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第三話 久しぶりの笑

「流石に疲れたわねー」


 体を伸ばすとバキバキと音がなった。乙女が出してはいけない音な気もするけど、長時間書類と向き合うと嫌でも体が凝ってしまうから仕方ないと思うの。それにしても、机の上に書類が一枚もないのは気分がいいわね。漸く終わったって実感が湧くわ。


「さてーと、何しましょうかしら」


 急ぎの魂の振り分けは今のところないし、管理する世界に異変は起きていない様子。私が管理している間は大丈夫だと思うけど、部下ロロに任せた世界アースで天変地異が起きた時は心臓が止まるかと思ったわね。今まで必死にバランスを調整してそれなりの評価を維持してきたのに、あの娘のせいで台無しにされるところだった。


 何をしたのか問いただせば『こうした方が面白いかと思いまして!』なんて一言。流石にはっ倒したわね。補佐として付けられていた天使の目を盗んで行ったからタチが悪いわ。

 私だけでなく天使の二人までロロを殴っていた所を見るにストレスが溜まるんでしょうね。出来れば我慢したかったけど、一歩間違えたら世界の消滅まであったのよ。あの世界が滅びたらどれだけ、しわ寄せが私の元へくるか⋯。


 流石に手に負えないから上司せんぱいにお願いして教育係を派遣してもらう事で落ち着いたわ。これであの娘に教育係がつくのは3回目ね。本当に仕事を覚えない子⋯。


「あら?今一瞬、『フラスコ』の世界で時が止まった? 」


 世界を観察しているとその内一つの世界で一秒程の短い時間、時が止まった。その程度では世界に何の影響も起きないのだけど時間にに干渉する定命の者がいるって事かしら?


「あ、そっか⋯『フラスコ』には私が送り出した子がいたわね」


 居眠りが原因で亡くなった定命の者⋯名前はなんだったかしら?流石にもう覚えてないわね。あれは⋯数年前の出来事だっけ?

 仕事が多忙で完全に頭から抜けていたわね。思い出したら急に気になってきたわね。あの子は元気でやってるのかしら? 神が一人の人間を気にかけるのは良くはないのだけど、⋯ほら、私のせいで亡くなった訳だがら来世がどうなってるか気になるじゃない?


「あら、また時が⋯」


 能力を頻繁に使ってるみたい。あの子を送り込んだ世界は間違いなくフラスコよね? 危険性は少ない世界だった思うけど、なんでそんなに頻繁に時を止めているのかしら? 気になるから確認しーちゃおっと。


 神の権限を発動し五つの世界を私の前へと現界させる。空中に浮遊する五つの世界はどれも掌サイズの小さな球体⋯、世界事の特色を表すように全てが異なる色をしている。これが世界って言ったらどれだけの定命の者が信じるかしら?彼らが生きていた世界は神の掌の上に収まる程、小さな世界だなんて思わないでしょうね。


「『フラスコ』を管理モードに変更」


 空中に浮遊する五つの球体の内、緑の割合の多い球体に触れて神力を注ぐとオートモードから管理モードへと切り替わる。

 『フラスコ』は私が管理する世界の中で最も新しい世界であり、緑豊かな大地と多くの生命が共存を果たす平和な世界。ここ数年は観察してなかったけど他の世界と比べて大きな争いは起きていなかった。

 償いとしてあの子を送り出すにはピッタリの世界で良かったわね。あの子は魔物や魔法が存在する世界が良かったみたいだけど、その世界の住民は他の世界に比べると死亡率が高いのよねー。


 さてと、『フラスコ』以外の世界に今のところ用はないから現界させるのを止めて、管理者権限で世界の観察を始めましょうか。球体フラスコに神力を注ぐと視界に映る光景が変化する。白一色の味気ない私の仕事部屋から緑豊かな広大な森へと場所を移動したように変化した。遠くに大陸を両断する大河が見える。あの河の近辺に人間が国を築いていたわよね。


「あ、でも肝心の定命の者の名前を忘れたわね。えーと、与えた加護から探せばいいかしら⋯」


 名前が分かっていれば瞬時にその者の場所まで移動する事ができるけど、忘れてしまったから別の方法を取りましょう。この世界で『時を止める能力』を与えたのはあの子だけだし、加護を辿れば直ぐに見つかるわね。

 与えた加護から反応を探っていくと、直ぐに場所を特定する事が出来た。そのまま念じれば視界に映る光景が再び変化し、空から見下ろす視点で小さな農村が映る。


「いたわね」


 加護の反応からあの子で間違いないと思う。視点を少しずつ近付けて改めて確認する。


「ケイトって名前なのね」


 魂から読み取った情報から名前を再認識する事が出来た。そういえばそんな名前だった気がするわね。前世の名前が橘響ってなってるから間違いないと思う。年齢は15歳? あら、しばらく見ていないうちに随分と時間が経過していたのね。


 顔は普通ね。特別これと言ってあげる所はないわ。赤みを帯びた茶髪と琥珀色の瞳をした普通の村人って感じ。

 体付きを見るとしっかりと鍛えていたのか引き締まった筋肉が目に入る。それはいいんだけど、なんで上半身裸なのこの子?

 下は黒いズボンを履いてたから生殖器を見ないで済んだんだけど⋯。よくよく観察すると真剣な眼差しで足元を見ている。あの子の近くにいるのはシャウトバード? 『アース』では鶏なんて呼ばれている鳥ね。

 真剣な表情で何をするかと思えばシャウトバードの足元に右手を伸ばし、狙いに気づいたシャウトバードに鋭い嘴でつつかれていた。


「いてぇぇえ!」


 飛び跳ねるようにシャウトバードから距離を取り、つつかれた右手を擦りながら睨んでいる。何がしたいの?


「やるじゃないか、ロドフィン」


 フフフっと笑いながらあの子が言えばシャウトバードはコケッー!と泣きながら翼を広げた。シャウトバードの足元にあるのは卵ね。つまるところたあの子は卵が欲しいの? それをシャウトバードを守ってるって事かしら?


「次は、簡単にはいかないぜ」


 無駄に回転しながら後ろに飛んだと思えば、着地と共に地面を強く蹴りシャウトバードに向かって駆け出した。今のジャンプいる?まぁいいんだけど⋯。

 助走距離を確保したかったのかしら? 十分な距離を得てトップスピードのままシャウトバードにあの子が迫る。シャウトバードも翼を広げて迎え撃つ構え。狙いは足元の卵。両者の距離が縮まり、互いの間合いに入った瞬間にあの子が能力を使った。


「時止めね」


 わたしとあの子以外の全ての時が止まる。世界すら置き去りにして今、この瞬間に動けるのはあの子だけ。私の場合は霊体に近いから動けても干渉出来ないしね。

 それはともかく一秒の時止めを使って、一人だけ動けるあの子がシャウトバードから卵を取れたかどうか。


 結果は失敗。一秒では卵を手に取る事は出来ても距離を取る事は出来なかった。いきなり距離を詰められ卵を取られるという事態に一瞬面を食らったシャウトバードだったけど、瞬時に状況を理解し立派な翼であの子を殴り飛ばした。


 大きな弧を描いて地面に倒れたあの子をみて大きく翼を広げたシャウトバードが勝利を宣言するように大きな声で鳴いた。名前の由来にもなってる叫び声ね。鳴き声を翻訳すれば『オレの卵に手を出せばタダではすまないぞ、小僧』と言われているらしい。一応メスよねあのシャウトバード。

 それにやたらと強いんだけど⋯。気になって魂を確認すれば前世はドラゴンを討伐し格闘王とも呼ばれた英雄だった。記憶は消しているとはいえ、魂の輝きは変わらない。鳥になっても強さは健在だった訳ね。


 あの子に関しては相手が悪かったとしか言いようがない。殴られた頬を抑えながら立ち上がったと思えばシャウトバードに背を向けて全力で走り出した。逃げた? あ、手に卵を握ったままね。そのまま逃げ切れれば勝負に負けても目的は達成しているからあの子の勝ちになるわね。


「油断したな、ロドフィン!この勝負俺の勝ちだぁ!!」


 再び能力を使って一秒間あの子以外動けない状態を作る。その状態でやる事は全力の逃走。腕を大き振り、足も同じように大きく振り⋯正直に言って変な走り方をしながら勝利を確信したのか笑いながら逃げていく。


「あばよ、とっつぁん!ハハハハ!」


 とっつぁんって誰?


「ハハハハ⋯⋯えっ?」


 あの子にとっての誤算はたった一つ。シャウトバードの強さを見誤った事。『時を止める能力』を使ってまであの子が確保した距離を、シャウトバードはたった一度の跳躍で詰めた。

 呆気に取られるあの子の後頭部をシャウトバードの飛び蹴りが直撃した。能力を使おうとしてたけどインターバルがあるのよね。そんなに連発して止められると流石に影響が出ちゃうから⋯。伝えるの忘れてたわ⋯ごめんなさい。


 それにしても───。


「コケーーーーッ!!!」

「鳥に⋯負けたァァ!」


 地面に顔から倒れたあの子の頭の上で翼を大きく広げ勝利を宣言するシャウトバードと、敗北の味を噛み締めるあの子⋯。


 わたしに貰った能力を駆使して尚、鳥に負けるなんて。シャウトバードが英雄の生まれ変わりとはいえ自信満々に挑んで⋯。


「ふふ、もっといい使い方があったと思うわよ⋯」


 笑ってはいけないと思いつつもあの子───ケイトの有様が見ていて可笑しくて仕方なかった。


「今回はたまたま俺の調子が悪かっただけだ。次は同じようにはいかなせいぜ」

「コケェーー!!」

「まて、今すぐって意味じゃない」


 なんでアレだけ無様にやられてまだ強気でいられるのかしら?せめてもシャウトバードが頭の上から離れた時に言えばいいのに、状況が変わらないまま言うから臨戦態勢に入ったシャウトバードを見てケイトが慌てていた。その姿がまた可笑しかった。


「俺が万全の時にやろう。その方がいいと思うぞ」

「コケェーー!!」


 それからケイトが強気に発言したと思えばシャウトバードが一喝して黙らされるという展開が数度続き、キレたシャウトバードが額を力強く突いた事でシャウトバードが叫ぶ度に『すみませんでした!』と謝るケイトが誕生した。

 『フラスコ』に送り出す前の彼の心の内を知っていたせいで、それが可笑しくて可笑しくて仕方なかった。


「ふふ⋯⋯ダメ、笑っちゃ⋯ふふふ」


 ───久しぶりに笑った気がした。


 こんなに笑ったのは何時ぶりかしら? まだ神見習いの時はよく笑っていたと思う。何時からか笑う余裕すらなくなったのかしら? 神としての立場が上がってから? 部下が出来てから? 仕事が増えてから?

 考え出したらキリがないわね。笑う余裕すらないくらい忙しかったって事ね。


 それにしても、こんなに楽しい気分は本当に久しぶり。部下のやらかしも全部全部、どうでもいい気分になった。ありがとう、ケイト。おかげ心が軽くなったわ。また仕事が頑張れそう。


「だから貴方の様子を見に来てもいいかしら?」


 一度様子を見たらその後は気にかけないつもりできたんだけどねー。でも、仕方ないわよね。興味持っちゃったんだから。


「また私を楽しませてね、ケイト」

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