「さてと、それじゃあ改めて
机の上に新しく一枚の紙を置いた事で彼が困惑する様子が伺えた。よく分からないけど、転生特典?とやらを貰って直ぐに世界に送り出して貰えると思っていたらしい。
私もそうしてあげたい所だけど、転生させるに当たって正式に手続きを行わないといけない。楽しみにしている所に水を差すようだけど、こちらも仕事だから付き合って貰うわ。
「転生するに当たって必要な作業だから、悪いけど付き合って貰うわね」
「何をするんだ?」
「貴方が何かする事はないわ。私が確認する事に嘘偽りなく答えてくれるだけでいいの。先に明言しておくけど、神に嘘は通じないからそこは覚えておいて」
「分かった」
たまーにこちらの問いかけに嘘で答える者もいる。神に嘘をつく度胸は認めるけど、いい事なんて一つもないのよね。ただの減点対象だし。
「本来とは違う形でこの場に来ているからマニュアルとは形式を変えて行うのだけど、現在貴方のポイントは『プラス1』って覚えておいて」
「何のポイントなんだ、それは?」
「生前に行った善行や悪行によって与えられるポイントの事よ。マイナスなら転生する前にペナルティが、プラスなら神の加護を貰えるって認識でいいわ」
「神の加護は何となく想像つくんだが、ペナルティってなんだ?」
「ポイントによるけど、人間とは違う生物に転生したりとか⋯後は生まれながら病気を持っていたり、不幸体質だったり様々ね」
善行と悪行によって分別されるのは次の世界に悪い影響を及ぼさないため。1つの例を上げるなら、大量殺人犯をそのまま次の世界に送り込めばまた同じ事を繰り返す可能性が高く、逆に聖人と呼びれるような者は次の世界でも善行を積む者が多い。
「悪人を世界に送り込めばそれだけ治安が荒れるでしょ?そうすると多くの死者も出るかも知れない。そういった事にならないように最初からペナルティを与えるの」
「善人の場合は放っておいても影響がないって事か」
「そういう事ね。その中でも善行を積む者は世界に良い影響を与える者が多いの。そういった
世界に送り込む時に記憶はその都度リセットしているけど、魂に刻まれた
定命の者は全て魂の形に引きずられている。
「貴方の場合は本来の終わりを迎えていたら善行が多いの」
「そうなのか?」
「そうじゃないと家族みんなに惜しまれながら亡くなるなんて事はないわ。みんなから慕われていたのね」
「そう言われてもイメージが湧かないんだって」
「ふふふ、そうよね。それでいいと思うわ。私の責任だけど、終わりが変わってしまったから」
私のヨダレが死因でさえなければ彼の行いは善行が大きく振り切っている。ヨダレのせいで読みにくくはなってはいるけど、彼は本来であれば3年後に大きな災害に巻き込まれる事になる。その災害こそが彼にとっての大きな分岐点。
彼は災害によって幼少期からの友達や家族亡くす事になるの。彼に最も大きな影響を与えたのがこの友達の死ね。災害が起こった日に一緒に行動していた二人は共に災害に巻き込まれた。幸運か不幸か、彼がたまたま立っていた場所は建物の倒壊から逃れていたの。共にいた友達は不運にも倒壊に巻き込まれてしまったのだけど。
彼の直ぐ傍で、手を伸ばせば届くその距離で友達は建物に押し潰されて亡くなってしまった。現場に居合わせて何も出来なかった事を後悔していたのね。彼は建物の倒壊に巻き込まれた友人を救う事が出来なかった自分を恨んだ。自分と同じような思いをさせたくないからと、彼は人を救う道を志す事になった。生涯にかけて彼は多くの人の命を救い、慈善活動にも積極的に参加した。
───友人の死が彼を善人へと変えた。
友人の死というターニングポイントを経て彼は大きく変わるのよね。けど、目の前にいる彼はまだ変わる前。この時点では善行よりも悪行の方が多い。接して分かったけど、精神は未熟で自分本位な所が目立つ。彼が望むような
だからこそ判別しなければならない。それもまた神の仕事。善と悪、どちらかに振り切っていれば仕事としては簡単だけど⋯、どちらも同じくらいとか、今回のような将来的には善行を積むみたいパターンだと書類だけでは判断出来ない所がある。
そういった時だけこうして魂の持ち主と面談して、判断を下す。彼の場合は私のミスもあるから普段よりも基準は甘めになっているけど。
「それじゃあ幾つか質問をさせて貰うわね」
「分かった!」
「貴方は転生したら何をしたいの?」
「何をしたい⋯か。笑われるかも知れないけど、俺は小説の主人公みたいな活躍がしたい」
「そこに貴方の努力はある?」
「え?」
「貴方は努力する事を諦めてしまっている。境遇を知っているからそれがダメだと言わないわ」
「⋯⋯⋯⋯」
「貴方が読んだ娯楽がどういうものかは私には理解出来ないけど、英雄と呼ばれる人種は皆血のにじむような努力の末に強さを手に入れている。その強さの根本となる、ブレることのない強い信念を持っている者だけが英雄と呼ばれるの。貴方にはそれがある?」
「⋯⋯それは」
「憧れることが悪いとは言わないけど、信念もなく強さを求めれば⋯人は容易に悪に染まるのよ。貴方がなりたいのは英雄?それとも悪人?もう一度聞くわ、貴方は転生して何をしたいの?」
「俺は主人公のような⋯いや、俺は認められる人間になりたい。自分の努力も成果も正しく評価されて、皆に愛される人間になりたい」
心の内を深く覗き込めば彼の想いが伝わってくる。両親に努力を否定され、結果を残しても五つ上の兄と比較され評価される事はなかった。出来のいい兄は両親から愛され、結果を残せなかった彼は両親から次第に期待されなくなった。トドメとなったのは彼の兄が事故で亡くなった事ね。
兄の代わりに彼が死ねば良かったと母親は漏らしてしまった。それが深く心に傷を残した。
私の目から見ても彼の心は不安定だった。善にも悪にもどちらにもなり得た。今のが彼の本音ね。
「愛されたいなら、貴方も人を愛せる人にならないといけない」
「そんなの、どうすれば」
「今の貴方には難しいかも知れない。その機会を奪ったのも私。だから、貴方が幸せを⋯愛されていると実感出来る加護を与えてあげる」
彼に与えるのは両親からの愛。生前の彼が欲しても手に入らなかったもの。少しばかり書類を弄って、良い人に巡り会えるようにしましょう。この加護を与える事で彼の心は満たされる。きっと悪に染まるような事はない。
「加護⋯か」
「この加護はサービスにしておいてあげる。私のせいだからね」
「他にも加護を貰えるのか?」
「話を聞いていたでしょ? 善人にはそれ相応を加護を与えるの。貴方のポイントはプラス1。一つだけ貴方が欲しい加護を与える事が出来るわ。何が欲しいか良く考えて」
───彼が次に向かう世界の名前は『フラスコ』。残念ながら彼が望むような世界ではないのよね。魔物もいなければ魔法も存在しない。
人間の作った娯楽のような英雄譚に憧れているみたいだけど次の世界では難しいでしょうね。どういう加護を望むか知らないけど、次の世界では使えなさそうな加護はこちらで取りやめましょう。
「加護がどんなものか分かっていないみたいね」
「俺が想像していた加護とは違ったから、何が出来るか分からないんだ」
「貴方が想像していたような事は加護として与える事は出来るわよ。能力や才能、容姿とかね。『炎を出す能力』だったり、『剣士の才能』とか、後は『美男子or美少女に生まれたい』とか」
「一括りにされているだけで、出来る事は多いのか。なるほど⋯少し考えていいか?」
「いいわよ、しっかり考えなさい」
彼が悩んでいるうちに私も書類を進めておきましょう。魂の情報を書類へと書き込み、『
今の時点ならまだ書き換えは間に合うから産まれる先を変えておきましょう。並行して始末書も書いておかないと。どこを変えたか詳しく記載して提出しないといけないのが面倒なのよね。
一人の運命を変えるだけで色々と世界に影響が出るから仕方ない事ではあるんだけど⋯。
「⋯⋯うーん、どうするかな」
私が書類を書き終わってもまだ悩んでいる。選択肢が多すぎて決め切れずにいるみたいね。後悔がないように悩んで選べばいいと思うわ。
それよりも重要な事が一つあるわ。今回の原因について追求しないといけない。根本的な問題は私の居眠りによるものだけど、それ以前にこちらに送り込まれてきた書類に問題があると思うの。
私の元へと送られてくるのは死後の振り分けについての書類。次の世界へと送る際の判断材料の情報を纏めたものね。
机の上に山積みになった他の書類を見てもおかしな書類はない。全て亡くなった者についての書類ね。
ただ一つ彼の書類だけが間違えている。この書類は本来ならまだ私の元へと送ってはいけないもの。誰が間違えて送ったのよ⋯。
書類の作成者を確認した方が早いと判断して書類に神力を注げば、下の方に文字が浮かび上がってきた。
───『アース管理課 担当 ロロ』。
その文字の並びを見た時目眩がした。『アース管理課』は文字通り生前の彼の世界を管理する部署の事。担当者についてもよく知っている。私の元で教育を施した神見習い、最近昇格して1つの世界を預かる事になったのよね。
新米という事でロロ以外にも二人の天使が補佐としてついており、補佐が外れるまでは管理課という部署扱いになる。それはどうでもいい話なんだけど⋯。
またやったのね
「⋯⋯はぁ」
本日、三度目となる部下の失敗にため息が漏れた。