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3章…16話

「どう…して…」


「…店の前にいらしたんだよ」


店内で仕事をしていて気づかなかった。閉店間際にやって来たケンゾーが、店のそばに佇んでいる母を見つけたという。


「すみません…どうしても会いたいと言われまして…」


私の青ざめた顔を見て慌てているのは、母の介護をしてくれている方。


きっと病院から、私の職場の情報が誤って伝わってしまったんだ。

私は、決して知らせないで欲しいと言ったはずなのに。


「…久しぶりに会えたんだろう?お母さんとどこか、食事にでも行くか?」


「…え?」


ずいぶんと小さくなってしまった母。白髪まじりの髪を後ろで1つの三つ編みにして…生気のない目を向けてくる。

私はその目を、見つめ返すことはできない。


ケンゾーは遠慮していると取ったようで…私と母、そして介護の人も誘って車に乗せてしまった。


到着したのは、和風の店構えが粋な雰囲気のお店。


ここまで来てしまって、中に入らないわけにいかない。


ケンゾーに促されるまま、奥の広い個室へと案内された。



「すてきなお店だわ…」


母は通された客室を見渡し、うっすら微笑みながら言う。


「入院生活が長かったので、外食なんて…久しぶりなんです」


ケンゾーに視線を向ける母。


「それは良かったです。私としても…美亜のお母さんに会えて良かった」


意味深に目を向けられて困った。

そらすわけにもうなずくわけにもいかず、困惑したまなざしを返すだけ…。


「それは…あなたが、美亜の大切な人…ってことかしら?」


「…それは、これからの…」


ケンゾーはやや照れながらも、これからの話だと言おうとしたと思う。


それなのに母は、その言葉に被せるように言う。



「あなたが美亜の大切な人なら…今すぐ消えて」



能面のように薄く笑った母の言葉を聞き取ったのは、私だけだったようだ。


背中に冷たい汗が流れる…


何も知らないケンゾーは、おすすめの料理でテーブルを満たした。

喜ぶのは、同じく何も知らない介護人だけ。


母に食べやすいようにと食事を取り分け、ケンゾーとこの場を盛り上げようと笑っていた。



「美亜は…どうしていたの?」


「…え」


急に話しかけられて、視線を母に向ける。


「…幸せになったの?」


「幸せに、なんて…」


真っ暗なトンネルみたいな黒い目を向けられ、私はとっさに嶽丸のことを隠さなければと思った。


「…そうだ、先日わが社で、ヘアショーを開催しましてね。美亜さんはそれらを取りまとめる難しい仕事をやり遂げてくれたんです」


「そうですか…」


ケンゾーが説明しながら話に入ってきて、その話に耳を傾けながら、母はテーブルの下でそっと私の手に触れた。


「…いた…っ」


そして誰にもわからないように、伸びた爪を食い込ませる。

ギギ…っと音がしそうなほど、強く引っかかれ、私は思わず声を上げてしまった。



久しぶりに会っても…まだ生々しく抱かれている、私への敵意。


母の目を見るのが怖くて、身動きが取れない…


「…美亜?」


さすがに様子が変だと、ケンゾーも気づいたらしい。



「ちょっと…しょ、食欲がないので…」


小さな声でいいかけたとき、私の携帯が振動した。


嶽丸からの着信だった…

画面に嶽丸の名前が表示され、深い安堵のため息をつく。



瞬間、個室の外が騒がしくなった。

お店のスタッフと小競り合いする男性の声は…確実に嶽丸。



ドアが開いて、携帯を耳に当てた嶽丸が姿を現した。



「美亜!気づいてるなら出ろや!」


すぐに私を見つけて、遠慮なく個室に入ってくる。



振動する携帯を手にしたままだったと、手元に目をやった時には、嶽丸に腕をつかまれていた。



「オーナーさん、悪いけど美亜は連れて帰りますよ」


「なに言ってるんだ…?しばらくぶりにお母さんに会えたところだぞ?これから積もる話もあるというのに…」


「なんにも知らないのに、しゃしゃり出てこないでくださいよ」


私の腕を引き寄せた嶽丸の言葉を聞いて、ケンゾーはとっさに私の顔を見て、何も言えなくなった。



「介護士さんは、ちゃんとお母さんを連れて家に帰ってください」


のんびりした雰囲気の、人の良さそうな介護士も、嶽丸の言葉に大きくうなずいた。



「じゃ、俺らはこれで」


嶽丸の手が背中をそっと支えて、私は促されるまま個室を出る。


母には何も言わなかった。

でも、それでよかった…助かった。



「…血の気が引いてる。大丈夫か?」


手をつながれて店を出て、嶽丸が振り返って言う。


「うん。大丈夫」


「店に迎えに来たのになかなか出てこなくて…マジビビったわ…」


嶽丸は今日も私を迎えに来てくれたらしい。

あまりに出てこない私を心配して、店のアシスタントに話かけたという。


「お母さんが来たとか、オーナーが連れてったとか…もうちょっと状況をちゃんと把握するようにアシスタントたちに言っとけよ」


「なにその無理難題…」


嶽丸と話しながら、体の末端まで血が通ってくる感覚を覚えた。


冷えた足先も手先も、やっと人並みの温かさを取り戻してホッとする。



「嶽丸…やっぱり知ってたの?私の、お母さんのこと」


「…あぁ」


嶽丸は私の肩を抱き、通りかかった小さな公園のベンチに座った。


「2人で旅行に行った後、朱里ちゃんと飲みに行って酔いつぶれて帰ってきただろ?…そのとき朱里ちゃんに聞いた」


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