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4章…5話

「1度、娘さんも一緒に、病院へ話を聞きに行かれては?」


嶽丸と離れ、慎吾先輩にお世話になりはじめて早2週間。

先週無事に慎吾先輩と宏樹さんの美容室が開店し、今日は久しぶりの休日だった。



実家の最寄り駅まで、母を介護してくれている介護士さんを呼び出し、母の現状について話を聞いた。

そこで驚くべき話を聞く。


母は改善が目覚ましく、そろそろ1人で生活できるだろうというのだ。


でもそれは、同居の家族がいれば、の話ではないのか。

口ごもりつつそう聞いてみると、明るい笑顔の介護士さんは、母の通院の日に一緒に行こうと言い出した。



「…それは、私は…その、仕事もありますので」


本当の理由を伝えても、この介護士さんには伝わらないような気がした。

明るい…日の当たる場所で育ってきたと想像できるまぶしい笑顔。 


ふと、私も小さい頃、笑顔を褒めてもらったことを思い出した。

それは…健の両親、そして私の父親に。



「美亜の笑顔はお日様みたいだ!」


…おひ様って誰だろうって思ったことを思い出す。



「わかりました。それでは先生の方には私から、娘さんからのご意見をお伝えしますね」


「はい…あの、できるだけ…母には聞かれないように…」


そう言う私を、介護士さんは不思議そうな目で見つめるので慌てて言い直した。



「…いえ。先生には、私からお伝えしますので」


どうか何も言わないで…母の前で、私の名前を言わないで。


ここで会ったこともやんわりと口止めして、介護士さんと別れた。



母の病状が目覚ましく改善した…


本当だろうか。

ケンゾーに連れられて行ったレストランで、手の甲を引っかかれたことを思い出す。



心のどこかで。

母とのことをこのままにしてはおけないと思っていた。


母に怯えるのは…そろそろ卒業したくて、そのためにはどうしたらいいか考える日々。


その中で…ちゃんと話し合って、それでも私を憎むなら、ハッキリ2度と会わないと宣言するほうがいいと結論を出した私がいた。


母と2人で会う…

まだ、その恐怖を拭えないけど、立ち向かいたい。


そう思えるようになったのは、きっと大きな進歩に違いない。



…………


「大丈夫だよ。家は知られてないし…2週間も会ってないんだから、たまには甘えておいで」


介護士さんとの話を終えて…いろいろ考えていたら、たまらなく嶽丸に会いたくなった。

今まで、何も考えないように忙しくしていたから、連絡すら取っていない。


慎吾先輩の家に帰り、母の現状を知らせる私に、仲睦まじい2人が言った。



「会いたいな…と思ったとき、素直に会いに行くのが正解!」


宏樹さんにポンっと肩を叩かれる。


母に立ち向かいたいと思えるようになった私の恐怖、少しは時間が解決したらしい。

嶽丸への思いに焦がれるようになったのが、その証拠だ。



「そう、ですよね!それじゃあ思い切って…行ってみます!」


嶽丸の好きな膝上のタイトスカートをはいて、いつもより念入りにメイクをして…私は電車に飛び乗った。


わざわざ連絡はしなかった。

仕事が忙しいかもしれないし、邪魔はしたくない。


時間は少し遅くなったけど…家に行くんだから問題ないはず。



「…そういえば」


海沿いの街から電車を乗り継いできて、家に帰るより先に、嶽丸の勤める会社の最寄り駅が近いことに気付いた。


kazamiテクノロジー。

大手IT企業の自社ビルってどんな感じなんだろう。

ふと興味がわいて、降りてみることにした。




そこは見上げるようなビル群の街。

kazamiテクノロジーは、社名がしっかりライトアップされていてすぐにわかった。


嶽丸は、こんな場所で仕事をしているんだなぁ…


好きな人の一面を知って嬉しい気持ち。

今まで余裕がなかったから…久しぶりに感じるドキドキに頬が緩む。


ところで…嶽丸はもう会社にいないのかな。

もしかしたら、残業とかで残ってない?


そんな思いでビルを見上げたけど、明かりが漏れてるのを確認できるはずもなく、私は視線を前に戻した。


すると…まさかと思う人がこちらに歩いてくるのを見つけてしまって、思わずその場に固まってしまった。





「本気の本気で頼むよ?ミズドリ〜!もう…マジであんただけが頼りなんだからさ〜」



黒い細身のスーツ、緩められたネクタイ…ちょっとおぼつかない足取りの、背の高い男。


髪、あんなに伸びてたっけ…



「わかったから!私に全部任せて、嶽丸は安心してゆっくり休みなさい!」


「あー…久しぶりにちゃんと寝れそ…」



背の高いショートヘアの女性の肩に自分の腕を乗っけて。


女性は嶽丸の背中に手を回して支えるように。


2人はビルとビルの間の道を曲がって行った。







帰ってくるのか…来ないのか。




2人が消えたビルの間の道に、ホテルらしい建物は見えなかった。

それだけ確認して、マンションに帰ってきたのは、その姿がもうどこかに消えた後だったから。


大きな声で喋ってたから、嶽丸の声も女性の声もよく聞こえた。


口説いている感じじゃなかったけど…2人きりで飲んで、あんなに酔っちゃうってどうなの?


と、思ったところで…自分はどうなんだと冷静に振り返った。


母に会って動揺して勝手に恐怖心を抱いて、ろくに説明もしないで逃げた私。


母のことを忘れたくて忙しいふりをして、嶽丸のこと…ほっといた。


プロポーズまでしてくれたのに。

自分が不誠実すぎて…浮気されても仕方がない。




………


眠れないまま朝になった。

カーテンの隙間から漏れる光が部屋をほんのり照らしはじめて、私はリビングの電気を消す。



嶽丸は夜が明ける前に帰ってこなかった。


自分も悪いから、と…昨日は携帯に連絡するのを控えたけど、もういいよね?

私…怒っちゃうよ?


携帯を手にした瞬間、ガチャガチャ…っと玄関が開く音がして、部屋に誰か入ってくる気配がした。


…帰ってきた!


足音と共にリビングのドアが開けられ、仁王立ちした私と視線が合う。



「…うわぁ…っっ!!」


2〜3歩後ずさってよろけそうになりながら、なんとか踏ん張った嶽丸。


驚いて何も言えない嶽丸に、私は自分でも驚くほど怖い声で聞いた。



「…どこ行ってたの?」


「…え?ホントにみゃー?」


「ずいぶん早朝のお帰りだね?」


「あっ?!…ちがう!これは…」


「夜のうちに帰って来ないんだ?女の人とお酒飲んだらそれが当然か。嶽丸だもんね?」


「ちょっと待って…一旦落ち着かせて…」


「綺麗な女の人だったね?ショートヘアのスレンダー美女。…お味はいかがでしたか?」


「…味も何も…食ってません」


「ふざけんなブタ野郎」


…さっきまで自分も悪い、と思ってたのに、いや、ちゃんとそう思ってるのに…嶽丸を前にすると怒りがおさまらない…


「ちゃんと説明するから…とりあえず…」



ハグ…と言って抱きついてきた嶽丸の股間は…


しっかり硬かった…。


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