「仕事は一先ず終わり」
世界を変えるのもあってフラスコの事で集中したいから今後やる予定の
「噂の浸透率は82パーセントってところかしら?」
世界を変える前の最終確認として、世界の情勢を確認している。
「噂は広がったけど……信じていない者の方が多いのは困った話ね」
女神教の信徒たちは噂を信じ、
どちらかといえば急速に勢力を増している『女神教』に対する警戒が国としては強いようね。存在すら眉唾物の神のお告げを信じて未知の脅威に備えるより、数を増やし続ける宗教組織の方が危険に見えるわよねー。宗教組織というのはどの世界でも国にとって厄介な存在だから仕方ないわ。
今になって思えばどこかで一度シスの声だけでも聞かせるべきだったわね。良くも悪くも平和ボケした世界だから危機感が薄い…。
これからシスと魔物を送るのだけど、大丈夫かしら? 何かいい方法はないかと考えたけど、目に見えない脅威は認識が遅いから現実として突きつけた方が早いわね。調整の方は魔物の方を操作すればいいわ。
「それじゃあ、準備は出来てるわね?」
「我にお任せください」
背中に生えた小さな翼をパタパタと羽ばたかせて宙に浮き、器用に腕を組んでいるシスの姿に吹き出しそうになった。私から見れば小さなトカゲなんだけど、フラスコの定命の者には
───フラスコを管理モードに変更し、シスを
「む!?……主様、我の声が聞こえておりますでしょうか?」
フラスコに送り込んだシスが困惑したように辺りを見渡している。そうよね、そうなるわよね。想像通りの反応にご満悦になりながらシスにだけ声が届くように彼の脳内に語りかける。
「そこは急遽、準備した定命の者には見えない空間よ」
「承知致しました。演出という事ですね」
「そういう事ね」
物分りが良くて助かるわね。あらかじめシナリオを伝えておいて良かったわ。シスからすれば『さぁ!世界を征服するぞ!』っと意気揚々に乗り込んだけど、実際に送られたのはいくら見渡しても何もない小さな空間。
正確にいえば定命の者には見えないように不可視の効果を付与した結界なんだけど、どちらにせよいきなりの事でシスも困惑するわよね。でも、これにもちゃんと意味があるの。
最初から魔物と混合している世界とは違うから、魔王や魔物が現れる流れを作りたかったのよね。いきなりポンって魔王が出現したり、魔物が現れたりすると面白くないし、自然じゃないでしょ?特に私が直接伝えているのもあってケイトから見ても不自然ではないようにしたい。だから噂として魔界から魔王が現れるなんて流した。実際に魔界なんて存在しないけどね。
「合図をしたらその空間をぶち破って現れなさい。その空間の強度は貴方が力をいれたら壊れる程度に調整してあるわ」
「仰せのままに!」
今からするのは演出よ。魔界から魔王が現れたと分かるように…この世界の定命の者が脅威が出現したと感じ取れるように全て見せてあげる。
神の権限を使用してこの世界の定命の者の───幼い子供を除いて───全ての視界を私と共有させる。定命の者からすれば見ていたものが唐突に変わった事で困惑し恐怖している事でしょう。けどね、まだそれは始まりよ。今感じる恐怖こそが、この世界の変革の序章。
辺りに何もない平原の上空。定命の者から見れば普通の青空に見えるように細工をしてあるけど、私の視点だとシスの全長が収まるサイズの透明な箱が宙に浮いている状態。
より劇的に演出するために神の権限を使い辺り一帯に風を巻き起こし、黒い雷雲を出現させる。不気味な雰囲気が漂ってきたわよね? 何かが起きる…そう予感させる光景。
「出番よ、シス」
「グオオオォォォォォ!!」
彷徨と共にシスがその巨体を収める結界を破壊するために尻尾を薙ぎ払った。
───割れなかった。
「あら?」
「む!うぉおおお!!!」
尻尾の一撃では威力が弱いと判断したのか雄叫びと共に巨体を活かした体当たりした。
───割れなかった。
「主よ」
「ごめんなさい…私の想定より貴方が弱か………いえ、創った空間が硬すぎたみたい」
おかしいわね…結界の強度は間違えていないわ。となると…シスの強さの調整をミスったかしら?私の想定だとこのくらいの結界なら簡単に壊せると思ったのだけど…。
フラスコの定命の者のレベルに合わせて後で調整しやすいように、ほどほどの強さにしたのが間違いだったかしら?
シスの様子を見るとショックを受けているようだった。分かりやすく項垂れているわね。絶対的強者として生まれ、世界を支配する魔王としての自負もあったでしょう。そんな彼が渾身の力で体当たりしても結界一つ壊せない。
神が創った結界って考えれば壊れなくても納得出来ない? 出来ないか…私が力を入れたら壊せるって言っちゃったもんね。彼の誇りを取り戻せるように次はきちんと決めないといけないわ。
結界の強度をガラス以下に…いえ、紙と同じくらいにしちゃいましょう。これなら赤子でも破けるわ。
「今度こそいけるはずよ。見せてあげなさい、貴方が真の支配者であることを!」
「我頑張ル」
明らかに元気がなかったわね。一世一代の大舞台で格好が付かなったら元気も無くなるわよね。完全に私のせい…本当にごめんなさい。
それでも私からの命令は忠実に守るようで翼を羽ばたかせ宙に浮いた体勢から勢いを付けた体当たりで結界を破壊した。
「グォォォォォ!!!!」
───パリンッという音と共に結界を破壊しながら登場したシスの姿は定命の者の視点からは、空間を破壊しながら現れた巨大な黒竜として映る。
不気味さを助長するように雷を降らす。その内の一つがシスに当たって小さな声で『痛い』言ってたけど、聞かなかった事にしましょう。魔王なら我慢しなさい。
「我の声が聞こえるか弱き者どもよ!我の名は大魔王シス・テムエープラス!この世界の裏側の支配者にして魔を統べる王である!」
サラッと大魔王に変えたわね。魔王よりそっちの方が良かったのかしら?まぁいいわ。シスの姿と一緒に彼の声も定命の者に届くように設定してある。絶対的強者である彼が発する悍ましい声は聞くだけでその身を震わせるでしょうね。
念のため、確認してみたけど定命の者の感情が困惑から恐怖へと変化したのが分かった。ただ、一部の定命の者は歓喜していたわね。何とは言わないけど…アレよ、魔王が現れるって信じていた連中の事よ。
「表に生きるか弱き者よ!光栄に思うが良い!この地は今この時より我ら魔族が支配する!」
翼を大きく広げ空に向かってシスが咆哮を上げれば、大地は揺れ、空を覆う黒い雷雲は瞬く間に散って消えた。明らかに力の方向が雲に向かってたわね。たまに体に当たる雷が痛かったのかしら?
とりあえず打ち合わせ通りに進めましょう。シスの咆哮に合わせる形で、全長300メートルを超える巨竜であるシスですら小さく見える巨大な扉をシスの背後に出現させる。演出としてゆっくりと地面から生えてくるようにしたけど、なかなか良いんじゃない?
「表と裏を隔離していた神の結界は我の力の前に砕け散った!か弱き者を護るものは既に存在しない!我が下僕たちよ!魔の扉を開いた!欲望のままに表の世界を侵略しろ!!」
シスの宣告と共に巨大な扉がゴゴゴゴと音を立てながらゆっくりと開いていく。扉の先に見えるのは黒き闇。扉の先に何があるのか…どんな世界があるのかすら定命の者には分からないでしょうね。ちなみに何もないわよ。その扉…演出のためだけの舞台装置だから…。
扉に入る事は出来ないし黒い闇というより黒く塗った壁があるだけよ。魔界を創る事も考えたけど…そうなると世界を一つ創るという事になるから、上に申請して許可を貰わないといけないのよね。許可はおりるでしょうけど…時間がかかるから止めたわ。
あ!フラスコをメインにして魔王を補助世界って形にすればいけるかしら?あくまで一つの世界として扱うなら許可は早くおりるかも…。
「クハハハハハハハ!……主様?…あの魔物を送って頂きたく」
威厳すら感じる笑い声の後にいち早く異変に気付いたシスが、定命の者には聞こえないくらい小さな声で私にお願いしてきた。
今のままだと扉が開いて喜んでるドラゴンにしか見えないもんね。考え事をしていた事を心中で謝りつつ、扉を通って現れたと錯覚するようにあらかじめ創っておいた魔物を送り出す。その光景に安心したようにシスが高笑いを上げた。
───日常は非日常へ。
平原を埋めつくすように扉を通って万を超える魔物たちが姿を現した。それは
───平穏の時代は終わり、多事多難な激動の時代が始まる。
恐れる者、奮い立つ者、逃げる者、立ち向かう者、絶望する者、狂信する者、この展開を望む者。多種多様…人の思想は様々で危機に陥った時にこそ人は真価を発揮する。
───魔王も魔物も全て創り物。英雄を創る為の舞台装置。神の気まぐれで始まり、神の気まぐれで終わる
「さぁ一緒に、
───全ては