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3章…14話

抱き寄せられて、おでこをコツン…とくっつける嶽丸。


「俺はこの先、みゃーを離すつもりはないからな?」


結婚…という言葉をあえて使わないようにしてるのがわかる。


ずっと、幸せになってはいけないと、誰かに守ってもらってはいけないと、思っていた。


恋人と呼べる人にも無意識で線引きをしていて、それを飛び越えてくる人は未だかつていなかった。


でも…嶽丸は全然違う。これまでの、誰とも全然違う。  

だから、ちゃんと伝えようと思った。


私の過去の罪、悲しみ、後悔のすべてを。


気づいたら、嶽丸の顔が滲んで見えて、自分が泣いてるってことに気づいた。


嶽丸の親指が、私の頬の涙を拭ってくれる。

すぐ近くにある、嶽丸の表情は…蕩けそうに甘い。



「大丈夫。みゃーには俺がいる。俺がそばにいて守るから」



こてん…とベッドに倒れ、私たちはそのまま横になる。


手元のスイッチで明かりを調整できるらしく、スーッと暗くなった室内に、カーテンの隙間から月明かりが差し込んだ。


それは人工的な明かりより、ずっとハッキリした光に見えて、その強い光は嶽丸だ…って、なんとなく思う。

抱きしめる腕の力を強める私に気づいて、同じように強い力を感じた。


あたたかくて強くて大きな嶽丸。

私を守ってくれる…って言葉が嬉しくて、私はとめどなく流れる涙を止めることができなかった。




「今度私からも行くわ!そしたら髪をお願いしていい?」


翌日、健の家に移動する私たちを見送りながら、嶽丸のお母さんとお祖母様が気さくに言った。


「もちろんです!楽しみにしてますね?!」


絶対ですよ〜…なんて言いながら、お母さんやお祖母様の腕に触れるなんて、私はたった1日ですっかりなついてしまったらしい。



健の家に到着すると、嶽丸のお母さんが連絡してくれていたようで、3人に玄関先で迎えてもらった。

寄り添う嶽丸と私を見て、健は冷やかすような笑顔で、叔父夫婦は安心したような笑顔になる。


「おー…!すっかり仲良しでまぁ…お熱いこと!」



「健…久しぶり」



たまに3人で飲んでいた嶽丸と恋人になったなんて、健の前では少し恥ずかしい私とは違い、健の方は屈託なく笑ってる。



「良かったじゃん!…嶽丸の初恋も叶ってさ!」


「まぁ…さすが俺って感じ?」



健とそんな話をしていると、叔父さんと叔母さんは、お茶の支度ができてるからと、リビングに案内してくれた。



嶽丸は健と少し用を済ませると言って出て行ってしまった。



家の中は、あの頃と何も変わっていないように感じる。


叔母さんにお手伝いを申し出て磨いた廊下。料理を教わったキッチン。


ソファは新しくなったみたいだ。

でもあの頃と変わらず、大きなテレビの前にある。


高校の3年間、私はここに座って、テレビをボンヤリ見つめていたことを思い出した。




「美亜ちゃん…実はね」


私をそのソファに座らせ、叔父さんは1人掛けのソファに、叔母さんがお茶を出しながら口火を切った。



「姉さんが、退院したらしいんだ」



叔父さんが伝えた言葉は、私にとって、大きな衝撃だった。


「今あの家で、介護してくれる人と2人でいるらしいんだけど…」


「…美亜ちゃんは行く必要はないわよ。叔母さん達だけで、挨拶に行くから」



叔父さんの言葉に、すぐに私を気づかう発言をしてくれる叔母さんの優しさが身にしみた。



「ただ…一応伝えておいたほうがいいと思ってな」


「…はい」



2人の心配そうな顔と、話の内容が、少しずつ私の中に入ってくる。


…お母さんが、病院を出た。


体がこわばるのを感じて、平気なふりをすることができない…


大丈夫。

私のかつての家は、ここからかなり距離がある。

介護してくれる人もいるし、1人でそんなに遠くまで、移動できるはずない…。


指先が冷たくなって、温めるようにお茶をいただいたけど、小刻みに震える体は止まらない。


その後すぐに戻ってきた嶽丸と、私は挨拶もそこそこに自分のマンションに帰ることになった。


…嶽丸は何も聞かない。

ただ、私の手を握ってくれるだけ。


「こっちに寄りかかりな」


そう言ってくれるから、頭を嶽丸の腕にくっつけて深呼吸する。


嶽丸の匂いとホワイトムスクが近くに香って…ようやく少し安心する。



信号待ち。

嶽丸がギュッと私の手を握りながら思いがけないことを言い出した。





「…こっちに引っ越さないか?俺たち」


「…え?」


「東京、キツくない?人が多すぎて」


青信号に変わった道路。


嶽丸は片手でハンドルを操作して、

車を発進させた。


「一軒家買ってさ…一部を小さい美容室にして、そこで美亜は腕を発揮すればいいじゃん」


「家を買うって…2人で?」


「2人で住むけど、買うのは俺な」



それってつまり…同棲…




「…黒崎美亜になれよ」



嶽丸は…なんでもない顔をしてるけど、多分いろいろ知ってる。

私が言えないこと…過去の後悔と、お母さんのこと、家族のこと。


それを私に確認もしないで、私をそばに置こうっていうの?

離さないって…いうの?



「嶽丸…私ね、お母さんを壊しちゃったんだよ…私のせいでね…私が…」



「…知ってる」



誰に聞いたの?なんて…意味のないことは言わない。

それより、なんでそれを知っても私を離さないなんて言えるの…



「それでも好きだから。離したくない」



今まで、ずっと誰かに言ってほしかったことを嶽丸が言ってくれた…

涙が止まらないよ…




「生きたい。嶽丸と一緒に…生きていきたい」



運転する嶽丸の腕にしがみついた。

私たちが本当の意味で、結ばれた瞬間だった。





…それなのに、どうして神様はいじわるするんだろう。





「美亜、久しぶりね…」


記憶の中の母より、ずいぶん痩せこけた、老婆のような母が…


ケンゾーに付き添われて私の前に現れるなんて。


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