アモルファス未来技術研究所。
祖父の残した山を父が切り開いて建てた研究所だ。計30人の硝子人間たちが収容しており、ここで彼らにまつわる様々な実験が行われている。
僕はここで住み込みで彼らの面倒を見ている。彼らの気持ちや体の変化、知能の発達に常に観察して記録する。それをまとめて父に報告するのが僕の仕事だ。
「この恥晒しが!」
所長室に入った瞬間から父の平手打ちから始まった。
「ごご、ごめんなさい。父さん」
「お前は本当にこの神谷家の恥晒しだ! 委員会の前でなんて様だ。まともに話すこともできないのか?」
「ごめんなさい……」
「1ヶ月後には、また委員会に奴らを見せないといけないんだ。お前の教育が大事なんだ。ちゃんとできているんだろうな?」
父は僕の胸ぐらを掴んで、額を何度も指で小突く。
「だ、大丈夫で、です。彼らにはちゃんとした教育をしています」
「ふん。委員会の前で少しでも訳のわからないことを奴らが話してみろ。お前を硝子人間と同様に釜に焚べてやるからな! とっとと出ていけ!」
「は、はい……」
硝子人間。
硝子の器に魂という流動体を入れた人間が創り出した新しい生命体。
透明な硝子から魂が色を変えて、人間に近い組織を創り出していく。神経系や血液系が巡り、生暖かい彼らが時間をかけて造られていくのだ。そのほかの詳しいことは父に聞かないとわからない。僕が言われたのは彼らの心の研究。それだけだった。
彼らが収容されている部屋に入る。
世話をしているのは、僕の他に5人のスタッフが存在した。
「あ! 聖先生だ!」
最年長のクォーツが僕に近づいてくる。
「クォーツ! 昨日は頑張ったね」
「へへへ。聖先生がいたからだよ」
「昨日の会議に参加した彼らの調子はどうだい?」
「それが……」
クォーツが浮かない顔をした。
「どうしたの?」
「コーラルが、部屋の隅に座ってなんか変なんだ」
「変? わかった。見てみるよ」
コーラルの様子が変なのはきっとあのことだ。
僕はなるべく柔らかい口調で、隅で膝を抱えているコーラルに尋ねた。
「コーラル。どうしたんだい?」
「先生」
女の子の顔だちに作られたコーラルが暗い表情で僕を見る。
「私、今日実験されるんでしょ?」
「そうだね」
「衝撃試験ってどんな試験? 痛くないよね? 怖くないよね?」
魂が入った状態での硝子の衝撃性を見る実験だ。
上から鉄板が降りて、壊れるまでプレスされる。
こんな残酷な実験について尋ねられている。
僕は瞬きを忘れて、コーラルとしっかり目を合わせた。
「大丈夫。怖くないよ。少し痛いくらいかな」
コーラルはケロッと調子を戻して、ゆっくり立ち上がった。
「そうか! ちょっとだけなら私我慢できるよ!」
「うん。コーラルはできる子だから。大丈夫。大丈夫だよ」
この言葉を僕は何百回彼らに言ったことだろう。
今は計30体だが、今までの実験に使った硝子人間は数え切れない。
彼らが実験される度に、壊されて研究データになるのだ。
父から言わせてみれば、壊れた硝子を再利用しているから無駄ではないという。
なら魂は? 彼らの魂はどこへ彷徨っているのだろうか。
午後になり、コーラルと手を繋いで実験室へ向かう。
「ねぇ。先生? 朝から思ってたんだけど、ほっぺた赤いよ? どうしたの?」
「あぁ、ちょっとぶつかったんだよ。大丈夫だよ」
「いいな先生はちょっとぶつかっただけでも死なないんだから。私たちは転んだだけでも大変なのに」
「そうだね」
「聖先生。これあげる」
コーラルは一輪の名も知らない花を僕にくれた。
「先生。私知っているよ。本当は私、今日で最期なんだよね」
「コーラル?」
「いいの。私怖くないから」
衝撃実験室に着くと、コーラルは僕の手を離して自分から部屋の中へと入っていった。
「だって死んでもまた、蘇るでしょ? 魂ってそうなんでしょ?」
「……あぁ、そうだよ。輪廻って言ってまた蘇るんだ」
「うん。信じるね、先生」
実験室の扉が閉まっていく。
コーラルは僕に向かって微笑むと、手を振った。
「それじゃあ、またね! 先生! また蘇ったときに!」
あぁ、神様。
僕は衝撃試験の扉のそばでコーラルの実験を聞いていた。
酷い悲鳴だった。
人間の女の子が叫ぶ声と何も変わらない。
手で耳を覆っていはいけない。
聞くんだ。彼らの叫び声を。
パリーーンッと硝子の割れる音が聞こえた。
父は我々は神に近づけるとよく言っていた。
だが、こればかりは神に頼むしかない。
どうか、コーラルが天国で幸せになりますように。
人間が造った魂でも、天国へ行けるだろうか?