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4章…9話

「え?、お父さんが…」





何を言い出すんだと思った。

見つかるはずない。

何年も連絡をよこさなかった父がどうやって…どこに、いたというのか。



「バカなこと言わないで…」



「会いに行こう。お母さんに。お父さんには、実家に向かってもらってる」



嶽丸に手を引かれて有無を言わせず車に乗せられ、ハンドルをにぎる嶽丸の横顔に目をやった。



「大丈夫。…俺が付いてるだろ?」


腰に手を回され、引き寄せられる。

嶽丸の体温を感じて、確かに安心する自分がいた。



「どうやって…お父さんを?」



「ミズドリに探してもらってたんだよ」



「…え?」


「今考えると、運命だよな」



ミズドリは探偵事務所の経営者だと、嶽丸は言った。


「初めて会ったとき、名刺渡されて、その隙に並んでたタクシー奪っていきやがってさ」



そのへんのことは聞いたことがある。

嶽丸は小物入れから名刺を取り出し、見せてくれた。


「水鳥探偵事務所 

所長 水鳥伊織…」


「前にも言ったけど、ミズドリは俺の会社の社長の姪で、仕事を認められた俺は…ミズドリとお見合いさせられるところだったんだよ」


「お見合い…」


「そ。でも彼女は結婚なんてまったく興味がなかった。それでも食事に連れて行けって言われて、焼き鳥屋に行ったわけよ」


ミズドリさんが探偵事務所を経営していると知ったのはその時だという。


「そこでひらめいた。美亜のお父さんを探し出してもらうこと」



そして飲みすぎて、千鳥足を支えてもらっているところを、私に見られたというわけだ。



それにしても…まさかそんな話をしていたなんて。



「美亜のトラウマを解消するには、お母さんだけじゃダメだと思ったんだよ。ちゃんと、お父さんにも話に入ってもらったほうがいい」



意外なことに、嶽丸はすでに1度、お父さんに会っているという。



「…キッカケがなくて、ずっとどうしたらいいか悩んでいたらしい。美亜のことをすごく心配してて…泣かれたよ」


「い…いつの間に…そんなこと…」



勝手に…なにやってんのよ…って怒ってやりたいのに。

溢れる涙が私から怒る気力を奪った。


それに本当は、嶽丸に怒りなんて全然ない。

ただ、愛する人をこんな大変なことに巻き込んだ、自分が情けない…感じるのは、そんな苛立ちだったのかもしれない。



「美亜は幸せになるから、俺と」


信号待ちで停まって、私の涙を拭う嶽丸の指。


そのまま頬を挟んで口づけられた。


「怖くないから。もう…なにも」


本当に、そうだと思った。

目の前に嶽丸がいる。

その事実だけで、強くなれる気がした。



やがて懐かしい道を通り、車は十数年ぶりに実家の前に停まる。


降り立った門の前で、子供の頃の光景が蘇り、嶽丸の腕をギュッと握った。



家のチャイムを鳴らしたのは嶽丸。


「…はい」


対応したのは、久しぶりに聞く父親の声だった。




「こんなところまで娘を連れてきていただいて…ありがとうございます」



玄関先で頭を下げる父は、記憶の中の姿より、ずいぶん小さくなったと感じる。



「美亜…すまなかった。お前に、全部背負わせてしまった…」


あんなに大きかった背中が、目の前で丸くなるのを見るのは切ない。


「…お父さん、私…」


辛かった…と言う前に、介護士に付き添われて、母が2階から降りてきた。



「帰ってちょうだいっ…」



厳しい声が家の中に響いた。



「お母さん…」


前よりさらに痩せた姿の母。

父も家を出て以来初めて顔を合わせるのか、その姿を見て驚いているのがわかる。



「今回は、美亜の話をご両親で聞いてやってもらえませんか?」


嶽丸がそう言って、私の両親を交互に見た。



「…あなた、誰なの?」


早速きついまなざしを嶽丸に注ぐ母。

そんな目で、嶽丸を見ないで欲しい。


嶽丸は、そんな私の不安を取り除くように余裕の笑顔で言った。



「俺は…美亜の夫です」



「は…?あなた、結婚したの?」


嶽丸の言葉を聞いて、呆れたように私に視線をよこす母。



「…」


本当はまだ結婚していない。

でも、今日入籍してもいいくらい、私たちの気持ちは決まっている。



「したわ。私、結婚したの」


母は私の前まで歩み寄って、醜く顔を歪めて言った。



「…バカな子!結婚なんて不幸になるだけよ!…あれほど言ったのに。結婚して幸せになんて絶対になれないって…」


その形相が恐ろしくて、私は一歩後ずさる。


すると嶽丸が私の背中を抱いて、安心させるように言ってくれた。



「その言葉を、今日は訂正してほしくて来たんです」



「訂正なんかしないわよ!この私を見てよ!こんなにひどい…惨めな姿になった…」


父に向く母の視線に、ほんの少し…悲しみが混じった気がした。



「愛しても、愛しても…何も返ってこなかった。この人は仕事ばかりで…私を見てくれることはなかった」


下を向く母に、父の視線が落ちる。

その表情は、何とも言えない苦悩が満ちているのがわかる。




「…すまなかった…」


父が次の瞬間、床に膝をついた。



「俺が、悪かった。美亜にもお前にも。俺は1人で逃げた。涼が亡くなって、責めることしかできなかった…皆辛かったのに…俺は、1人で…」



父はずっと謝罪をしたかったと言って、私たちに頭を下げ続ける。


「私も…辛かった…涼の事故は私のせいで、お母さんが病気になったのも私のせいで…お父さんに嫌われたと思ってた…」


ずっと言えなかった言葉が素直に溢れてきたのは、背中を抱きしめる嶽丸が温かいから…



「だから、ごめんなさい。私、あの時はなんにも言えなかったと思う。

ごめんなさいって…言えなかったと思う…ごめんなさい…許して…もう許して…」


いつの間にか、母の足元にすがって泣いていた。嶽丸に代わって、父が私の背中を抱いて…母は…


大粒の涙を流していた。


それを見た介護士さんが驚いた顔をしている。


涙は次第に嗚咽に代わり、私たちと同じようにひざまずいて、母は声を上げて泣いた。


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