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第7話 目覚める自我

 ───『女神教』、この宗教の始まりは今からおよそ500年前ね。フラスコは過去に一度だけ人類滅亡の一歩手前までいった事があるの。その原因が何かと、答えると大変言い難い事ではあるのだけど…部下ロロなのよねー。


 当時はあの子もまだ神見習いで右も左も分かっていない状態、私の仕事の補佐が主な作業だったのだけど、上司せんぱいに呼ばれて少し席を外した時にやってくれた。




 今思い出しても頭の痛い話ね。私が管理しているのを間近で見ていたからと、自分でも出来ると過信したらしくフラスコを管理モードに移行して、感覚で適当に操作した。今になって思えばロックをかけなかった私も悪いわね。過ぎた話だからいったん置いて置きましょう。


 結果何が起きたかと言えば、元々一つだった大陸が二つに分かれる程の大地震が起き、それに伴い大津波や火山の噴火が定命の者を襲った。あらかじめ世界にかけておいた保険プロテクトが正常に作動してくれたお陰で、奇跡的に被害は少なく済んだの…。用心深い自分に感謝ね。


 本来はフラスコ世界の様子を見る余裕がない程多忙な際に、天災を始めとする世界に大きな影響や変革を齎す事柄が起きた時、『マナ』を活用して被害を減らすという保険。殆どの神が世界に組み入れてる保険プロテクトね。




 問題はその後なのよね。適当に操作した事で天変地異が起き大惨事となったフラスコ世界を見て、焦り…そして動揺したロロが取った行動がまた最悪だった。天変地異をどうにか治めようと適当に操作した。




 ───そして絶望は空から飛来した。




 天より現れたのは空を覆い尽くすほどの巨大な隕石。直撃すればフラスコ世界に存在する大陸全てを容易く押し潰していた。


 突然起きた天変地異と死を具現化したような隕石絶望を前にしてに定命の者は心が折れた。人の身では決して抗う事の出来ない自然の猛威に死を受け入れた。日常が地獄へと変わる悲劇もまた、神の手一つで起きてしまう。




 タイミング良く私が帰ってきた事でそんな悲劇は起きなかった訳だけど…。全ては上司せんぱいのお陰ね。『ロロを一人にして大丈夫?』という言葉がなかったら間に合わなかったわ。


 上司せんぱいの言葉にハッてなって慌てて帰ってみたら、顔を真っ青にしたロロがアワアワしているのを見てやったなコイツって確信したわね。瞬時に対応出来た私を褒めてあげたいわ。




 空から飛来したら隕石絶望はぶっ壊したし、二つに分かれた大陸も元に戻した。大津波も火山の噴火も止めた上で、今回の騒動で怪我を負った定命の者全ての傷を治した。


 私からすればロロがやらかした事の尻拭い…、事務的に世界を修復して今回起きて天変地異をできるだけなかった事にしようとしたわ。査定も近かったから大慌だったわね。


 被害は少なかったとはいえ、少なくない定命の者が亡くなったから…その後の対応は大変なものになったんだけど…。




 何が起きたロロを問い詰めて叱ったり一緒に始末書書いたりしてたからフラスコ世界の様子を気にかける余裕はなったけど、その時に神に対する信仰が始まったみたいね。


 迫り来る隕石絶望が跡形もなく消滅し、分かれた大陸が元に戻り天変地異が治まり傷ついた身体が癒える…定命の者からすれば夢でも見ているような思いでしょうね。実際に夢だと勘違いした者もいたけど、亡くなった者の存在が現実だと定命の者を目覚めさせた。


 神の奇跡だと誰かが口にし、それが大陸全土に爆発的に広がった事で神によって世界は救われたと定命の者は勘違いしたみたいね。




 神見習いロロのやらかしをわたしが仕事として対処しただけだから、酷いマッチポンプのように見えて、個神的こじんてきに凄い嫌ね。




 こうしてわたしに対する信仰は始まったのだけど、この時はまだ大きな組織にはなっていなかった。個として心の内に信仰を持つ者が多くいたけど、束ねる者がいなかったのが大きな要因ね。それから時が経ち伝承としてわたしの存在は伝え残されてきたけど、時の流れと共に信仰は徐々に薄れていった。


 ロロがやらかした時以降は大きな事柄もなかったから、私が干渉する事もなかったのよね。他の世界に比べると同族同士の争いも少ない平和な世界だったから、基本的に放置で良かったから。信仰が薄れていったのはそこも関係しているでしょうね。




「で、事が大きくなったのはこの子たちのせいね」




 何も無ければ神の存在が薄れ、信仰を捧げる者もいずれいなくなるはず。その真反対な事になっている大きな要因は私が世界フラスコに送り込んだ人間モドキあの子たちのせいだったのよね。


 私の知らない内に女神教宗教組織が出来上がっていたから調べてみればその中心にあの子たちがいた。


 今は予言者と名乗り私が下した命令を実行する為に世界各地で噂を広めている。その過程で今まで虚ろとなっていた神の存在が再び表舞台に上がってきた。神は実在すると心の内に信仰を秘めた者が活気づいた訳ね。




 そして神の存在を仄めかしていた予言者の一人の元に信仰心を持つ者が集うようになった。結果から言えば、私が送り込んだ人間モドキの一人が宗教の束ねる者教祖になっていたの。フラスコこの世界で最も神について詳しいのは人間モドキあの子たちだから、信仰者や教えを乞う者が集うのは仕方ないこと。それでも一言言いたいわね。あなた達何してるのよ!って。




 面白いのはフラスコに送った人間モドキあの子たち全員が『女神教』に入信していて、指導者という立場で大陸の様々な地で信者を集めているという事実。そんな命令は下していないんだけどね…。


 それにしても噂を広める為だけに生み出した人間モドキがここまでの自我を持って行動するようになるなんて。


  確かに私が操作しなくても勝手に動けるように人格は与えたけど、それは所詮命令を実行させるプログラムのようなもの。魂を持たない人間モドキあの子たちが私の命令以外の行動を取るなんて…。


 子が成長する過程を見ているようで嬉しい気持ちが半分、驚き半分といった所かしら?




「聞こえますか同士の皆さま」




 先程町で見かけた集団と同じ装いの信徒の前で、美しい声で語る人間モドキの姿が見える。


 外見的特徴が送り出す前と大きく変化しているわね。統一していた髪型や衣装なんかが変わっている。それでも素顔を見せるなという命令は厳守しているようで仮面に隠された素顔は見えない。




 これにも少し驚いたわね。全て同じ外見で、同じ人格になるように創ったの。にも関わらず個性を出そうとしている。以前創った時はこんな事にはならなかったのだけど?


 念の為確認してみればこの個体が特別という訳ではなく、全ての個体が同じように自我が目覚めているようだった。この世界に送った人間モドキあの子たちはそれぞれが個人オリジナルになろうとしている。




 名を与えましょう。個人オリジナルとして自我を持ち、自身の意思で動くのであればそれはもう一種の生命と同じ。人間モドキとして一括りにして扱うのは可哀想ね。


 まずは信徒の前で演説を始めたあの子に名を与えましょう。特徴から決めるべきかしら?髪色は変化はなく、雪のように白い髪を長く伸ばしている。もう少しで足元に届きそうな程、長い髪ね。手入れが大変そう…。


 他の信徒と違い赤いローブで全身を包んでいる。この宗教の共通衣装かしら?趣味が悪いわね。




 私が創ったのもあって出るところは出ているし、引っ込むところは引っ込んでいる。私には負けるけどスタイルもいいわね。


 顔に付けた仮面で他の子と違いを出そうとしているのか、デザインが全員異なっている。この子場合は口元以外を隠す白銀の仮面が顔の半分近くを覆っており、右目から涙を流すように青いラインが入っているのがオシャレね。




 決めたわ。この子名前は『システムB1-Sシルビア』。人間モドキあの子たちは全てシステムBシリーズで統一ね。後の数字と名前で区別しましょう。




「女神様のお告げはもうまもなくです。この世界の裏側に存在する魔界の扉を開き、邪悪なる竜がこの地に舞い降ります。ですが、決して絶望する事も…不安に思う必要もありません。私たちの信仰は女神様に届いております。だからこそこうして私たちが女神様の遣いとして皆さまの元へと現れたのです。かつての天変地異の時のように女神様は必ずや、私たちをお救いくださります。


今は私たちの祈り…信仰を証明する為に共に祈りを捧げましょう」




 Sシルビアが信徒の前で両手を合わせ祈り始めた。彼女の心の内を読めば私に対する信仰心が伝わってくる。フラスコこの世界の定命の者ならまだ、分かるけど…創造主とはいえなんでこんなに信仰心が強いの貴女?私の為に信徒を増やすってそんなの頼んでないわよ。噂を広めてくれるだけでいいのよ。




「頭が痛くなってきたわね」




 Sシルビアの元に集った万を超える信徒たちの祈りの声が私に届く。有難い事ではあるのだけど、暴力的な大合唱が本当に煩い。女神様女神様女神様女神様女神様女神様女神って、ここまで呼ばれると嫌がらせの領域よ!


 信徒この子たちは心の内で祈ってるだけだから、周りは静かでしょうけど…私の元にはこの騒音が届いているのよ。勘弁してちょうだい。




「シスを送り出すのやめようかしら?」




 ───魔王シス・テムエープラスが現れる事で予言が実現したと、女神教の影響力が増す未来が見える。信徒が増えればまた煩くなるわよね? 予想出来る未来に嫌気がするけど、対策がない訳でもない。信徒が増えるのは諦めて予定通り進めるのが一番かしら?




 女神教の全容は分かった事だし、一度仕事に戻りまょう。もう少しで噂を流し始めて5年が経過するわ。タイミングよくいきましょう。




「管理モード終了」




 フラスコの観察を止めると視界が元に戻る。何時もの仕事場の光景。部屋の隅には惰眠をむさぼるシスの姿がある。羨ましいくらいに寝てるわね…まぁ、羨んでも仕方ないことね。




「また増えてるわね」




 ほんと少し世界を覗いていた間にまた机の上に書類が置かれている。まだ山のように高くはなっていないけど、放置しておけば山脈のようになるでしょうね。世界の変革はこの書類を片付けてからね。




「起きなさないシス。私の仕事が終われば貴方を送り込むわ」




 ───もう間もなく世界フラスコは変わるわよ。準備は出来てるかしらケイト?

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