリと距離を詰めてきている。


「やるしかないか」


 あの日、この目で見た黒竜に比べれば目の前のオオカミのようなモンスターは可愛く見える。それに体は震えていない。初めての出会うモンスターが相手だと言うのに恐怖を感じていないようだ。

 戦う覚悟が出来ているおかげだな。腰に差していた剣を抜くとモンスターの足が止まる。村に唯一残っていたロングソードだ。俺も剣は使った事はなかったけど、他に使い手がいない事もあり俺の手に渡ってきた。


 剣を使うのは始めてだが、アニメや漫画を見てきた事で使い方はイメージ出来る。剣を渡された時から素振り等はしっかりこなしてきたから、剣に振り回される事もない。重さや感覚にも慣れている。始めての実戦にはなるが、能力を使えば十分に使いこなせるはずだ。


「こい!!」


 剣を構えてモンスターに叫ぶと、それが戦いの引き金となったのかモンスターが地面を強く蹴り一直線に飛びかかってきた。動きは単調だ。簡単に躱せる。


「はっ?」


 気が付いたら目の前まで迫っていた。慌てて転がる形で回避する。思っていた以上に早い。あの距離をあんな一瞬で詰めてくるのか!?

 直ぐにモンスターに備えようと転がった体勢から体を起こし、剣を構える。視界の端でこちらに向かって振り下ろされる前足が映り、無意識のうちに時を止めていた。

 猶予は一秒。考えるよりも早く体は動き、振り下ろされる前足を躱すように転がっていた。直ぐに止まっていた時は動き出したが、上手く躱せたようだ。


「よしっ」


 次はこちらが攻勢に移ろうと立ち上がろうとした瞬間に強い衝撃が走り、俺の意思とは裏腹にうつ伏せに地面に倒れていた。痛みより先に背中に感じる重みが命の危機を知らせていた。マズイ!上に乗られている!

 体に力を入れても上から押さえ付ける力が強く抵抗出来ない。死ぬ? こんなに呆気なく?俺は転生特典を持つ、転生者で⋯主人公の筈なのに。


 能力を使っていないのに時が止まったように時間の流れが遅く感じた。絶体絶命の状況に陥って漸く理解した。遅すぎるくらいだ。

 俺は主人公なんかではない。特別な存在でもない。


 ───俺は凡人だ。


 無理やり動かした視線の先でモンスターの鋭い牙がこちらに迫ってくるのが見えた。


「助けて⋯」

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