コーラルの研究結果を最後に記しておかねばならない。
僕は突き刺した左目の跡に軽く触れた。
左目はもう戻らない。
彼らの魂も二度と戻ってはこない。
「今日はみんなで中庭にでよう。気分転換は大事だからね」
僕は硝子人間たちを集めて、大木が立っている中庭へと誘導する。
「木の下で横になろう。ゆっくり歩くんだよ。そうでないと割れてしまうから」
彼らは僕の指示に従ってゆっくり歩く。そして、僕の周りで横になった。
「さぁ、目を閉じて。風の音、草木の匂い。春の空気。感じるかな?」
クォーツがふふふと笑う。
「なんだか、空を飛んでいるみたい」
「そうだね。心地いいね」
クォーツの隣にいたサンゴが呟いた。
「魂が抜ける時と一緒なの? 魂は抜けた後どこにいくの?」
僕は遠い空を眺めながら、答えた。
「君たちの魂はこの風に運ばれて遠くへいくんだ。ずっとずーっと遠くへ。そしてここよりも素敵なところへ行くんだよ」
「天国だね。本で読んだよ」
クォーツが上半身を起こして、目を輝かせる。
「そう。天国だ。そこへいくんだよ」
「先生もそこに行くんだよね?」
クォーツが心配そうな目で僕を見る。
僕は目を閉じて、思ったままを口にした。
「……いけるといいな。僕はいけないかもしれない」
「どうし……」
クオーツがどうしてと尋ねようとしたところで、サンゴが叫び出した。
「嫌だ!」
「サンゴ?」
「嫌だ! 天国なんて行きたくない! みんなとずっとここにいるんだ」
「サンゴ落ち着いて!」
「先生! 僕知ってるよ。死ぬときはとても痛い思いをして死なないといけないって」
僕はどうにかサンゴをなだめようとした。
「そんなことない。死は安らかなんだ。決して痛くないよ」
「先生はまだ死んだことないのにどうしてわかるの!?」
何も言えなくなった。
サンゴは立ち上がり、自分自身を強く抱きしめた。
「実験に連れていかれたみんなの悲鳴を聞いたんだ。僕たちに安らかな死なんてない。少なくとも僕たちには」
「落ち着いてサンゴ!」
まずい。サンゴの言葉で硝子人間たちが動揺している。
「サンゴ。2人で話をしよう? ね?」
「触らないで!」
サンゴは僕の手を振り払うと、中庭を出ようと走り出した。
「サンゴ走ってはダメだ!」
「死にたくない! 死にたくない! 死にたくな……!」
彼は石に躓いた。
ガシャーーーーーーンッ。
それから音を立てて、硝子が割れる。
ここで僕は初めて魂が抜ける瞬間を真近で見た。
何も、見えなかった。
それなら、サンゴの魂はどこへ行った?
***
「このグズが! この出来損ないめ!」
父は怒りのあまり馬乗りになって僕を殴る。
「申し訳ありません」
僕はそれしか言えなかった。
「鈍臭いのは母親譲りか? ただの硝子じゃないんだ! 何もないところで割りおってからに! 委員会への発表まで時間がないんだぞ!」
「いいか。残りの硝子人間は慎重に扱うんだ。それができなきゃお前はクビだ!」
父は僕の前髪を掴んで、見えなくなった左目に触れる。
「お前を彼らの教育係にしたのはその繊細さゆえだ。お前なら彼らの心理状態を細かく分析することができると期待したんだぞ。お前は神の失敗作だ。失敗作は失敗作なりに私に従え。私はこの研究で神に一番近い存在になるのだからな」
「はい。お父さん」
殴っても、僕の体は割れない。
殴っても僕は死なない。
でも彼らは違う。
一振り殴ろう思うならば、すぐに割れてしまう。
神様も僕らをそういう風に見ているのだろうか。
神様、僕は失敗作なのですか?
***
委員会に発表する日になった。
この日は彼らの心理状態を見るということで、クォーツを含めた3人を連れていく。
サンゴの死を見た後だから、とても不安ではあった。
「それでは、君たちにいくらか質問をします。答えられる範囲でいいので答えてください」
委員長がそう言うと、硝子人間たちは恐る恐る頷いた。
それから質疑応答が始まった。
質問内容はそんなに難しいものではなかった。
最近感動したこと。
楽しかったこと。
ほしいもの。
将来の夢。
その質問のほとんどをクォーツが答えていた。
そして、最近の悲しかったことについての質問がきた時、彼らは口を揃えて「サンゴが死んだこと」と言った。
「サンゴ? その子も君たちと同じ硝子人間なのかい?」
クォーツがみんなに変わって言った。
「サンゴは死ぬのが怖いと言って暴れて、壊れてしまった。本当は死にたくなったのに」
委員長は慰めるように言った。
「それは残念だったね」
「委員長に質問があります」
突然の質問返しに誰もが驚く。
「もちろん。いいですよ。何が聞きたいのでしょう」
「生き物が死んだら、魂は輪廻するのですか? それとも天国へ行くのですか? 無になったり、幽霊になったりするのですか? どれが正解ですか? 魂は最後、どこへいくのですか? 教えてください」
委員長は何も言えなかった。
いや、この場にいた誰もが言葉を発することができなかったのだ。