───これより演劇は開幕する。
舞台はフラスコの中心部『世界のヘソ』と呼ばれる大平原。少し前までは見渡す限り何も無い野原の広がる景色だったけど、今では巨大な禍々しい扉が聳え立っている。この扉もハリボテなんだけどね。
打ち合わせが終わった段階だとまだ夜中だったから陽が昇るのを待ったのよね。
「主様、我の準備は出来ております」
威圧するように巨大な翼を広げて宙に浮かんでいるシスから合図がきた。翼を使って飛んでいるように見えるけど、実際はシスが持つ魔力を使って飛んでいるだけね。
魔力⋯ね。
───『神力』は名の通り神が使う力。『魔力』はマナを使う力と書いて『マ力』と呼ばれていたのが、『魔力』の方がオシャレじゃない?っていうふざけた理由で変わったのよね。
どちらも世界が生み出すエネルギーである『マナ』を使う技術の事で力の源も技術も全く同じなのだけど、使う者の違いでスケールが大きく異なったから名称を分けた。
大きな要因は定命の者と神とでは『マナ』を体内に受け入れる器に大きな隔たりがある事ね。数値にすれば分かりやすいかしら?定命の者はどれだけ優れた魂の持ち主でも体内に『マナ』を受け入れられる量に限界がある。今まで見てきた中で最も優秀な定命の者で1500ってところね。限界は5000って聞いた事があるけど、本当にいるのかしら?
対して神は落ちこぼれ⋯見習いから卒業したばかりのロロでも億を超える『マナ』を受け入れる事が出来るし、神に限界はない。成長と共にその量は増えていく。
同じ技術でも使う『マナ』の量が異なれば起きる現象は天と地程の差が生まれる。同じ技術だとしても同じ扱いは出来ないわね。
一部の過激派が定命の者程度が『神力』と読んで使うのは不相応、越権であるなんて反対してたのが始まりだったかしら?中には『マナ』を扱う技術を取り上げるべきだって言ってた神もいたわ。
けど、『魔力』を扱える定命の者の方が魂の成長が早く、世界から得られる『マナ』が多い事が分かってからその意見は消えたわね。結局『マナ』の供給量が一番大事って事よ。
ロロにはそうねぇ⋯神が使う力が『神力』、定命の者が使う力は『魔力』ってだけ教えておけばいいわね。詳しく説明してもあの子じゃ分からないわ。そんな事より。
「さーて、始めましょうか」
神の権限を使用してフラスコの定命の者全員の視界を前回と同じように私と共有する。抜かりがないように声も脳内に直接届くように設定してある。時間の関係で寝ている者もいたから、そこら辺も軽く弄って強制的に目覚めさせた。脳は覚醒しているから寝起きでも状況は把握できるはずよ。悪いとは思うけど⋯あなた達の未来に関わる事よ、しっかりその目で収めて言葉を受け止めなさい。
「我の声が聞こえているか、か弱き者たちよ」
胸の前ので両の腕を組みながら威厳のある声でシスが言葉を続けている。どういうポーズや言葉遣いがいいか何度も確認してたわね。ダメなところは都度修正したのもあって今のところはいい感じよシス。
「その目で見、そしてその身で直に体験して味わったからこそ理解したであろう!我らが住む魔界と表の住人との力の差を!」
力の差は明白。シスが現れてから数日の間に出た死傷者の数は万を超えた。その内の死者は2000人ほど⋯意外と少ないのよね。強化する前だからもう少し死んでいるかなって考えていたけど、そこら辺はシスが調整したみたい。死亡時期も凡そ重なっているから
定命の者の被害に対して討ち取られた魔物の数は僅か一匹。私としては1匹でも倒せた者がいる事に驚いたわね。私の見通しだと一匹も倒せないと思っていたからビックリしたわ。調べたら倒したのは人間ではなかったのだけど⋯、流石は元英雄ね。
1匹の例外を除いてこの世界の定命の者ではシスはおろかその手下である魔物すら倒せない事が、ここ数日で証明された。力の差は歴然。唯一勝っているのは圧倒的な数だけ⋯、上手く協力して策を講じれば数匹は倒せるでしょうね。でもそれだけ。絶対に勝てない戦いである事は既に定命の者も分かっている。
シスの声を聞くだけで多くの人間は恐怖に震え、立つことすらままならない。その姿は正に魔王ね。
「故に我に従え!か弱き者共では我らに勝てない事は身を持って知ったであろう!
魔物を引かせたのは実に単純⋯我がこの世界を支配した時の労働力を減らしたくなかっただけだ、その意味を違うてくれるな」
演技に集中しているシスの代わりに私が魔物たちを操作して、近くにいた魔物たちをシスの元へと集合させる。大陸全土に散開しているためこの場にいる魔物は極わずかではあるけど、緑色の平原を黒く染める魔物の大群は定命の者の目には絶望的な光景に映るでしょう。
これでも十分過ぎる威圧ではあるけど、まだ足りない。さらにもう一発よ、シス!
「もし、表の世界にまだ我らに勝てると思う愚者がいるのならば、この一撃をもって目覚めると良い。妄想という名のくだらぬ夢からな!」
翼を大きく羽ばたかせシスが空高く舞い上がると、鋭い牙の生え揃う大きな口ををゆっくりと開き体内の魔力を一箇所に集め始めた。数分⋯否、数秒にも満たない僅かな時間ではあってけどこの光景を見ていた者たちには時の流れが何十倍にも感じたでしょうね。
それは死の具現化とも言える一撃、
口に貯めた唾を吐くような、簡素な動きから放たれたのは5メートル程の球体。巨大なシスの体格と比べるとあまりに小さなその球体は放たれた勢いのまま真っ直ぐに突き進んでいく。数秒も経たないうちに平原を過ぎた先にあった山脈へと到着し、球体は山脈に着弾した。
「流石に地味すぎないかしら?今のは減点よ、シス」
シスからすれば力加減が分からないから最小限の力で放ったのでしょうね。でも、ちっぽけな魔法ではインパクトが少ないんじゃない?
無駄に大きな爆発音はしたけど、山脈が消し飛んだだけでは脅しにならないと思うのだけど⋯。
「あら?」
私の予想に反して定命の者は恐怖に支配されていた。感情の昂りが激しいわね⋯パニックになってる。念の為、私の方の操作で定命の者の動きを止めておく。今の定命の者は本来の視界ではなく、私が見ているものを共有しているから今のまま逃げようとしたり、何かしらの行動を取ると間違いなく怪我をするわ。
この演劇の最後で負傷者の傷は全て癒す予定とはいえ、余計な仕事は増やしたくないのよね。
急に体が動かなくなった事で余計にパニックになってるわね⋯⋯。もういいわ、気にせず進めましょう。
「理解したか、か弱き者どもよ。我にかかれば世界を更地にするのは容易い事よ。あの山脈のように消滅したくなければ我の支配を受け入れよ」
定命の者の心は既に折れているわね。抵抗する者がいたとしても極小数。それもシスと魔物が動けば直ぐに鎮圧される。何もしなければこの世界の定命の者はシスの支配を受け入れるわね。
そんな事にはならないのだけど。そう!ここで救世主登場よ!
神の権限でシスの遥か上空に1本の槍を作成する。全長が300メートルを越すシスを串刺しに出来るほどに長く、そして美しい白銀の槍。
今から落とすわよ、と合図を出した上で矛先をシスに合わせ上空から一直線に飛来させる。打ち合わせ通りにシスが紙一重で槍を躱し、対象を外した白銀の槍が爆発音を上げながら地面に深く突き刺さった。少しカスったかしら? シスが痛そうに腕を摩っていたけど今はまだ演劇の途中。定命の者が見ているわよと伝えるとシスは慌てて威厳を出すように腕を組み、キッと鋭い視線を上空へ向けた。
「何者だ!?」
シスの声に合わせて用意しておいた神モドキを神々しい光と共に巨大な扉の前に出現させる。
あ!出す場所間違えたわね。シスがキッ!って上空を睨んでいたから視線の先に出すべきだったわ。ちょうど真下に出現させたせいで見当違いの場所を睨んでる魔王みたいになってて、少し可哀想ね。
でも、安心して!誰もシスの事なんて気にしていないわ。定命の者の視線は新たに出現した神モドキに釘付けよ。ついでに地面に突き刺さった槍も消しておきましょう。大き過ぎるから邪魔ね。
神モドキの大きさはシスと同じくらいで創ったからかなり大きいけど、モデルにしたのが
私をモデルに創っても良かったのだけど、ケイトが私の事を知っているから
さて、さっそくこの神モドキを操作するとしましょう。この子は魂もなければ人格すら与えていない、それ故に何もしなければ生気すら感じない肉人形。使用期間が短いのもあって私が操作する前提で創ったから仕方ないわね。
こんな
『ワタシはこの世界を守護するもの。これ以上、ワタシの愛しき子供たちを傷付ける事は許しません』
何時もより少し低めの声で話す事を意識ね。神の権限を使ってそれこそ声を変えてもいいのだけど、そこまでする必要はないわよね?
演出として先程消した槍と全く同じものをキラキラと光るエフェクトと共に右手に出現させる。その矛先をシスへと向けてカッコよく宣言。いいんじゃない? それに応えるようにシスが上空から舞い降りた。
「世界を守護するものか⋯ククク、クハハハハ!随分と遅い登場だな!神ともあろう存在が我を前にして臆したか」
『偽りは述べません。あなたの力は神であるワタシを超えています。その力に臆したのもまた事実。ですが⋯ワタシは神として我が子供たちを見捨てる事は出来ません』
「ならば我を止めてみるがいい!表も裏も天も地も!この世の全てを我が支配する! か弱き者、我が同胞たち、そして神である貴様もまた支配してやろう!」
『支配などさせません。ワタシの全てを賭してあなたを倒します!』
そこから先は打ち合わせ通りに事が運んだわね。シスと神モドキの戦いが始まり、その戦いの余波で大地は割れ、近隣の山や川は形を変えた。定命の者が生息する付近に被害が及ばないように予め結界を張っておいたから、この戦いでの影響はない筈よ。
戦いは終始、魔王であるシスの優勢で進んだ。殆ど無傷のシスに対してその美しい身体を傷だらけにしながら神モドキは決して諦めずに戦った。その姿が定命の者にどう映るかを凄く意識したわ!その甲斐あって世界中の定命の者が神モドキを応援していたわね。当然といえば当然ね。神モドキが負けたら定命の者にとって世界の終わりに等しい。
魔王による支配がどのようなものになるかは分からない⋯けど、定命の者は誰も支配など望んでいない。定命の者の声援を背中に受けた神モドキは戦った。そして、負けた。
そういうシナリオだから仕方ないわ。
倒れた神モドキにシスが慢心して、ペラペラと喋るのもまた演技。上手いわよシス⋯褒めてあげる。
『コレで眠りなさい!!』
「貴様!小賢しい真似を!」
───慢心故の油断。勝利を確信したシスの不意をつく形で神モドキが発動した魔法がシスを襲い、魔界と繋がる巨大な扉もろともシスを封印しようとする。しかし、
「我だけですまさぬ、貴様も道連れだ!」
諦めの悪いシスによって神モドキも自身の発動した魔法に巻き込まれた。神モドキは最後の力を振り絞り愛しき我が子の為にと、定命の者たちに『神の祝福』を授け魔王と共に封印された。
───というシナリオで閉幕。
「完璧な演技だったわよ、シス」
「有り難きお言葉!」
『神の祝福』という扱いで定命の者の身体能力を強化して、傷付いた肉体を元に戻す。コレでこの世界に残った魔物たちにも対抗出来るはず。最後に魔王は数年の時を経て復活すると噂を流して終了。
舞台は整えたわ。さぁ、次は貴方の番よケイト。