目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

4章…3話

「…どこにいる?」


「ごめん…」


「言えないってこと?」


「慎吾先輩が美容室をオープンして、そこで働きながらお世話になってる…」


「は…?なんだよそれ…」



嶽丸が怒るのも無理はない。

でも、まだ慎吾先輩に確認してないから、言えないことがあった。


慎吾先輩の家に到着してしばらくして、嶽丸から着信がきた。

移動しながら携帯を確認しなかったのは…実はわざとだ。


声を聞いたら、離れる決心をしたのに気持ちが揺らぎそうだったから。



「と、とにかく…ごめん。嶽丸が大切だから、今離れるって、わかってほしい」


私の中の問題なのに、ろくな説明もなく理解しろっていう私も悪いとは思う…



「…俺じゃないの?…頼るの」


「それは…ごめん」


揺らぐくらいの決心なら、嶽丸と一緒にいればいいのに…母への恐怖を嶽丸に見られたくない思いもあった。


過去の私と母の関係を、嶽丸は朱里に聞いて知ったと言うけど…私の苦しみはそれだけじゃない。


私は父にも捨てられた。


お金だけを送金してくるけど、手紙1つもらったことがない父。

そんな苦しみや闇を、明るい嶽丸に見られることが怖い。


だから…母のことが落ち着くまで、恐怖が薄れるまで、離れることが私のベストだった。


理解しにくいかもしれないけど、これが私の本音。



「ただいま」


説明しようと口を開いたところで、慎吾先輩の声がした。


また電話する…と言って嶽丸との着信を切り、携帯をしまいながら玄関へ向かう。



「おかえりなさい」


慎吾先輩の傍らにいる男性も柔らかく微笑んでいる。



「あの、本当に…突然お邪魔してすいません…宏樹さん」


私が頭を下げると、宏樹と呼ばれた男性は、慎吾先輩を少し見つめてから言った。



「いいんだよ!慎吾には聞いてたし。僕たちで助けになるなら、とことん利用して!」


宏樹さんはそう言いながら、自然と慎吾先輩と手をつないだ。


そう。

宏樹さんは慎吾先輩の恋人。

さっき嶽丸にそのへんのことを言えなかったのは、慎吾先輩に他言していいか確認していなかったから。


銀座店でも、慎吾先輩の恋人について知っていたのは私だけだったと思う。

実はアシスタント時代にすでに宏樹さんを紹介され、当時の私は淡い気持ちを昇華させていた。


2人はとても素敵な恋人同士だった。だから今回、2人で暮らす家を購入して、美容室をオープンさせる計画を聞いた時は、自分のことのように嬉しかった。


…こんな形でお世話になるとは思わなかったけど。


ホッとしていた。

嶽丸と離れることになったのは寂しいけれど、母からの追手が来る心配がない環境は、心がとても楽だ。


後は健に母の動向を聞きながら…気持ちが落ちついたら、嶽丸を残してきたマンションに戻ろう


…そう思っていたのに。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?