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第六話 女神教

 魔王の造形は凡そ完成ね。少し大きくし過ぎた気もするけど、ドラゴンと言えばこれくらいの大きさでしょ。もっとも、今は私の仕事部屋にいるから邪魔にならないように子犬くらいのサイズに縮めてある。本来の全長は300メートルほど、定命の者にとって一目で分かる脅威ね。

 肝心の強さの設定は『フラスコ』の定命の者の適応力で逐一変えた方がいいわね。元々平和だった世界の子たちだから、どれくらいのポテンシャルを秘めているか未知数なのよねー。


「魔王の名前は何にしようかしら?」


 創ったばかりの黒竜を視界に収めつつ名前を考える。英雄たちが倒してきたドラゴンの名前から取ってもいいけど…。いえ、差別化するべきね。魂が宿った───生きたドラゴンと違って私が創ったのは所詮人形つくりもの。ハッキリと分かる形にするべきね。

 査定の際に魂の入っていない魔王を見られれば必ず指摘がくる。神事部に聞かれた時に私が答えやすくする為に名前は分かりやすくしておくべき。そうね…。


「決めたわ、貴方の名前は『魔王シス・テムエープラス』」


 ───世界の変革を担う新たな法則の一つ、故に『システムA+』。

 この子を中心に世界は魔物や魔法が混合する世界へと生まれ変わる。私が付けた名前に反応するように魔王シスは琥珀色の瞳を大きく開き、空間が振動するほどの咆哮を上げた。子犬くらいのサイズとはいえドラゴンはドラゴンね、それなりに煩い…。


「少し煩いわよ。まだ貴方の出番は先なんだから大人しくしていなさい」


 『フラスコ』の中で魔王シスこの子を創らなくて良かったわね。あのレベルの咆哮だと世界全土に響いた可能性がある。人間モドキのあの子たちの噂に信憑性を持たせるという意味ならアリだとは思うけど、流石に時期早々よ。いくらなんでも魔王の登場が早すぎるわ。


 魔王シスの方を見てみれば子犬サイズの元々小さな体を更に小さく丸めて申し訳なさそう下を向いていた。私が原因とはいはこれでは魔王としての威厳がないわね。ドラゴンの形をした犬みたいに見える。というよりトカゲね。


 魔王として創ったけど中身はデフォルトのドラゴン、弱肉強食がその身に染み付いている。その所為で自身では決して敵わない強者わたしに降参の意思を示し、心の底から服従している訳ね。私に対してはそれでいいんだけど、『フラスコ』に送った後に強い敵がいたら直ぐに降参するような魔王は英雄譚には相応しくないわ。性格を弄りましょう。

 魔王らしく尊大で、定命の者に対する支配欲を…いえ、世界に対する支配欲を強めましょう。私が見ていない時でも自分の意思で世界征服の為に動くようにしておかないと…。




「我は魔王シス・テムエープラス。魔界より根源せし魔を統べる王である」

「いいわよ、魔王らしいわ」

「身に余るお言葉…恐悦至極にございます」


 魔王シス・テムエープラス───長いから今後はシスと呼びましょう───の性格であったり能力弄った事で満点とは言えないけど合格点に達するレベルには仕上がった。私の言葉にペコペコする姿は魔王に相応しくないけど、あくまでも私の前だけという事で許しましょう。細かい所まで調整していたらいつまでかかるか分からないわ。


「シス、見えるかしら?あれが貴方が狙う世界『フラスコ』よ」


 宙に浮かぶ球体フラスコを見せておく。魔王としてこの世界を支配するというイメージを植え付けるため。


「弱き者の匂いしか致しませぬ。我にかかれば瞬く間に制圧できましょう」

「しちゃダメよ…。貴方は今から私が伝える筋書き通りに動けばいいの」

「仰せのままに」


 シスの頭に手を乗せこれからのシナリオを脳に刻み込む。この時に忘れてはいけないのは犯してはいけないルールを与えること。

 世界を変革するといっても滅亡させたい訳ではない。ケイトを英雄に仕立てる過程で定命の者の魂のレベルを上げるのが私の目的。

 多少の犠牲は目を瞑るけど、『マナ』の供給量に影響が出るような事はしたくないのよね。それに魂の管理人として大きく死亡時期がズレるのも許容出来ない。だからシスの行動、あるいは魔物を使って定命の者を殺める場合に指定を設けた。


 ───殺していいのは私が与えたリストの者だけ。


 死亡理由が変わる事は実はそれほど影響はない。魂を管理する際に困るのは死亡時期がズレる方ね。1年くらいの誤差なら問題はないけど、それが10年20年と開くと次の世界にも影響が出ててくる。より正確に言うなら書類仕事の手間が増えるのよね。

 私が管理する世界だけに収まるなら死亡時期がズレても修正は効くけど、上司せんぱいや別の神が管理する世界に送られる魂も当然いる。

 死亡時期が早まれば次の世界の担当の神は予定にない書類の対応を迫られる。少量なら私も笑って許すけどそれが1000を超えるような量になってくると流石にキレるわね。私がそうであるように他の神もキレると思う。


 ケイトの時のように善悪の判断を決める為に面談する必要も出てくるし書類以外にも手間が増える。運命なんかはちょっとした変化で常に変わるものだから、予定された死期の1年前後で亡くなるのなら定命の者…それも個人にとっての影響はあっても世界や神には影響は殆どない。

 ルールとしては死亡時期だけ厳守して…後は障害が残らない程度なら襲ってもいいって事にしましょう。


「これでオッケーね。貴方を送り込むのは『フラスコ』の方の準備が出来てからだから、今少し眠りなさい」

「仰せのままに」


 小さな羽をパタパタと羽ばたかせて部屋の隅に移動したシスが体を縮めて眠りに入ったのを確認して、シスと同じく『フラスコ』に送り込む魔物の情報を整理する。細かい設定まではするつもりはないから、シスを送り込んだ後に纏めて創ればいいわね。

 姿形は私が管理する世界の一つから流用するとして…、後は生み出す時にルールを刻み込むのと私が操作出来るように弄るのは忘れないようにしましょう。シスに与えた能力で全ての魔物は支配下に置かれるけど、万が一があってはいけないからこれもまた保険ね。

 リストアップされた魔物の中から『フラスコ』に送り込むべきでない魔物を弾いていき、ケイトの成長用の当て馬をどうするか決めておく。


「魔王と魔物に関してはこんなものね」


 世界変革のキーなる部分は作成出来た事だし人間モドキあの子たちの働きを一度確認しておきたい所だけど、先に仕事を終わらせるべきね。魔王を創るのに少しばかり時間を取られてしまった。

 気付けば机の上の書類が増えていた。現在進行形で増えている。下から徐々に徐々にと書類が増え、山のような高さになっていく光景にため息が出た。以前は天使が書類を持ってきてくれていたけど、効率化を計る為に神の権限を使うようになった。そのせいで書類が終わっても次の書類が送られてくるまでのスパンが短くなったのよね。

 書類を送る為だけに『マナ』を使うのはバカらしい気もするけど…今はどちらかと言えば神員の方がいないもんね。それはともかくとして、


「書類が嫌いになりそうだわ」


 深いため息を一つついてから書類に手を伸ばした。部屋の隅で眠るシスを羨ましいと感じながら…。





 ───が私の目に入ったのは机の上に山を築いていた書類を片付けてからね。いつものようにケイトの様子を見ようと世界を覗いた際に妙な集団が目に入った。

 その集団は統一するように白いローブで全身を包み顔を隠すようにフードを深く被っていた。異様な光景として移ったのは皆が皆、片手に小さなを天秤を持っていた事かしら?

 それが10や20くらいなら気にも止めなかったけど、その数が尋常ではなかった。パッと確認しても万を超えるに人間の姿がある。


 この大陸全土で見てもそれなりに大きな町だったはず…、その中央の広場の一際目立つ台の上に一人の人間が登った。あれがリーダー格かしら?

 リーダー格らしい人物がその手に持つ天秤を高く掲げると、他の者は地面に膝をつき祈るように天秤を両手で握っているわね。


「女神様は仰られた!これより5つ時が流れし時、魔の扉開きて絶望の化身が根源すると!その刻はもう間もなくと迫っている!女神のお言葉の通り、我らの前に姿を表すだろう!しかしだ!しかしだ!信徒諸君!我らはその事に絶望するか?否だ!否!否!否!

心配などする必要などない!我らには女神様の加護がついているのだ!!!かつての天変地異で我らを救ってくれたのは誰だ? そう!女神様だ!女神様は常に我らの事を見守ってくださっている!此度の絶望も必ず女神様が救ってくださる!

皆!心から祈り!女神様に信仰を捧げるのだ!この祈りが!我らの信仰がこの世界を救うのだ!」


 爆発したような声が町全体を包んでいる…。女神様女神様と鬱陶しいくらいに皆が口にする。何が起きてるの?アレは何?私の知らない内によく分からない宗教が誕生してるんだけど…。

 宗教自体はよくある事だからこの際いいわ。定命の者は心の支えとして信仰の対象を求める弱き生き物。私が管理する世界でも様々な宗教を見てきた。よくある話ね。


「信仰の対象…これは私ね」


 神である私に定命の者が信仰を捧げるのも、またよくある話。問題なのは何がきっかけでこの規模に膨れ上がったかという事。私が管理している世界は他にもあるから『フラスコこの世界』だけを見てきた訳ではないけど、ケイトの様子を見るようになってからは世界の情勢も細かく把握していたつもりよ。

 個として女神わたしを崇拝する定命の者が存在するのは確認していたけど、この規模の集団は知らないわね。見た所、町一つがそのまま宗教組織に?


「女神様!!」

「女神様!!」

「我ら信者をお導きください!!!」

「女神様!!!!」


 ───私が少し目を離した隙に、『女神教宗教組織』が爆誕していた。

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