目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

4章…4話 Side嶽丸

確かに、男の声が聞こえた…



みゃーに着信を切られ、携帯をソファに放り投げる。


どこにいるのか、誰といるのか…

恋人なら聞いていいはずだが。


俺は一旦引くことにした。


どこかはわからないけど、お母さんの手が届かないところにいる。


みゃーが傷つく心配がないところにいるなら…それでいい。


結局惚れた弱みで、みゃーのやることに強く意見できない俺は、とりあえず待つしかできないんだ。





それからの俺は、とりあえず仕事をした。



「おめでとう…!黒崎は我がシステム部の誇りだよ!」


出社するとすぐに部長に呼ばれ、肩をバシバシ叩かれて、ホコリって何が…と、俺は片方の眉を上げた。



「えー…何がホコリですって?」


「社長賞だよ!お前の仕事が役員の目にとまって、なんと社長賞!…しかもkimizukaから受注を取れそうだ!」


傍らで同じようにホクホク顔の課長が説明する。


kimizukaグループ。

傘下に子会社をたくさん持つ大手企業だ。

…ここと取り引きが出来たら、そりゃあすごいことだと褒められるのもわかる。


目の前の部長と課長のえびす顔に納得…


そう思いながら…


「あー…そうなんっすね。そりゃ、よかったっす」


どこか他人事みたいで…俺は無意識に後頭部に手をやり、これから忙しくなるのかと、内心ため息をついた。


…みゃーがいつ帰ってくるのか。

できれば家で迎えてやりたい。


俺を頼ってきたら、すぐに行けるように…またリモートに戻りたいと言うつもりだったが…



「黒崎、早速チームを組んで、プレゼンの準備だ。…頼むぞ?!」


「あ…はい。かしこまりです…」




それから予想通り、日にちの感覚がなくなるくらい忙しくなった。

みゃーのマンションに帰ってぶっ倒れるようにして眠り、朝シャワーを浴びて、何も考えずにまた出社。



週末は誘われるまま飲み会に参加した。休日はずっと持ち帰った仕事をこなし、ふと思った。

入社して初めてかもしれない…俺がこんなに仕事をするのは。


酒の量も増えていたようで、電車がある時間に帰ることはなかった。


ただ、誰と飲んでも、必ず1人でタクシーに乗って帰っている。




「お疲れ…!お前ら明日、遅刻すんじゃねぇぞ?」


「それ、そっくりそのままお返ししていいですか?」


笑う後輩の顔も赤い。


その日は平日だったが、残業終わりにチームの後輩を連れて焼き屋で1杯飲んで…飲みすぎた。

寝不足と疲れもあって、いつもよりずっと早く酔った気がする。


お疲れさまです…と後輩たちに頭を下げられ、俺はいつものようにタクシー乗り場に歩いていく…


スラックスのポケットに手を入れてブラブラ歩く俺は、少し千鳥足だったんだろう。

通り過ぎる人にぶつかりそうになった。



「…え…?なに、スゴいイケメン」


聞き慣れた女たちのささやき声。

以前なら、そんな声に誘われて顔を上げ、バッチリ視線をとらえたものだが…


今の俺なんか、イケメンでもなんでもねーよ…




タクシー乗り場が見えてきて、ちょうど1台止まっているのが見えた。

この時間で待つことなくタクシーに乗れるのはラッキーだと、足取り軽やかに乗り場へ急ぐ。


…確実に俺のほうが早かったはずなのに、風が舞うように突然現れた女が俺の前に進み出た。



「あなた、男なら1台待ちなさいよ」


黒いスーツを着た背の高いショートヘアの女が俺の腕を掴んで、タクシーに乗るのを邪魔してきた。



「…は?いきなりなんだよ?」


「悪いわね。こっちは仕事なの」


なぜか名刺を渡されて、呆気に取られている間にタクシーを奪われる。


…なんだこれ。新手のナンパか?



「水鳥探偵事務所、水鳥伊織…?」


ミズドリ…って読むのか?

どうでもいいことを思いながら、仕方なく次の1台を待つことにした。





…翌日は確実に寝不足を自覚しながら出社。


「おはようございます!昨日はごちそうさまでした!」


「…はよ。昨日のお礼を言うなら、体で返して…」


昨日一緒に焼き鳥屋に行った後輩。その肩にドサっと腕を乗せ、体重をかけてやった。


「ちょ…黒崎マネージャーに言われると、俺でもドキッとするんで…勘弁してくださいよ…!」


「アホか…俺の仕事を手伝えって意味だろ」


わかってますよー…と言いながら、後輩はわずかに頬を染めて俺から逃げた。


あいつ、ちょっとソノ気あるな。

今後は気をつけよー…と思いながらオフィスに入る。


「…黒崎、ちょっといいか?」


早速課長に呼ばれたので、kimizukaの進捗かと、資料を探す。


「いや…何もいらない。ただその、ちょっと、トイレへ行って来い」


「…?」


……………………


「俺もあんまり行ったことないんだよなぁ…緊張するなぁ」


これからなぜか、社長室に連れて行かれるという。



トイレに行けと言われたのは、身だしなみを整えてこい、という意味だったらしい。

大人しくトイレへ行って鏡を覗いてみれば、口をへの字に曲げた俺がいた。



「面白くない顔してんなー…」


気づいてしまった。

みゃーがいなくなってから、俺は笑ってない。


みゃーがそばにいれば、この険しい目もおだやかになり、眉間のシワもなくなる。


突然恋人の姿が見えなくなると、全体に不幸オーラをまとってカサカサな感じになるのは、恋する男も同じだとわかった。


…昨日変な名刺を置いてタクシーを乗っ取った女のせいで、俺の目は寝不足で赤い。



「そういや、髪も伸びてんなー…」


整えようのないところは見ないふりを決め込むことにして…

課長と共に、社長室へと向かった。




「どうぞ、入って」


緊張の面持ちでノックをし、名乗ろうとした課長を遮って、ドアの向こうから楽しげな社長の声が響いた。



「失礼いたします」


ドアを開けると秘書の女性が笑顔で大きくドアを開け放してくれる。


一番先に目につくのは、波打つようなデザインの背もたれが特徴的なソファ。

社長賞をもらって、ここに呼ばれた2週間前、初めて見た。


なんでもイタリアの有名な家具職人に作らせたとか…?

センスはいいが、今後俺の人生に必要になるとは思えない代物だ。



「昨日はごめんなさいね」


そのソファに、今日は人が座っている。



「あ…!なんであんたが…?」


スーツは光沢のあるグレーに変わってるけど、ショートヘアの細身の女…まちがいない。昨日タクシーを奪った女だ。



「本当に本人だったのか…!」


楽しそうな社長の言葉に笑ってうなずく女性。



「間違えようがないわ。こんなにカッコいい人、初めて見たもの!」


話が見えず、眉をひそめる俺に、社長が意外なことを言った。



「黒崎くん、今夜この子を、食事に連れてってやってくれないか?」



…………



「えーっと…食べたいものが、あるんですかねぇ?」



課長に仕事を奪われて、定時きっかりに退勤させられた。

社長室で会った昨日の女を食事に連れて行けという社長命令。


下のロビーで待ち合わせると聞いて、課長が1人でソワソワしていた。



彼女は社長の姪だとわかったが、それ以外は何もわからない。


いや、確か名刺をもらったな。

鳥…とり、なんとか鳥…

あ、そうだ!



「焼き鳥、行きましょう」



水鳥だと思い出したとたん、焼き鳥と言われ、思わずその目を覗く。


「焼き鳥…」


そんなので済ませたら、俺というより課長が怒られそうだ。


「テキトーでよきゃ、まぁまぁいい雰囲気のイタリンとか知ってますよ。好きでしょ?女の人って、イタリン」


女は名乗らないので、名前を呼ぶのは避ける。ついでに俺も名乗らなかった。


女の名前は「美亜」しか覚えられない。そこは絶対変わらない俺にとって…この水鳥って鳥…じゃなくて女とメシって言われても、ダルくて仕方ないんだが。


「焼き鳥でいいわ!昨日あなたから、美味しそうな焼き鳥の匂いがしたから、食べたくなったの」


「あ…そうっすか」


そうと決まれば…なんとなく連れ立って、後輩たちと行った焼き鳥屋へ向かった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?