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第九話 役者は語らう

「ロロ⋯貴方ねぇ、急に変な語り手ナレーションとして参加するのは止めてちょうだい。危うく定命の者に聞かれる所だったじゃない!」

「ミラベル様が楽しそうにしてたのでつい、参加しちゃったッスね!でも、ミラベル様もウチのナレーションに反応してノリノリだったじゃないっスか」


 ロロの声が聞こえた瞬間に管理者モードを解除したわね。日常から非日常への『に』って声の時点で反応出来た私を褒めてあげたいわ。反応出来てなかったら、ロロの言ってはいけないワードがふんだんに練り込まれた語りが世界中に聞かれる所だった。そうなったら全てが台無しね。

 世界を変えるために準備してきた事が全て無になるところだった⋯これは流石に怒るわよ、私も。だと言うのに意に返さない反応⋯ロロこの子らしい反応といえばそうなんだけど、少しでいいから上司の言葉を受け止めて反省して欲しいわ。


 シシシッとイタズラが成功した子供のような笑い声を上げる彼女に期待するのは無駄ね。思わずため息が漏れた。


 魔物を送り出してシスが高笑いしてる所を見てるまでは良かったんだけどねー。確かにロロが言うように最後の方は乗ってあげたけど、この子、分かってるのかしら? あの語りに私が乗らなかったら⋯今の空気ないのよ。冷めきった居心地の悪いどきつい空気よ、胃に悪い環境よ。そうなってないのは言ってしまえば私なりの優しさ。上司せんぱいが相手だったら優しい注意ではすまないわ、激詰めよ激詰め。


「反省はしなさいよ、次やったら見習いに落とすわよ」

「何でッスか!?ウチがやった事でそんなに悪い事でした?ミラベル様も楽しそうだったのに」

「気遣いなしで接してあげましょうか? 私も貴女に対して思う事がないわけじゃないのよ。それでもいいの?」

「ウチが悪かっス!申し訳ございませんッス!」

「本当に反省してる? ⋯まぁ、いいわ。言ったところで無駄な気がするもの。それで、何で貴女が此処にいるの? まだ講習の時間じゃないの?」


 自分がした事の大きさを理解していないのは頭痛の種ね。この子の短絡的な行動でどれだけ私が振り回さられてきたか⋯本当に、もう!

 それはともかく何でこの子が此処にいるのかしら?『アース』の管理は進行形で天使が代行しており、この子は教育係の神から講習を受ける事に専念しているはず。

 正直な事を言って途中から世界を作り変えるのは初めての事だから、余計な茶々入れが入らないタイミングを狙ったのよ。そう、ロロが完全にいないタイミングをね。教育係の神にスケジュールを聞いた上で実行しているから間違いはない筈なんだけど⋯。


「トイレって言って抜け出してきたっス」

「今すぐ帰りなさい。本当にぶっ飛ばすわよ」

「了解ッス!」


 仕事部屋を出ていくまでが早かったわね。そんなに怯えなくても殴らないわよ。でも行ってなかったら物凄く怒ったわね、きっと。私だけならともかく教育係として来てくださっている神に失礼よ。


「本当にあの子は⋯」


 完全に余談ではあるのだけど、後日なんで私の仕事部屋に来たか改めて聞いてみたの。その時の返しが『ミラベル様が世界を作り変えるってこの間話していたので見てみたかったっス!』だった。

 直接この子には──面倒な事になるから──話していないのだけど上司せんぱいと話しているのを聞いていたらしい。


 確かに可能と言えば可能ね。上司せんぱいが教育係の神を私の仕事部屋に連れてきたタイミングで、丁度いいからと相談したのよね。ケイトの言葉をきっかけに世界を変えようと思ったけど、思いつきで動くにはリスクが高い選択肢。上司せんぱいにも迷惑をかける可能性があるから意見を頂戴したわ。おかげで私の意思も固まり踏み込む事が出来た。

 話のオチとしては私が上司せんぱいと話している時、教育係の神と顔合わせと細かい説明を受けてなかったっけ?そっちの話に集中しなさいよと怒って終わりだったわ。


 ───閑話休題。


「少し目を離した隙に⋯色々と起きているわね」


 フラスコを再び管理モードに戻して世界を観察していると、私が送り出した魔物によって定命の者が襲われている場面が幾つも見えた。

 管理モードを解除した時点であの時の光景はプツッと途切れた筈だから、予定していたシスの言葉を流せなかったのよね。どこを最初に襲撃するっていう宣戦布告のようなものなのだけど、それがあるかないかで定命の者の対応に差が出ると思うの。

 今も見た限りだと、急に現れた魔物の群れに慌てふためく姿がチラホラ。国に仕える兵士や勇敢な定命の者なんかが魔物に対抗しているようだけど、誰一人勝てていないわね。


 これは私の想定よりもこの世界の定命の者が弱いって認識でいいかしら? 念の為、確認したけど襲っている魔物が特別強い訳でもないわ。どちらかと言えば弱いより⋯。

 修正を加える必要があるわね。このままだと魔物に誰一人対抗出来ずにシスに侵略されて終わりのバットエンドを迎える事になるわ。


「シス、聞こえるかしら?」

「主様!何かありましたでしょうか?急にお声が無くなりましたので。我にできる事でしたら何でも」

「それは後で説明するわ。シス、予定が少し変わったのよ。軌道修正するから魔物をひと度引かせなさい」

「畏まりました」

「それと、ひと芝居を打つわよ。協力しなさい」

「仰せのままに!」


 シスに与えた能力によって定命の者や建築物を襲っていた魔物が身を翻して一目散に去っていく。私が操っても良かったんだけど、これから魔物を制御する事になるのはシスだから、操作経験としっかり能力を使いこなせているのかの確認ね。全ての魔物が従っているのを見るに能力は使いこなせているわね。


 定命の者らいきなりの事で呆気に取られている様子ね。時を置いて落ち着きを取り戻すと楽観視する者もいれば絶望視する者といる。その目で見るだけと実際に対峙するとでは印象は大きく変わる、まるで歯が立たない魔物の強さに定命の者が恐怖を感じているようだった。

 安心しなさい。魔物は弱体化して、あなた達は強化する事でバランスは取ってあげる。


「シス、魔物たちを指定の位置まで誘導出来たら動かないようにしておきなさい」

「畏まりました」

「終わったら言ってちょうだい。打ち合わせをしましょう」

「今すぐ終わらせます」


 急なシナリオ変更になるからシスとの打ち合わせは必須よ。この子ならアドリブで対応してくれるでしょうけど、万が一は排除したいのよね。ロロの事もあったし出来るだけリスクがある事はしたくないわ。


 ───その後、シスが魔物の操作を終えたのを確認してから軌道修正する内容を照らし合わせいく。これから行うのは女神わたし魔王シスの二人の役者が織り成す演劇。

 最終的な目的は定命の者の強化と神の存在を消す事、そして魔王が直接動けない状態を作る事、この三つが大事なの。

 一つ目に関しては今更ね。今のままだと弱すぎて話にならない。とはいえいきなり強化するのでは定命の者が戸惑うのが目に見えているから、分かりやすいイベントを挟んであげるってわけ。


 二つ目、これは私としてはやっておきたい事ね。既にSシルビアを始めとする預言者たちのせいで女神わたしの存在が世界に広がっている。信仰が集まるのは煩いだけだからどうでもいいのだけど、神に対する依存があると定命の者の成長の妨げになる。神の存在を消す理由はそれね。

 私が世界を変えてまでやりたいのは魂の成長。定命の者の魂は限界や危機に直面し、乗り越えた時に成長する。けど、神の存在が定命の者の心を占めた時⋯彼らは自ら立ち向かうのではなく神に縋る道を選んでしまう。定命の者の心はとても脆いの。簡単に傷付き一人では修復出来なくなってしまう。宗教がどの世界にも存在するのが分かりやすい証明ね。


 救いを求めて神に縋るのも仕方ないわ⋯定命の者は神と違って弱い生き物だもの。けど、そこで成長が止まることは神としていただけない。

 私が神の権限を使って定命の者を強化したり、救う事は簡単だけど成長には繋がらない。わたしに対する依存が高まるだけ。自ら立ち向かうのを止めわたしにどうにかしてくれと縋ってくるだけの弱い存在なってしまう。何度も言うけどそれじゃダメなのよ。

 だから定命の者の前から神が消える必要がある。神は助ける事が出来ないと⋯自らで立ち向かうしかないと現実を突き詰める必要がある。


 最後に三つ目、シスが動けない状態を作る。答えを言ってしまえば封印ね。世界の侵略を始めた魔王を神が同士討ちの形で封印するっていうシナリオを考えているわ。最後の力を振り絞って『神の祝福』を与え、定命の者を強化するっていう流れにすれば定命の者を強化しつつ神の存在をこの世界から消す事が出来る。

 インパクトとしては残るから完全には神の存在は消せないけど、神に縋る状況はなくなるわね。あと、私の個神こじんとして意見だけど『女神教』には消えて欲しいなと思ってるから、信仰の対象である女神がいなくなる事で自然消滅してくれたら嬉しいわね。


 シスが動けない状況というのも重要ね。魔物を率いる立場という事で魔王であるシスは魔物より遥かに強い。簡潔に言ってしまえば魔物が動くよりシスが動いた方が早く決着が着く。けど、それじゃあ面白くないのよねー。やっぱり魔王との戦いは最後って相場が決まってるのよ。だから自然な形で退場して貰う。そうする事でシスが魔物を操る事に集中出来るっていうメリットもあるわ。


 シスが魔物を操らなければ予め植え付けたプログラム命令の通りに動く。最低限のルールは植え付けてあるけど、複雑な分別は出来ないのよね。神の都合もあるから適当に暴れられたら困るの。

 私やシスが魔物を操作する事で都合が良い展開を作れるのも大きいわね。これからシスが操作する予定の魔物の数は万を軽く超える。シスなら可能だと思うけど⋯。

 私が一時的にフラスコを見れなくなった時もシスはしっかり考えて動いていてくれたけど、諸悪の根源である魔王を討つために動いた定命の者の介入が鬱陶しかったとも言っていたわ。そういった妨害がない環境がシスには必要って事よ。


「それじゃあ神を創って私が操作するから上手いことやってちょうだい」

「畏まりました。主様の期待に応えてみせます」

「期待しているわよ、シス」


 ───さぁ、世界中の観客が見守るマッチポンプ演劇を始めましょう。

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