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耳障りな革命~始まりの音~
倉真朔
SF空想科学
2024年11月28日
公開日
8,528文字
完結
人体実験乱用対策、危険区域潜入対策として生まれた人間代替生命体『硝子人間』。一人の科学者が人型の硝子の器に魂という流動体を注いだ結果として生まれた産物だった。
 更なる研究を必要としている中で、硝子人間たちの心理カウンセラーを任された神谷聖。彼は研究のために硝子人間達が犠牲になっていく姿を見て心を痛め、ついに立ち上がる。
 硝子人間と神谷聖の行く先は。生命が辿り着く先はどこにあるのか。
 
 耳障りな革命の本編へ進む前の物語。

第1話 始まりの音


 僕は怒りに任せて、洗面所の鏡を思い切り殴った。

 鏡はキラキラと瞬いて飛び散り、大きな破片が僕の左目に深く突き刺さった。

 血は勢いよく流れて、洗面台から溢れる水が綺麗な朱へ変わっていく。


 痛いか? 痛いのか聖。お前の痛みなど彼らに比べたらどうってことない。

 こんなことくらいしかお前は彼らに償うことができないのか?


 所詮お前はそんなものさ。


 散るのなら。

 彼らのように美しく散ってみるかい?



 なぜそれらが、いや彼らが、あの器に降りてきたのだろう。


 どうか。どうか彼らが尋ねてきませんように。


 なぜ僕らを生んだの?と


 頭からスーッと血の気が引くのを感じる。


 あぁ、また聞こえる。


 生命の砕けた音が。



【耳障りな革命】



 最先端特殊技術研究委員会。通称C U T(カット)。未知の領域に足を踏み入れた、未だかつて行われていない研究を支援している会で、研究内容によっては多額の資金援助や研究所の場所の確保、メディアとのスケジュール調整などのサポートをしてくれる。僕たちにとっては決して敵に回してはいけない存在だ。


「それで、神谷研究長。その硝子でできた人形たちに魂を吹き込み、生命を造り上げたと」


 年老いたC U Tの長が眼鏡をかけ直し、僕の父親であり、研究所長である神谷源三に質問を投げる。神谷研究所長は白衣の襟を正して、そうですと胸を張って答えた。


「その通りです。現在100体以上の硝子人間を造ることに成功し、さらなる研究を行っています」

「なぜわざわざガラスを使用したんだ? 割れやすいものじゃなくて、もっといい素材を考えなかったのか?」


 委員会の一人が鋭い質問を投げかける。研究所長はその質問が来ることをわかっていたのか、ふふっと微笑んだ。


「なぜガラスを選んだのか。それは彼らの処理を安易にしたかったからです。彼らが割れると、器となっている硝子から魂が抜ける。その残った硝子は熱で溶かして再利用できるわけです」


 研究所長が僕に合図を送る。

 彼らを連れてこいと言うことか。

 僕は席を立って廊下で待機させていた彼らを呼んだ。


 神谷研究所長は興奮気味で説明を続ける。


「この子達は将来、危険地帯、放射線区域、未開の地など、先陣を切って作業できる担い手となるでしょう。今まで人間が到達できなかった部分を彼らが代わりに行うのです。いわゆる人間代替型生命体です!」


 出番がやってきた。

 僕は彼ら、硝子人間たちを壇上にあげる。

 委員会の人間の誰もが、硝子人間たちに釘付けだった。

 僕は怯える硝子人間たちにそっと耳打ちした。


「さぁ、挨拶をして」


 硝子人間の中で最年長のクォーツが一歩前に出て挨拶をした。


「はじめまして。私はクォーツです。私たちは神谷研究所長によって創られました」


 この場にいた誰もがおぉと驚いた。その反応を見て、神谷研究所長は満足げに付け足す。


「予算の都合上、子供サイズに作製しまして、さらなる支援をいただければ大人サイズに調整することも可能です。ちなみに個性も存在することが最近わかってきました」


 委員会の人間たちが身を乗り出しながら次々と質問する。


「新薬の臨床実験も彼らはできるのか?」「病気も彼らから抗原がとれたりできるのかね?」「硝子は固いのになぜ関節がしなっているんだ? 魂のおかげかなにかか?」「遺伝子はあるのか? 魂は何から創り上げたのかね。やはり活動電位が?」


 答えきれない質問の数々に、委員長が静粛にと声を張る。


「細かいこと以前に、私にはどうも生命を軽んじているようにしか思えないのだよ。倫理的に考えてだ。神谷研究所長。彼らの扱いはどうなっているんだい?」


 神谷研究所長は僕に目配せした。

 ここは僕が話さなければ……。


「そ、それは私が」


 皆が自分の方に集中する。

 僕は額からどっと汗が吹き出し、目が泳ぐ。

 喋らなきゃ。父さんの顔に泥を塗らないように。


「わ、わわ私、神谷聖が彼らの教育拳心理カウンセリングを、お……行なっております。えっと……」

「息子が彼らのお世話係をしております。家畜とは違う人間と同様な扱いで。我々が創り出した生命。決して無下には致しません」


 委員会の1人が聞こえよがしに呟いた。


「息子より硝子人間の方が喋れるなんてな。硝子人間の方がよくできているようだ」


 周りがくすくすと笑い、僕は顔を真っ赤にさせて額の汗を拭った。

 父の、神谷研究所長の舌打ちが聞こえる。

 またやってしまった。

 委員長がこほんと咳払いをして、場が静かになる。僕は委員長に感謝した。


「どのような生命であれ、粗雑には扱ってはいけません。いいですか、神谷研究所長。1ヶ月後、硝子人間たちの心理状態を確かめたいと思います。またここへ連れてきてください。いくつか質問をします。そして、彼らの魂の成り立ちについての詳しい資料を3ヶ月あげるのでそれまでに提出してください。内容によっては支援金を増やしてみましょう」

「承知しました。ではまた1ヶ月後」

「では、クォーツ君。最後に何か言いたいことは?」


 クォーツは僕の白衣をぎゅっと掴みながら


「また1ヶ月後に会いましょう」


 と答えた。

 発表が終了し、僕らが部屋から出ようとした時、委員会の人間ががやがやと話をしていた。


「まさかこのような時代がやってこようとは」「これはめざましく技術が進歩するぞ」「知能はどうだろうか。ポンコツなら必要ないぞ」「あの美しい硝子。割ってみたらどんな感じに魂が抜けるのだろうか」「おいおい。ストレス溜まっているのか?」


 利用用途はどうだ、知能はどうか、はたまた壊したらどうなるか。

 硝子人間のことを好き勝手に話しては花を咲かせている。

 僕は扉を閉める直前に、彼らに聞こえないように吐き捨てた。


「エゴイストどもめ」


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