「クォーツは何年この研究所にいるんだ」
「もう10年になります」
「10年か……」
発表会を終えた後、委員会は彼らの知能の高さを不安視していた。特にクォーツは抜きん出ており、人類代替型生命体として扱いにくい存在になるのではないかという意見が多かった。
「年を追うごとに、知能が上がっていくみたいだな。硝子人間の生きる期限を考えねばならないようだ」
父である神谷研究所長が顎に手を当てて窓の外を眺めていた。
「生きる期限ですか」
「長く生きすぎると扱いが難しくなる。我々の言うことを聞かなくなっては人類代替型生命体としては価値がなくなるだろう。クォーツには申し訳ないが、明日で最期だ。今後、硝子人間の寿命を最長でも5年に設定する」
「まるで賞味期限みたいに」
「何か言ったか?」
僕は目を伏せながら、クォーツについて尋ねる。
「クォーツをどうするつもりです?」
「試験がまだ残っているだろう。一番大変な試験を任せて終わらせる。痛覚試験だ」
「痛覚試験……!? それは拷問です。お父さん。それはあまりにもクォーツが可哀想だ!」
神谷研究所長はふんと鼻を鳴らすと、自分の机に戻り報告書を読み始めた。
「いいか、聖。戦争があった時代は捕虜を使って実験を行ってきた。そのおかげで今の技術があると言っても過言ではないんだぞ。それに相手は人間ではない。硝子人間だ。彼らは私が創ったんだぞ。何をしようが私の勝手だ!」
「そんな……」
「いいか、明日の朝すぐにクォーツを連れてこい」
僕はまた、何も言えなかった。
何も。彼らのためにすべきことがあるはずなのに。
神に、父に逆らえない。
夜、クォーツだけを中庭に誘った。
これが僕のできる唯一のことだ。
2人で仰向けになって、夜空を眺めていると、クォーツが言う。
「先生。次は僕なんでしょ?」
僕は身を起こして、クォーツを見た。
彼の目は月の反射で美しく煌めいていた。
「僕は長く生きすぎたんだ。昨日感じたよ。僕はもうここへいてはいけないんだって」
「クォーツ……」
「先生。どうして僕らを生んだの? どうして僕らは生まれてきたの?」
僕はただ一言、すまないと言うしかできなかった。
クォーツは続けた。
「先生のその左目。僕たちのためにつけた傷なんでしょ? 僕たちの痛みを共有しようとしてくれていたんだよね」
「クォーツ。僕は」
「サンゴもコーラルも皆皆割れていった。割れちゃったんだ。みんなのところに行けるなら、先生が辛い思いをしないなら、僕はこの身を捧げるよ」
クォーツは僕に抱きついた。
そのぬくもりはとても温かく、背中を触ると鼓動を感じた。
「忘れないで先生。皆、先生が大好きなんだよ」
命。
この腕の中にたしかに命がある。
誰が作ったとか、どう作ったとかどうでもいい。
この命を無下にするわけにはいかない。
「クォーツ」
僕はクォーツの肩を優しく掴んだ。
「皆を起こして」
「え?」
「ここから逃げるんだ!」
***
僕とクォーツは硝子人間たちを静かに起こす。逃げようと言った時、誰も反対するものはおらずそれどころかどこか期待な眼差しで僕らについていく。
「ゆっくりね。こけないように。僕についてきて」
暗くなった研究所の廊下を懐中電灯を照らしながら歩いていると、突然照明がついた。
向こうから、父と研究所の職員たちがやってきた。
「やはりな。お前の考えることなどお見通しだぞ。聖。お前たち、硝子人間を捕まえろ。割れたりしたら承知しないからな!」
僕は硝子人間たちに向かって叫んだ。
「皆、逃げろ! 捕まって実験材料にされたくないだろう!? とにかく遠くへ逃げるんだ!」
彼らは職員たちとは反対方向に走り出す。中には足がもつれて割れてしまったものもいたが、それを気にしてはいられない。
クォーツが出遅れてしまい、職員に捕まっていた。
「クォーツ!」
僕はクォーツを守ろうとしたが、職員3人が羽交い締めにする。
「痛い!」
職員の掴んだ手が強すぎたのだろう。
クォーツの左腕が砕けてしまった。
「クォーツ!」
クォーツは今までみたことのない、怒りの表情を見せた。そして落ちた左腕を拾い、神谷研究所長に向けて走り出した。
「うわああああああ!」
クォーツは鋭く尖った左腕の破片を、神谷研究所長の懐に突き刺した。
父は口から血を吹き出し、刺されたお腹を触ると怒鳴った。
「創造主に向かってなんと恩知らずな! この耳障りな硝子人間め!!」
父がクォーツの頭を思い切り殴る。
僕の頭を殴るときよりもはるかに強い力で。
クォーツの頭は吹っ飛び、細かい欠片となって床に散らばっていった。
「クォーツ……!」
そう叫んだ瞬間、実験室から爆発音が聞こえた。
硝子人間たちがやったのだろう。
研究所は一気に火が燃え広がり、職員たちは急いで消火器を使って消火活動をしていた。
だが、溶けていく硝子人間たちが職員たちに襲いかかる。皆、逃げるのをあきらめて最期の反撃にでたのだろう。
何百度もなった硝子に触れられたら人間だって死んでしまう。
辺りは地獄のような炎に包まれた。
「こんな状態になっても動けるのかあいつらは。なんという生命力だ」
「お父さん」
感心している父に僕は今まで溜め込んできたことを吐き出した。
「私たちはなんのために生まれて死んでいくのか。死んだらどうなるのか。まだちゃんとした答えが出ていない。私たちにはまだ早いのかもしれない。生命を創ることも。神になることも」
父は何も言わず、ただ呆然と僕を見ていた。
「いこう。クォーツ」
僕はクォーツの頭部の欠片を拾って、中庭にまで歩く。火の勢いは止まらず、人が次々と死んでいく。
中庭の大木は燃え盛る炎などものともせずに、堂々と立っていた。
「神はすごい」
僕はクォーツの頭部を抱き締めて、木の下で横たわった。
燃え盛る部屋のどこかで父の声が聞こえる。
「聖! お前は間違っている! 我々が神に近づいてこそ。人間を知ることができる! 命を知ることができるのだ!!」
違う。違うよお父さん。
ねぇ、聞こえるかい? 感じるかい?
生命の匂いを、ぬくもりを。
火は中庭までのぼり、僕とクォーツは目を閉じた。
魂はどこに行くの?
どんな音がするの?
君には聞こえる?
生命の音が。
完