『アース』で亡くなった者の書類を送ってくるならともかく、まだ生きてる人間の書類を送ってきたらダメよ。間違えて処理したら今回みたいになっちゃうから。
私が居眠りしてなかったら書類を戻して終わりだったから、私のミスと言えばそうなるわね。
「部下、つけてくれないかしら」
出来れば使える子がいいわね。元々私が管理していた世界は六つ。そのうち一つをロロに預ける事になったけど、負担が減る所かここ最近は仕事の量が明らかに増えている。
どこの神も人手不足だから人員を回してくれないのよね。天使ですら足りてないんだもん。休める日が欲しいわー。
「えーと、神様」
「加護は決まったの?」
「不老不死とか、貰える加護を増やすとか、あるいは望んだ時に加護を幾らでも貰えるとかってできます?」
「無理ね。それは人の身には過ぎた力よ。神ですら持て余す時があるんだから」
少しばかり強欲過ぎないかしら?過去に同じような事を願った者もいたけど、過ぎた欲は身を滅ぼすって言葉を知らないのかしら?
権力者や一定以上の地位を持った者は不老不死を求める傾向が強い。神ですら不老不死ではないのに定命の者が不老不死を手に出来ると本気で思ってる? いえ、知らないんでしょうね。
後、加護を増やしてとかは論外ね。許す訳ないでしょ。
「他に希望は?」
「万物の創造とか」
「それは神にのみ許された権限よ。定命の者に与える事は許されていないわ」
「洗脳とか、異性とか凄いモテる能力は?」
「神が与えると思うそんな能力」
「ですよねー」
加護を与えるからと言って希望を何でも叶えてあげる訳にはいかない。神の権限を与えるなんて事をしたら私が罰せられるし、与えた加護によっては世界に大きな影響を及ぼす。過ぎた
───まだ私が神見習いだった頃だけど、私と同じような過ちをした先輩が償いとして過度に加護を与えた事がある。その結果どうなったか⋯。
能力の全能感に呑まれたその者は、過ぎた力を振り回して世界で好き勝手動き回った。人の好意を操ったり、気に入らない者を能力を使って排除したり、出生が王族だった事も拍車をかけ彼は傍若無人に暴れ回った。与えた能力によって多くの定命の者の運命が捻じ曲げられる事態に発展し、神集会に挙げられるまでの大騒動になってしまった。
神集会の結果、定命の者も悪いがその能力を与えた神が最も悪いと、降格処分と今季のボーナス抜きという処罰が先輩に与えられていた。
それはまぁいいんだけど、なんで私まで巻き込まれたのかしら?今になって考えても理不尽過ぎないって思うんだけど⋯。
根本の問題は上司の居眠りじゃない?その償いで騒動の問題となった能力を与える事になったし。先輩が寝ていた時は私は何してたかしら?⋯⋯思い出した!書類の山に埋もれてたわね。
先輩の顔も見えないくらい山積みの書類だったわ。先輩が寝ているとは思わないじゃない?どうやって起こせと?寝ているかどうかも見えないから分からないじゃない!?
加護を与えている現場にも一緒にいたけど、私あの時見習いよ? どういう能力を与えたらいけないかなんて分かる訳ないでしょ! 連帯責任という反吐が出るような魔法の言葉で私まで処罰を受けた⋯。
あの時の処罰のせいで見習い期間が伸びたし、先輩の尻拭いを一緒にする羽目になった。机に山積みになった書類と数ヶ月も対面しているうちに先輩に対する憧れは綺麗になくなったわね。
何度も謝ってくる先輩の涙目になりながら書類の山を処理していく姿が可愛かったから、あの時の事を許したんだっけ?同じ地獄を味わった仲間意識から結果的に上司部下の立場から友神関係に変わったから結果的に良しだったわね。
神集会でも挙がっていたけど問題なのは殺した事よりも与える加護なのよね。神なのだから定命の者の意思など無視してしまえ、なんて言う過激派もいるけど大多数は償いで加護を与える事に賛同している。それが神のミスのせめてもの償いだから⋯。
過去の事例もあって定命の者に与える能力は
「鑑定の能力はいけるか?」
「多分、貴方が想像しているような能力ではないと思うわよ。仮に貴方がこの能力を手に入れたとしても使える対象は限られるわ」
「そうなのか?」
納得いっていないのか眉に皺を寄せて唸っている。彼の言うパラメーターやステータスとやらを見るのは定命の者には不可能なのよね。
物を言わない物質の情報を見ることは可能だと思うけど、人や生物の情報を見ることは出来ない。ステータスとして人や生物の情報を数値化して判断、あるいは自身の能力を伸ばす力と妄想してるみたいだけど、それも創造と同じように神の権限に当たる。
どこからそのステータスやパラメータが出てくるかなんて考えてすらないんでしょうね。脳や身体にある? ないとは言わないけど、それは経験という形で積まれた情報。見れたとしても身体の持ち主が把握している情報しか分からない。彼の考える正確な情報とやらになるとそれは魂に刻まれた記憶になる。
魂の見えない定命の者にはその記憶を読み解く事は出来ない。これまた神にのみ許された権限。
「なら、鑑定もダメか」
「オススメはしないわね。あ!今、貴方が考えた『時を止める能力』なら可能よ」
「それはいけるのか!? 何がダメで何が大丈夫か分からなくなるな⋯」
「一定の基準があるって事ね。神の領域に踏み込むような能力を与える事は出来ないの」
「時を止めるのも十分に神の領域に踏み込んでいると思うが?」
時を止めるだけでしょ? それだけだと世界には何の影響も与えない。時を進める、あるいは時を戻す能力になると話は変わってくるけどね。
「与える加護は『時を止める能力』でいい?」
「あぁ!その能力で頼む!」
嬉しそうね。強い能力を得る事が出来たってはしゃいでる。このまま送り出しても『フラスコ』では大きな影響もないから構わないのだけど、間違いは先に訂正しておきましょう。騙された、なんて言われても困るから。
「先に言っておくけど、止まった時の中では誰も動く事は出来ないわよ」
「それは、俺もか?」
「そうなるわね。世界そのものが止まっている状態でどうやって動く気?」
「それは、こう⋯身体を動かして⋯」
「風や大地といった大きな力でさえ止まっているのに、ちっぽけな人間の力で動くと思う?」
「俺だけ動けるとかは無理か?」
出来なくはないけど時が止まった状態で動かれると、世界との認識にズレが起きちゃうのよね。そのズレが大きいと最悪の場合肉体の消失も有り得るし、世界にも少なからず影響が出る⋯。
そうね、影響が出ない範囲でかつ動ける距離を限定するような縛りを設ければいけるかしら? 時間と距離ね。そこの縛りさえしておけば影響はない筈。
「貴方だけ動けるように調整はするわ。ただし時を止めれる時間は一秒だけよ」
「一秒だけ⋯」
「それ以上は貴方の身体や世界にも影響が出ちゃうの。『時を止める能力』を求めるならその縛りを設けるしかないのだけど、どうする?」
「一秒でも使い方次第だよな⋯。使いこなす事が出来れば十分に強力な能力だ」
提案しておいてアレだけど縛りをつけた能力は使い勝手が悪いと思うのよね。強い能力に拘ってるせいで視野が狭くなってない? まだ『空を飛ぶ能力』とか『水を出す能力』とかの方が便利だし、転生してからも重宝すると思うわよ?
念のため確認してみたけど、『時を止める能力』の方がいいらしい。『
与える加護が決まったので空欄にしていた箇所を埋めておく。
「後は貴方を世界へと送るだけなんだけど」
「心の準備なら出来てるぞ!」
「確認したいのは貴方の心じゃなくて、記憶を消すかどうかってこと」
「記憶を消す?消さないといけないのか」
「原則としてはね。前世の記憶を持ったまま次の世界に転生すると、前世の記憶に引きずられて次の世界に馴染めなかったりするのよ。特に言語ね」
「日本語を覚えている状態で英語を第一言語にしないといけないみたいな感じか⋯、でもそれくらいなら出来ると思うぞ。勉強なら得意だ」
「それならいいのだけど⋯」
言葉の壁って結構大きいのよね。彼も軽く考えているけど、記憶を残したまま送り込んだ者たちが一番苦労するのは言語で、次が倫理観。前世の記憶に引きずられると言葉の意味なんかがごちゃごちゃになって覚えるのに苦労するし、死生観や食生活も大きく違う。
殺しを当たり前とする世界もあれば殺しを禁忌とする世界もある。肉しか食べない世界もあれば肉を食べない世界もある。彼が当たり前と思っているものが別の世界では通用しないなんてザラ。身につけた常識が足を引っ張るのよね。
だから記憶を消して次の世界に馴染みやすいように送るんだけど、彼はそれが嫌みたい。記憶を消したら加護を貰った意味がない、小説みたいな活躍も出来なくなるんじゃないかって考えてる。確かにその通りだけど、メリットよりデメリットの方が大きいのよ?
「本当に消さなくていいの?苦労するわよ?」
「俺なら大丈夫だ!それに記憶を消したら転生者じゃなくなるだろ? それじゃ意味がないって」
「⋯好きにしなさい」
妙な拘りを持っているわね。
最近『アース』から送られてくる定命の者に変なのが増えた気がするわ。独自の文明を築いているような、そんな感じ。
ため息をついて最後の空欄を埋め、神力を込めてから書類に判子を押す。これで手続きは完了。
「私からは以上よ。後は貴方を世界へ送るだけ。その前にもう一度謝らせてちょうだい。私のミスで貴方の人生を終わらせてしまった⋯。本当にごめんなさい」
「謝罪の言葉はしっかり受け取ったからさ、もう気にしないでくれよ。俺もこの展開を待ち望んでいたから、むしろバッチコイって感じ!」
「変わってるわね、貴方」
「そうかな?」
「今まで出会った定命の者の中でも一二を争うくらい変ね」
「そこまで言わないでくれよ」
やり取りはこれで終わりにしましょう。この後の仕事も山のように残っていることだし。
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
「ありがとう、神様。行ってくるよ」
ありがとうって言うのはおかしいんじゃない? 既に私の目の前から消えた彼にこの言葉が届くことはないか。
それに彼にとって特別な事でも私にとっては仕事の一つでしかない。ミスで失った時間を取り戻す為にも、休憩なしで働かないとね。
「さーてと、
『橘響』から『ケイト』へと名前が書き換わった書類を後目に、始末書を持ってその場を後にした。
───良き来世を送れるといいわね。