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第四話 きっかけの言葉

 私の手元に一枚の紙が届いた。それは随分と前に上司せんぱいを通して神事課じんじかに私が送った嘆願書の返事であり、そこに書かれていた内容は私の望むものではなかった。


 多分、この返事を書いたのは神事課の中でも若い子ね。こちらに対する気遣いが伝わってくる内容だった。それでも内容は良くないわね。私の要求は受け入れられないらしい。私としても無理難題を言ったつもりはなかったんだけど、思っていた以上に神の世界に余力がないのかも知れないわ。

 私が神事課に送った嘆願書の内容は簡潔に言ってしまえば『部下を増やしてください』という内容ね。神や神見習いなんて贅沢は言わないから天使を仕事のサポートとして送ってくれないかしらと思いのたけをぶつけて書いたのだけど、どこも神員不足であり天使の手を借りたい神は山ほどいる。結論で言うと送れませんという事ね。既にロロを派遣しているので二人で頑張ってくださいと。


「上の連中消えてくれないかしら」


 上司せんぱいに相談した時に上の内情について話してくれた為、嘆願書の返答に怒りが込み上げてくる。中間管理職私たちが神員不足で困っている中、上の連中は神事課に圧をかけて部下を増やし天使を派遣させているらしい。

 例えこちらに回す余裕が出来たとしても上の圧で神員が回ってくる事はないだろうと上司せんぱいは言っていたわね。そんな中で唯一私の元に送られてきたのがロロ⋯。


 最初は部下が出来た事に喜んだけど、なんで彼女が私の所に来たか分かったわ。上の連中もロロの扱いに困っていたのでしょうね。一度目の嘆願書の時に直ぐに送られてきたわ。その後、管理する世界が増え、仕事量から一人ではキツいと判断して今回の嘆願書を送ったのだけど⋯。あ、ロロは数に入れないわよ、あの娘のせいで余計に仕事増えてるから。


 まぁ⋯、期待はしていなかったからショックは大きくないわね。上司せんぱいとも話したけど、部下が派遣されるのを待つよりロロをしっかり教育して1人前にする方が早いかも知れない。それもまた、簡単ではないのだけど。


「ケイトは何してるのかしら」


 気分を変えるためにここ最近の日課となっているケイトの様子を確認する。彼は見ていて面白いわね、前世の記憶があるからか時折破天荒な行動を取っている。けど、とても努力家ね。

 『アース前世』とは全く違う言語をしっかり使いこなしている。それに、今でも主人公?に対する憧れはあるらしく、輝かしい活躍をするためにと毎日のように体を鍛えている。


 ケイトに伝えるかどうか迷う所ではあるんだけど、『フラスコ』ではそんな機会訪れないと思うのよね。魔物や凶暴な獣がいない世界だからあるとしたら人間同士の争いになるんだけど、世界の情勢を観察していると争う気配は微塵も感じない。国と国同士の友好が厚かったり、地形的に他国に干渉出来なかったり、私が見た限りだと少なくとも数十年は戦争のような大きな争いに発展する事はないと思うわ。


 そうなるとケイトの努力も無駄になっちゃうのかしら? まぁ、体を鍛えておけば農業や狩りにも使えるから無駄って事にはならないのだけど…。


「あら。また挑んでいるのね」


 管理モードに以降して『フラスコ』の世界を覗き込むと、見覚えのある場面が映り込んできた。シャウトバードに意気揚々と語りかけるケイトの姿だ。今回はしっかり対策を考え、そして入念に準備してきたと自信満々に話している。

 この間も同じ事を言ってシャウトバードに負けてなかったかしら?


「すみませんでした!!!」

「コケェーー!!」


 現実はあまりに無情ね。一人と一羽の勝負は一瞬でついた。どれだけ工夫して『時を止める能力』を使ってもシャウトバードに負けている。強い能力ではあるんだけど、ケイト自身の才能が足りていないわね。

 言い方は悪いけどあの子は英雄の器ではないから…。何時ものようにシャウトバードに頭に乗られ謝罪を繰り返すケイトの姿は流石に見飽きてきたわね。


 といっても何もない農村じゃ、何時もと違う光景は滅多に見れない。当たり前ではあるけど、普通の日常ってそういうものだもの。

 だからケイトは非日常に憧れを持つのでしょうね。変わらない日々に退屈を感じて刺激を求めてシャウトバードに挑んでる。楽しんでいるようにも見えるけど、彼が本当に求めているのはコレではないでしょうね。


「コケェーー!!」

「はい。すみませんでした」


 シャウトバードの言葉を翻訳するなら『次はもっと作戦考えてから挑んでこい小僧!』って感じね。当然だけどケイトには伝わってないから、叫び声に謝ってるだけ…。

 ぴょんっと軽い動作でケイトの頭から飛んだシャウトバードが巣に戻っていく。完全にいなくなったのを確認してからケイトが起き上がったと思えば、力無く地面に座った。


「こんな筈じゃなかったんだけどな⋯」


 シャウトバードとの戦いの結果について、ではないわね。主人公のような活躍がしたいってそういう思いで記憶を消さずにこの世界に来たのに、あまりに平和な世界に拍子抜けしたんでしょうね。安全な世界の方がいいかと思ったけど、逆に酷な事をしてしまったのかも知れない


「何がしたいんだろうな、俺は」


 心の内を読めばケイトが求めているモノは分かる。でも、この世界にはそんなモノは存在しない。彼の求める───非日常はこの世界では訪れない。


 不意に時が止まった。ケイトが能力を使ったのね。直ぐに時は動き出した。発動自体は特に意味のないものだと思うけど⋯。


「転生特典も完全に宝の持ち腐れだ」


 狩猟で使っている所を見ると完全に腐っている訳ではないと思うけど、平和な世界だと使う機会は限られるわよね。私がよく見るのもシャウトバードとの戦いの時だけだもん。


「この世界でも、平凡なままで終わるのか…俺。これじゃあ、意味ないじゃん⋯」


 転生した後もまだその心の奥底には兄の影が見えた。彼にとって兄は主人公のような存在だったのかもしれない。兄のようになりたい。兄を超えたい。平凡じゃない…特別な人間になりたい。心の底から込み上げてくるケイトの思い。

 ───より深く彼の心の内覗けば彼が望む物語が見えた。それはケイトが主人公の英雄譚。彼の求める物語。


 そうね、私も最初の方はケイトの日常を楽しく見ていたけど変わらないものってつまらないわよね。見ている私がそうだもの、ケイトはもっと感じてるかしら?


「変えてみるのアリかしら?」


 何となく…そう、ただの気まぐれね。ケイトの夢の中に出ようと思った。心の内を覗けば彼の本音は伝わってくるけど、ケイトの声で聞きたかった。私が迷ってるから?どうかしらね。一先ず会ってから決めましょう『フラスコこの世界』の行く末を。





「真っ白な空間⋯どこだ、ここ?」

「ここは貴方の夢の中よ、ケイト」


 定命の者の夢の中に出てくるのは何時以来かしら? 管理する世界が増えてからは余裕がなくなったから干渉しなくなったのよね。それはさておき、ケイトとこうして会うのは数年ぶりね。彼からすれば十五年ぶりくらいかしら?見たところ戸惑っている様子。

 突然、真っ白な空間に放り出されたらそうなるわよね。私が話しかけるとビクッと体を跳ねさせて声のした私の方に向き直る。


「神様?」

「久しぶりね、貴方を世界に送った以来かしら」


 恐る恐るといった様子で確認してきたケイトに笑顔で応えれば彼が安心したように息を吐いた。まだ状況をしっかり把握していないみたいだけど、危険はないって判断したのかな? 危険はないわ。私はただケイトと会話をしに来ただけだもの。

 直接会えれば早いけど、世界に送り出した後はどうしても回りくどい手段を取るしかない。


 ───わたしは彼がいる世界に入る事は出来ない。理由は単純、定命の者が生きる世界は私たち神には小さすぎる。

 流石に掌サイズの世界の中には入れないわね。足の先とか指は入れれるでしょうけど、全身は入らないわ。仮に入ったとして神の力に耐えきれず世界が壊れる可能性の方が高い。小さな定命の者の世界を壊さない為に、わたしたちは世界に入ってはならない。

 他に手段がない訳ではないけど、神の規則に触れるグレーゾーンの択になる。流石にそこまで危ない橋は渡れない。


「また会えるとは思ってなかった⋯。神様⋯ミラベル様って呼んだ方がいいのか?」

「別に敬称は付けなくても構わないわよ。そんな呼び方だと距離を感じちゃうじゃない?」

「神様って意外とフランクだな…いや、いいんだけど…。じゃあ、ミラベルって呼ばせてもらうよ」

「そうしてちょうだい」


 安心させる為に微笑みかければ、何故か照れたように顔を逸らした。心の内を覗くのは無粋かしら? 彼の態度で察する事は出来るから深く追求しないでおきましょう。ふふ、美しいって罪ね。


「今回、貴方の夢の中に出てきたのは聞きたい事があったからなの」

「俺に聞きたい事?」

「そう、聞きたい事。今の世界に満足してる?前世アースでなら貴方は満足のいく生涯を終える事が出来た筈だった。それを奪ってしまったから確認したかったの」

「満足⋯か。いい世界だと思う。大きな争いもないし、村の皆は優しいから居心地もいい。それにこの世界には大好きな家族も出来た。少し鬱陶しいくらいだけど、愛してくれているのが実感出来たしな。」


 彼はもう15歳だけど未だに両親から溺愛されているらしく、年頃になってそれが照れくさいみたい。前世では得られなかった家族の愛を実感出来たのね。心の内を覗けば家族に対する感謝や愛情が見えたから、彼も家族が大好きなのが分かる。


「それなら良かったわ」

「あぁ!この世界に送ってくれて⋯俺の家族に会わせてくれてありがとう」

「お礼を言われるのは違うわ。私のミスが原因なんだから⋯。でも、良かったわ。貴方がこの世界の日常に満足しているようで」

「そうだな⋯」


 少し言いにくそうに彼は俯いた。


「満足してる。家族に会えたし⋯友達も出来た。村の人にも頼りされてる。楽しいと思う。満足していると思う」


 浮かべた笑顔は無理をしているように見えた。子供が親の事を気遣って、欲しいものを我慢しているような⋯そんな感じ。


「でも、心のどこかで憧れてしまっているのね」

「そう、そうだよ。憧れてしまってる。俺の夢見た世界とのギャップが余計にそうさせるんだと思う。せっかくミラベルに会えて、能力を貰って異世界に来れたのに⋯俺が見てきたアニメや小説みたいにはいかないなって」

「なりたいの?その創作の主人公のように」

「⋯⋯なりたい。平凡じゃない、兄貴みたいな特別な人間に」

「そう⋯。もし、なれるなら⋯貴方が望む世界になったら嬉しい?」

「どうだろうな⋯。この世界の日常にも慣れてきた所だし⋯いや、でもやっばり物足りないって感じはあるな。ほら、前世に比べたらこの世界は娯楽が少なすぎるから」


 ───夢の中に出てきて良かったと思えた。彼の言葉で、私もやるべき事を見つけた。


「こればっかりは仕方ないわね。文明の違いとしか言いようがないわ」

「それはもう諦めるよ」

「ただ⋯」

「どうかしたのか?」

「今回、ケイトの元に来たのは貴方の様子が気になったのと、この世界でこれから起きる出来事を伝える為だったの」

「何か起きるのか!?」


 正確に言えば起きるのではなくのよね。


「これから5年後、魔界の扉が開いて世界は変わるわ。それを貴方に伝えに来たの」


 魔王は今から創るんだけどね…。貴方が欲している非日常を私が作ってあげる。だから一緒にに貴方の人生ものがたりを作りましょう。

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